2008-08-20

働けど:’08蟹工船/2 求人広告、甘いワナ

:::引用:::

◇「高給」「休み融通」信じ、故郷を出たが

 彼等(かれら)は少しでも金を作って、故里(ふるさと)の村に帰ろう、そう思って、津軽海峡を渡って、雪の深い北海道へやってきたのだった。

 =「蟹工船」から

 「月収31万円以上可」「賞与30万円以上」「カップル大歓迎」--。有効求人倍率が全国最低の沖縄県。無料情報誌に躍る甘い誘い文句は、職を求める若者たちを闇夜に浮かぶ常夜灯のように強烈に引きつけた。

 那覇市に住む祖慶麻乃(そけいあさの)さん(21)が自宅近くのドラッグストアで情報誌を手にしたのは07年1月。夫清勝さん(23)は鉄筋工 で、手取りの少ない月は8万円。麻乃さんも飲食店でパートをしたが月4万円ほど。親や消費者金融から金を借り、家計は火の車だった。「県外で働いて借金を 返し、貯金もしよう」と決めた。

 翌月。夫婦で愛知県内の人材派遣会社の求人に応募し、住み込みの派遣労働者として採用された。一人娘の美優ちゃん(4)を連れて故郷を後にした。派遣先は、有効求人倍率が全国最高の愛知県内にある自動車部品メーカーの工場。立ちっぱなしでブレーキ関連部品を作った。

 働き始めて2カ月たった07年4月。派遣会社の担当者から電話で「麻乃さんは来週から工場に来なくていい」といきなり解雇を告げられた。理由を聞くと、「休みすぎじゃない?」と言われた。

 当時2歳の美優ちゃんの看病で2月と3月に各5日間、4月に半日ずつ2日間休んだ。3月に休んだ時には、美優ちゃんが通う保育園でインフルエンザ が流行し、美優ちゃんも40度近い高熱とけいれんなどの症状が出た。麻乃さんだけでなく、幼子を預ける母親が軒並み仕事を休んだ。

 すると、沖縄駐在の社員が「子どもを病院に入院させ、工場に出るように」と説得に来た。「子どもの病気でも融通がきくと言ったのに」と拒み、自分で看病した。会社の担当者は、麻乃さんが既に看病で5日間休んだことを挙げ、「こんなに休むとクビになるよ」と口にした。

 しかし、麻乃さんが採用前の面接で「小さい子どもがいても大丈夫ですか」と聞くと、沖縄駐在の社員に「今、愛知にいる人も子連れが多い。子供が病気で休んでも融通がきくから大丈夫」と言われたため安心していた。

 解雇を告げられた時、労働基準監督署に相談した。「解雇証明書」を会社からもらうようにアドバイスされた。予告のない解雇ならば、一定の手当をも らえるからだ。解雇証明書を求めると、担当者は社宅に現れ、別の書面に署名しないと証明書は渡せないと言った。書面に日本語は数行だけで、大半は外国語。 せかされて中身をよく見ないまま署名し、書類を渡された。

 書類を労基署に見せたところ、解雇理由が書いていないため、書類は解雇証明書の要件を満たさないと告げられた。署名した書面は「退職届」で、一身 上の都合で退職を願い出る内容。外国語はポルトガル語で、工場で働いていた日系ブラジル人用と想像できた。労基署の担当者は「サインしており、手遅れだ」 と言った。

 給料も沖縄での説明と違った。面接の際に「家賃などを差し引いても手取りは男性が約20万円、女性約15万円」と聞いた。しかし、夫は多い時でも 手取りは13万円。そこから保育園料の5万3000円を払う。ボーナスは夫の約2万円だけだった。結局、夫の実家からさらに借金を重ねた。夫は8月に退職 し、家族で沖縄に戻った。

 今年2月、元同僚と計7人で派遣会社や派遣先のメーカーを相手取り、虚偽の求人広告や不当解雇への慰謝料などを求めて名古屋地裁に提訴した。派遣会社側は「給料は沖縄で説明して納得してもらった。休みも融通したが配慮にも限界がある」と主張している。

   *

 沖縄に戻り、夫は再び鉄筋工となった。手取りは15万円ほどだ。麻乃さんはパン屋のパートなどをしたが、2人目を授かり、5月にやめた。生活は楽ではない。「私たちはゴミ扱いでした。こんなことは自分たちで最後にしてほしい」

 沖縄労働局によると、06年度に就職した県民は2万4075人。3割が県外に出て、そのうち63%の4954人が愛知県だ。求人格差に背中を押され、多くの労働者が海を渡っている。【遠藤和行】

 ◇契約前に労働条件確認して

 全国の6月の有効求人倍率(季節調整値)は0・91倍で、前月を0・01ポイント下回った。景気は後退局面に入ったとみられ、有効求人倍率は低下傾向が続くと予想される。職探しが厳しくなりそうな中で、雇用後にトラブルにあわないためにどんな注意が必要か。

 東京都労働相談情報センターの山本純子係長は「求人広告の賃金などの労働条件は、会社の最も良い条件を載せ、募集職種の条件と一致しないことがある」と注意を促す。

 トラブルの予防には、雇用契約を結ぶ前に労働条件を確認することだ。チャンスは、面接と、その後の契約時がある。契約時には、労働基準法が「企業 は労働条件を文書で明示する義務がある」と定めている。にもかかわらず、文書で明示しない会社もある。せめて求人広告を示し、内容を確認する。

 「解雇を通告され、何らかの文書に署名を求められたら、その場では署名せず持ち帰ってよく読むように」と山本係長。解雇ではなく、自主退職や合意の上で契約を終了する内容にすり替わっていることもあるからだ。

毎日新聞 2008年8月20日 東京朝刊


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