■労働に見合う待遇を
景気回復などで雇用情勢が改善されるなか、介護業界では、人手不足が深刻化し ています。「財源不足以前に、人手不足で介護保険サービスがなくなる」との声も聞かれるほど。コムスン問題を契機に、訪問ヘルパーの低賃金がクローズアッ プ。処遇改善や介護報酬引き上げを求める声が高まっています。必要なサービスを確保するための課題を検証します。(寺田理恵)
「もともと、おじいちゃん、おばあちゃんが好き。お年寄りと話すのは少しも苦になりませんが、人手が少なく、一人一人に時間がかけられないのが残念です。夜勤のときは、1人で30人をみます。女性の職員は結婚や出産で辞めていく。賞与が出た後は辞める人も多いですよ」
こう話す介護福祉士の間島祐介さん(20)=仮名=は今春、都内の特別養護老人ホームに就職した。月収は月4、5回の夜勤手当や資格手当なども含め、手取りで約20万円。ほかに年に4カ月の賞与もある。
「学生時代よりは時間もお金も余裕ができました」というものの、「2、3年はいいけど、この先も上がりそうにない」と不満はある。
同僚の森本伸吾さん(21)=仮名=も「いずれ結婚と考えると、今の給与では男として、どうでしょうか」と、気がかり。だが、当面の問題は給与より、人手不足だ。
「母が訪問ヘルパーなので、1日4軒回ったりとか、介護が大変な仕事だとは知っていました。勤務先の特養は人手が足りず、25~35歳がいない。夜勤のと きに救急対応で1人が病院に付き添うと、1人で40人をみて、食事がなかなか取れないときもある。大変だけど、この仕事が好きだから、やってこられた」と 話すが、表情は明るい。重度者の多い特養はやりがいのある職場なのだ。
景気回復や団塊世代の大量退職で、企業の採用意欲が強まり、労働力不足が生じている。介護業界も人手の確保が課題。特に、他業種への就職が容易な大都市圏では人手不足が深刻だ。
東京都内にある介護福祉士の養成校へは、介護施設から人材供給の要請がひっきりなしに寄せられる。「『一人でもほしい』という飛び込み依頼が1日5件はある」「採用担当者が学生の自宅まで来た」などの声が出るほど、学生は引っ張りだこだ。
東京・多摩地区の専門学校が卒業生の追跡調査を行ったところ、正職員として働く介護福祉士25人の年収は、卒業1年目で300万円程度。5~9年目では、離職、転職などで下がる場合もあるものの、半数が年収400万円かそれ以上だった。
しかし、施設勤務の正職員が安定した職である一方で、正職員と非正職員の間で処遇の格差が生じているとの指摘もある。
介護業界の人手不足が広く知られたのは、今年6月、訪問介護最大手コムスンの事業所指定打ち切りがきっかけ。処分の理由は、実際には雇っていない訪問ヘルパーがいるように装うなどの虚偽申請だった。
同社は職員数が確保できないまま、事業拡大を続けた実態が明らかになった。同時に、「ボーナスなんて、たったの2000円」「月に夜勤を12回しても月収は20万円」など、同社の低賃金や過酷な勤務、厳しい営業ノルマがクローズアップ。介護職のイメージは低下した。
しかし、この騒動以前から、介護業界では人材確保が課題だった。東京都社会福祉協議会(東社協)が昨秋、都内の社会福祉施設1736カ所を対象に 行った調査によると、「職員の確保が困難」とした施設が6割。特養では9割に上った。有効求人倍率は福祉分野で平成16年度の1・31倍から18年度の 3・38倍に急上昇した。
求人難を打開する糸口として、東社協は今秋、施設合同の職員募集や人事交流を行う仕組みを構築した。合同試験で 「ネットワークパスポート」を取得した人は施設を移り、キャリアアップできるのが目玉。しかし、31法人312人の求人に対し、求職者は124人にとど まった。求人の多くが高齢者福祉にもかかわらず、求職者の希望はもっぱら児童福祉。ミスマッチがあっても、「当初見込み30人を、大きく上回った」(東社 協)とするほど、事態は深刻だ。
厚生労働省は今年8月、社会福祉に携わる人材を確保するための基本指針をまとめた。それによると、今後10年間に新たに必要な介護職員は約40万人から60万人。そのために、適切な水準の介護報酬の設定や、キャリアアップの支援などが挙げられた。
介護職の賃金をめぐっては、しばしば「介護報酬が上がらないと、賃金が上がらない」と言われる。介護報酬の見直しや介護職の処遇改善を求める提言は、業界団体などからも相次いでいる。
とはいえ、介護報酬を引き上げれば、本当に現場で働く人の賃金アップにつながるのか。事業所の収入になってしまう可能性はないのか。ヘルパーの人件費の配分について考える。
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【用語解説】介護福祉士
高齢者や障害者の介護に携わる専門職の資格。ケアワーカーとも呼ばれる。養成研修を修了して認定されるヘルパー資格と違い、介護福祉士は国家資格。介護福祉士養成校を卒業するか、実務経験を経て国家試験に合格すれば取得できる。
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