2008-08-27

日本人がリラックスして仕事を頼める国,ベトナム

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 近年,ベトナムがオフショア開発/アウトソーシング先として脚光を浴びています。これまでの5年間,ベトナムの経済成長率は7%以上であり,アジア地域 においては中国とインドの次に成長が著しい国となっています。日本からのオフショア開発が増えていることも無関係ではありません。

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 ただ,少し気をつけてほしいことがあります。これまでベトナムや周辺国の中国,タイ,カンボジア,そしてインドなどと関わってきた経験からして, 最近の日本における“ベトナム・ブーム”の情報は,日本側の視点に少し偏っているように思うからです。そこで今回は,現地の人や風土を直接見た経験から, ベトナムについてお話したいと思います。まだ発展途上ですが,一緒に仕事をする相手として日本人との相性は良いと思います。

 とはいえ,かつて南北に分かれていたベトナムでは,北部,中部,南部で風土が違います。仕事の進め方も,それぞれの地域に合わせた工夫が必要かもしれません。前回紹介した中国ほどではないにしても,ベトナムもまた,多様性を持つ国なのです。

90年代に「しっとり」としていたベトナムの町は,賑やかな別世界に

 初めてベトナムを訪れたのは1990年代半ばのことでした。東南アジアの海外工場予定地の調査のため,各国調査の一環としてベトナムのホーチミ ン,ハノイなどを訪れました。その頃のベトナムは,オートバイは少なく交通信号機もない,しっとりとした町でした。その中を,鮮やかなアオザイを着た女性 が自転車に乗っているのが印象に残っています。

 政府系機関との打ち合わせでは,英語を話す人がとても少なかったため,ベトナム人の通訳に,日本語/英語をベトナム語に翻訳してもらい,コミュニケーションで苦労したのを覚えています。当時,市内のタクシーでも英語はあまり通じませんでした。

 しかし,2000年代に入って海外取引が急拡大し,英語がベトナムのどこでも通用するようになったのには驚きました。多くの人が英語を積極的に勉 強するようになったためでしょう。英語のスキルは決して個人の能力に起因するのではなく,市場のニーズに応じて個人が身に付けるものだと実感しました。

 昔は大都市ホーチミンでも街灯やネオンが少なく,夜は結構暗かったのですが,活気に溢れていたのを強く覚えています。そして,夕方暗いホーチミン からフィリピンのマニラに移動したとき,明るいネオンのマニラ市内を見てほっとしたことを覚えています。あれから十数年後,ベトナムは道路に車やオートバ イそして大勢の人が溢れる賑やかな別世界に変わりました。

年率40%成長のベトナムIT市場

 ベトナムはインドシナ半島の東に位置し,地政学的に中国や欧米などから大きな影響を受けてきました。ベトナムは南北1700キロメートルの細長い 国で, 33万平方キロメートル(九州を除く日本の面積に相当)の国土の75%は山脈,丘陵,高原地帯です(上記地図を参照)。人口は8400万人。東南アジアで はインドネシア2億人の次に多く,ベトナムの経済活力の源泉になっています。

 ベトナムのIT市場の成長率は年率4割以上です。その規模は全体で約300億円,うち輸出が85億円,ITサービス企業の数は1000社近くあ り,技術者の数は1万人以上と言われています。そして従業員数100人以下の企業が全体の7割以上を占め,中小ベンダーの多さが産業構造の特徴です。イン ドや中国の会社数が数千社,技術者数が数十万人から百数十万人のレベルと比べると,その規模はまだ小さいと言えますが,今後の日本向け事業の拡大が期待さ れています。

インドや中国が「主張の文化」なら,ベトナムは「柔和な文化」

 ベトナムは「中国プラス1」という市場ニーズが追い風となり,日本に似た面もあるため,昨今注目が集まっています。

 「中国プラス1」というのは,もともと製造業から出てきた言葉です。海外生産を拡大し始めた当初,中国への企業進出は比較的スムーズでしたが,中 国の反日デモを契機として“チャイナ・リスク”が認識されるようになりました。このリスクはもともとあったもので,想定していなかった方がおかしいのです が,当時は試行錯誤の時期だったのです。

 そこで,リスク対策(リスク分散)のため,中国以外にも生産拠点を作る必要があると考えるようになり,「中国プラス1」の国としてベトナムなどが候補に挙がりました。この言葉は,その後IT業界でも使われるようになっています。

 さて,そうした波に乗って実際にベトナムの企業や人々と仕事をしてみると,インドや中国とは異なる「さっぱりした食べ物」,人々の「控えめな応対」などが日本に合っていることを実感しました。

 日本人技術者がインドや中国での開発プロジェクトを長く続けていると,その異文化対応に少し疲れてきます。そのような経験を持つ技術者がベトナム に接触したとき,気持ちがリラックスして,うまく一緒に仕事ができた例を目の当たりにしました。中国やインドでは「主張の文化」を強く感じますが,ベトナ ムでは柔らかい対応で控えめな態度・発言に「日本との近さ」を感じ,精神的安定がもてたようでした。

ベトナムの強みは,コスト,潜在能力,家族主義,日本との親和性

 これまで一緒に仕事をしたインド・中国の技術者とベトナムの技術者とを比較すると,スキルの高いベトナム技術者の個人的能力は,インド,中国と比べて遜 色ないと感じています。一般的に,ソフトウエア技術者の質と量はインド,中国の方が上だと思いますが,特定分野に絞ればベトナムは強みを発揮できるでしょ う。

 これまでインドや中国,その他の大国の企業と仕事をした経験では,自国(日本)より小さい国の方が対応しすい傾向があるように思います。またベト ナムは地政学的および歴史的にさまざまな国の影響を受けているため,ベトナム国民は海外事情に敏感なようで,それが産業の発展に寄与しています。

 IT業界におけるベトナムの強みは,コスト,潜在能力,家族主義,日本との親和性にあり,弱みは,プロジェクト経験不足,外国語能力,インフラなどにあると考えています。

 ベトナムのITサービス産業の輸出先は,欧米が約6割,日本が約2割の比率となっています。既にベトナム市場には,欧米や日系の大手ベンダーも進 出しています。ベトナム市場の大手上位ベンダーをみると,それぞれターゲット市場に違いがあります。(1)日本向けの売上高が6割というように日本市場に 注力している企業,(2)米国向け売上高が8割以上というように米国市場に注力している企業,(3)欧州・アジアへの売上高が6割というように欧州・アジ アに注力している企業,などです。

 インドの大手企業は,市場の大きな米国の比重が最も大きく,次いで欧州の比重が高くなっています。日本やアジア市場の位置付けは相対的に低く,こ れと比べると,ベトナムのほうが日本市場の比率が高いと言えるでしょう。ベトナムがインドより遅れて成長したことや,ベトナム,インドがそれぞれの国の強 みを生かして成長していることなどが要因と思います。

 ベトナム企業や人材は,その注力市場により,英語ベースの欧米型と日本語ベースの日本型の対応に分かれています。それぞれ企業の風土,方針,やり方,人材の要求スキルなどが異なっています。

 欧米で学んだり,欧米企業とのビジネスを経験したりしたベトナム企業の方々にお会いしましたが,話す英語は米語そのもので,考え方もベトナム人というよりまさに米国人というような人も見受けられました。ベトナムはみなさんが考えている以上に多様な国です。

ベトナムには異文化を受け入れる雰囲気

 ベトナム語は,日本語と同様に中国文化の影響を受けています。外来語の中には,中国語をベースにしたベトナム語が多くみられ,日本語に類似した言 葉も多くあります。しかし,ベトナム語の文字はアルファベットをベースにしているため,タイ,カンボジアなどの独自文字を使う国の人より英語に親しみやす い傾向があります。これまでの経験では,一般的にベトナム人にとっては英語ベースの欧米企業の方が仕事をしやすいように思います。基本的に欧米対応が多い 中で,日本対応が今後どのように拡大するのかは非常に興味深いところです。

 この国の人々は家族的で人間関係を重視する傾向が強いように感じます。特に30代以上の人材ではその傾向が強いようです。企業として対応の方針は違っていても,個人的なつながりが強いと「○○さんのためなら頑張ってやる」といったケースをよく目にします。

 ベトナム南部は資本主義の経験もあるため,ビジネス活動で自由な雰囲気を感じます。南部は欧米や東南アジアとの交流が長く,一方の北部は中国など との関係が深いため,非常に国際色を感じさせます。これまでに南部を中心としたベトナム10年に付き合いから,ヨーロッパのスカンジナビア諸国のような 「異文化を受け入れる雰囲気」を覚えることがあります。

北部,中部,南部で異なる人と風土

 ベトナムでも北部,中部,南部で土地や人々から受ける印象が違います。各地を訪問してみると,気候や文化風土の違いを理解できました。

 北部のハノイは東アジアの都市であり,伝統的で中国への近さを感じます。南部のホーチミンは南アジアの都市で,異文化に許容的であり,オープンな雰囲 気・サービス精神があります。シンガポールなどに近い感じを受けます。そして中部のフエでは,北部,南部とは異なる独自の文化風土を感じました。ベトナム が北と南に分かれた時代の隠れた話を聞くと,歴史が現在まで深い影響を及ぼしていることが分かります。

 ホーチミンで一緒にソフト開発の仕事をした優秀な技術者の多くは,中部の出身者でした。中部には優秀な大学や教育機関があるものの,就職する企業 が中部には少なかったため,ホーチミンやハノイの企業に就職する学生が多かったようです。ホーチミン出身の人間が,「中部の人間の言葉(ベトナム語)が分 かりにくい」と話していたのを覚えています。ベトナムにおける方言の違いは,日本のそれよりもっと大きいようです。

 ある南部出身のベトナム人は最近家庭の事情で,ホーチミンからハノイに行きましたが,「いろいろな違いに驚いた!」と話していました。例えば,駅 で指定席券を購入して電車に乗ったところ,予約した席が存在しなかったので3時間ずっと立ちっぱなしだったそうです。「北部の田舎では,イヌ肉がご馳走と していつも出てくるので,口にすることができなかった。南部では比較的オープンに話をしますが,北部では格式を重んじ,外見や態度と中身に違いがありま す」と話していました。言葉と本音が違うのは日本でもあることだと思います。

 また,「訪問時には,必ずお土産をたくさん持っていく必要があります。お店では本来サービスが大切ですが,北部のあるスーパーに買い物に行ったとき,レジの清算で,店員から客とは見ていないような対応を受けました」と不満を漏らしていました。

 ベトナムでは,地域や職業により,一見日本人には分からない違いがあります。ベトナムに仕事を発注するならば,よく現地を見ることが肝要です。


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