2008-08-25

アジア・マンスリー

:::引用:::
アジア通貨危機再来の可能性について
高安健一
東アジア諸国が1997年と同じパターンで通貨切り下げに追い込まれる展開は考えにくい。しかしながら、食糧・資源価格の高騰が、長期間にわたりアジア通貨安材料となることが懸念される。

■1997年と同じパターンでの通貨危機の発生は考えにくい
東アジア主要国通貨(人民元と香港ドルを除く)の対ドル相場は2008年1~3月期より、軟調な展開が続いている。食糧・資源価格の高騰が長期化するなか、アジア通貨危機の再来が懸念されている。しかしながら、97年と同じパターンで通貨危機が繰り返される可能性は低い。

97年当時の東アジア諸国(韓国、タイ、マレーシア、インドネシアなど)は、巨額の経常収支赤字を抱える一方、外国から多額の資金を調達して高成長を謳歌 していた。米ドルに対して自国通貨の価値をペッグするなど、固定的な為替制度を採用していた国々の通貨が、投機筋の売り圧力を浴びて急落した。そして、多 額の外貨建て債務を抱えていた銀行部門と企業部門の資金繰りが急速に悪化し、多くの国々が景気後退に陥った。

現在の東アジアでは、こうした展開が再現される公算は小さい。その理由として、a.一部の国を除いて変動相場制を採用しており、日常的に為替レートの調整 が行われていること、b.為替取引規制により投機筋がオフショア市場でアジア通貨(バーツ、リンギ、ルピアなど)を用いたポジションを組成することが困難 なこと、c.銀行部門の健全性が維持されていること、d.対外債務構造が改善し外貨準備を豊富に有していること、などがあげられる。

■昨今のアジア通貨安は、食糧・資源価格高騰による経済ファンダメンタルズの悪化を反映
アジア通貨の対ドル相場が2008年に入っ てから軟化している背景として、東アジア諸国経済が食糧・資源価格の高騰などの外的ショックに対して、先進工業国よりもダメージを受けやすいことが指摘で きる。具体的には、四つの経路を通じて、食糧・資源価格の高騰がアジア通貨安を引き起こしている(下図は変動相場制を採用している食糧・資源輸入国を想 定)。

第1は、インフレ圧力の急速な高まりである。右図が示すように、2008年に入ってから消費者物価上昇率(前年同月比)が一段と高まっており、例えば、 フィリピンでは6月に11.4%に達した。そして、インフレ抑制を狙った金融引き締め政策の発動が遅れていることから、東アジア諸国の実質金利(短期金利 -消費者物価上昇率)は軒並みマイナスとなっている。

第2は、景気の先行きに対する不透明感の広がりである。アジア開発銀行(ADB)は2008年のアジア経済の成長率について、2007年の8.7%から若 干減速するものの、引き続き7.6%と高い水準を維持すると予測している。確かに、足元の景気は底堅く、減速が懸念されているのは一部の国に限られる。し かしながら、インフレ圧力の高まりにともなう実質消費の低迷、資源輸出国への所得流出、金融引き締め政策などは、東アジア諸国の期待成長率(投資収益率) を低下させる要因である。

第3は、食糧・資源価格の対外依存度の高い国々を中心に、国際収支が大幅に悪化していることである。2008年1~4月の貿易収支をみると、韓国、タイ、 フィリピンが赤字を計上した。東アジア諸国の国際収支構造は、経常収支と資本収支の双方が黒字を計上し外貨準備が大きく積み上がる局面から、経常収支が悪 化するなかで資本収支黒字が減少ないし赤字を計上する局面に転換しつつある。

第4は、インフレ圧力の高まりが低所得者層を中心に社会不安を引き起こしたり、政権基盤が不安定化するリスクである。インドネシア、フィリピンなどでは食糧や燃料価格の上昇に対する抗議活動がすでに頻発している。こうした動きは当該国通貨のリスク・プレミアムを高める。

■影響力を強める外国人投資家
昨今のアジア通貨安は株安と同時に進行している。この背景として、90年代後半より株式市場の対外開放が進んだ国々で、株式売買高に占める外国人のシェア が高まったことが指摘出来る。右図にみられるように、外国人のシェアは30%を超えており、各国証券市場に流入していた外国人投資家の資金が、サブプライ ム・ローン問題が顕在化して以降、アジアから流出している可能性が高い。

■今後の展開今後の東アジア諸国通貨の動向は、食糧・資源価格、外国人投資家の行動、そして各国の政策対応にかかっている。懸念される事態 は、食糧・資源価格の高騰や通貨価値の下落が、輸入インフレの高まりと賃金の大幅な上昇(コスト・プッシュ・インフレ)に波及し、政策対応が困難になるこ とである。この場合、上記の四つの経路を通じたアジア通貨売り圧力がさらに強まるとともに、経済ファンダメンタルズの回復に長い時間を要することになろ う。すでに、韓国、シンガポール、タイ、インドネシアなどでは、食料品などの価格変動の大きい項目を除いたコア・インフレ率が上昇基調に転じている。個別 国の動向については、2008年に入ってから経済ファンダメンタルズの悪さが露呈したベトナムに加えて、資本取引規制が自由化され投機的な為替取引をする 余地のある韓国の動向に注意する必要がある。
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