2008-08-20

働けど:’08蟹工船/1 小刻みに殺される

:::引用:::

◇11年間で11社を転々…うつ病に

 「9月いっぱいで辞めてください。正社員を入れるそうだから」。人材派遣会社のこの言葉、何度聞いただろう。契約は11月6日までのはずなのに。

 昨年8月中旬、埼玉県に住む狗又(いぬまた)ユミカさん(34)は「首を切られた」。11年間で11社目。勤務先が変わる度に傷つき、自分には能力がないと落ち込む。

 そんなとき、地元の漫画喫茶で「マンガ 蟹工船」(東銀座出版社)を手にとった。原作はプロレタリア文学作家、小林多喜二(1903~33年)の代表作。カニを取り缶詰にする船の労働者が、過酷な労働に怒り立ち上がる戦前の物語だ。

 「周旋屋に引っ張りまわされて文無しになってよ」

 「周旋屋=雇い主と求職者との仲立ちを業とする者たち」と注釈のついた漁師の一言にくぎ付けになった。周旋屋を派遣会社に置き換え、「私のことだ」と思った。

 東京都内の専門学校で生命工学技術を学んだ。「一生働きたくて」研究職を目指し、1年半の就職浪人後、大手企業にパートで採用された。研究用の虫 の飼育。時給1000円で年収210万円。残業代は出ないが残って実験し、自費で京都のセミナーに行った。が、4年半で雇い止め。

 この時、ふとひらめいたのが派遣という働き方だ。研究開発の正社員は、大卒以上の募集が多い。「でも派遣なら、研究開発に携われるかも」。実際、登録先からすぐに大手検査会社を紹介された。

 ここから、派遣労働の波にのみ込まれる。「スキルの高い人が欲しかった」と契約を打ち切られたり、無理な技術を求められ辞めざるをえなかったり。 八つの派遣会社に登録し10社に勤めた。「研究にこだわったが、正社員のように能力開発もできない。早く見切りをつければよかった」。今はうつ病で療養中 だ。

 「今、殺されているんでねえか。小刻みによ」

 「蟹工船」の登場人物のセリフが自分に重なる。思いをしたためて昨秋、小樽商科大と白樺文学館多喜二ライブラリーの主催で行われた「『蟹工船』読書エッセーコンテスト」に応募した。受賞した作品はこう結ばれている。「私の兄弟たちが、ここにいる」

    *

 山口さなえさん(26)は兵庫県に生まれ、04年3月、関西の美術大学を卒業。翌年2月、電気製品の卸会社に正社員として入社した。手取りは13 万5000円、残業代も休日手当もない。半年後、友人に「就業規則があるはず」と助言され、社長に直接尋ねた。翌日から上司のいじめが始まり、数カ月後、 伝票の改ざんを指示された。拒否すると、即日解雇。涙が止まらなかった。

 翌日、ネットで調べ地域の労働組合を訪ねると、「パンドラの箱を開けた君が悪い」と門前払いされた。ハローワーク、市の相談窓口、社会保険事務 所、労働基準監督署を訪ね歩き、労働局のあっせん制度で金銭的に解決した。「無能」「君が悪い」。会社や相談先で言われた言葉がこだまし、胸が苦しかっ た。2カ月で体重は10キロ減った。

 一段落すると、門前払いした労組の対応が許せなくなった。「批判するには労組を知らないと」と、勉強会などに参加するうちに個人加盟労組「首都圏青年ユニオン」に出合った。

 近年、非正規労働者の増加などを背景に、個人で加盟できる労組が増えている。首都圏青年ユニオンの河添誠書記長は「労組の組織率が下がり、職場の労組に入れない非正規雇用が増える中、個人加盟の労組は自分の身を守る手段」と話す。

 山口さんは蟹工船のエッセーコンテストで受賞した作品で、個人加盟労組を「『ポスト蟹工船』の物語」と書いた。1人で立ち上がり、仲間が支える。 職場内で立ち上がる蟹工船とは違う、新しい連帯の形。解雇をめぐり1人で苦しんだ分、「仲間を見つける人が1人でも増えたら」と願う。【柴田真理子】

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 「蟹工船」は今年だけで約50万部(新潮文庫)という空前の売れ行きだ。過酷な労働現場を描いた小説がこれほどの共感を集める現象は、経済大国・ 日本の迷走ぶりを象徴しているようだ。痛みを伴わずには働けない、働いてもなかなか報われない厳しい現実を、「蟹工船」の一節を交えて伝えたい。=つづく

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 ◇資料整理、実態記録し自衛を

 3人に1人は非正規雇用という現状を生んだきっかけは、日経連(現日本経団連)が95年に発表した提言「新時代の日本的経営」といわれる。提言では、企業が従業員の増減調整をしやすくするよう、終身雇用や年功序列の見直しを求めた。

 派遣労働も規制緩和が進み対象職種が拡大する中、給与からの違法天引きなどの問題も出ている。自分の身をどう守ればいいのか。NPO派遣労働ネッ トワーク理事長の中野麻美弁護士は「不当解雇や賃金不払いなどに立ち向かうには、就業条件明示書、雇い入れ通知書、給料明細などの資料を整理しておき、解 雇に至る過程や実際の業務時間、内容を書き留めることが大切。働くことは生きること。安定した雇用を求めることは生きる権利だと、自信を持って行動してほ しい」と話す。

 労働基準法に基づく相談は労基署、労働者派遣法、パート法などその他の相談は労働局で行っている。労働局には局長が事業者に解決を促す助言・指導、弁護士らが双方の主張を聞いて解決策を示す「あっせん」があり、無料で利用できる。

毎日新聞 2008年8月19日 東京朝刊


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