2008年3月6日の昼間,中国通信機器メーカー大手・華為技術の深セン阪田研究開発基地研究センターにある3階の食堂で昼食をとっていた従業員A氏が突然立ち上がり,手すりを乗り越えて外に飛び降りた。地上に転落後,病院に運ばれたが亡くなった。その約10日前には、同社成都研究開発センターの従業員 B氏がやはり飛び降りて亡くなっている。10日という短い間に、華為では飛び降り事件が2件起きたことになる。さらに統計によると,2年足らずの間に,華為では6人の従業員が世を去っている。
これらの事件は,IT業界における企業の社会責任とヒューマンケアに対する論議を引き起こした。
華為の“生死の扉”
ここ数年で,華為技術では以下の死亡事件が起きている。
(1)2006年5月28日夜,深セン華為のC氏(25歳)がウイルス性脳炎のため死亡した。亡くなる前にC氏は会社でたびたび残業し,床に布団を敷いて寝ていたそうである。
(2) 2007年7月18日午後,大学院を卒業したばかりのD氏(26歳)が深セン市梅林のあるビルの廊下で首を吊って自殺した。彼は華為に入ってわずか60日ほどしか経っておらず,身内の者に仕事のストレスが大きすぎると何度も漏らしていたという。病院は,D氏が長期にわたる残業のため過労で亡くなったことを証明した。
(3)2007年8月11日17時30分頃,長春市国聯地区で,長春事務所のE氏が電話で20分間言い争った後,7階から飛び降り亡くなった。
(4)2007年12月5日午前,深セン華為に勤務していたF氏は朝起きてトイレに入り,身支度をしている時に突然倒れ,そのまま亡くなった。
(5)2008年2月26日13時25分,B氏が4階から飛び降りた。救急車が駆けつけたが,すぐにその死亡が確認された。
(6)2008年3月6日,A氏が手すりを乗り越え,地面に落ちて重傷を負い,病院に着いたが亡くなった。
上記に挙げた従業員の死亡については,様々な見方がされている。A氏は生前のブログでこう述べていた。「仕事とは苦しいもの,私の心は疲れ切っている」。一方で,華為はこう述べている。「これまでの従業員の一連の自殺事件は個別の事件に過ぎず,全くの偶然であり,仕事のストレスとは無関係である」。しかし,華為の古くからの社員と名乗る者がネット上でこう書いている。「派遣制度により私達の心はますます疲れ切った」。復旦大学教授の顧曉鳴氏はこれに対してこう述べている。「華為事件を通じて,同種の企業はみな自身の企業文化がどこへ行こうとしているのか,考え直してみなければならない」。
華為のこれらの事件は,過労死か自殺であり,いずれも変死である。なぜ華為の従業員ばかりが死ぬのであろうか。ここに来て,華為の管理のしくみ,雇用制度,教育体制,企業文化,従業員の仕事に対するストレスやメンタルヘルスの状況が,社会から問い直されている。
華為の従業員がなぜ“生死の扉”へと墜ちてゆくのか
以下に説明するように,華為の“マットレス文化”,“残業文化”,“狼文化”,“厳しい成績考課制度”はいずれも従業員に大きなストレスとなっている。
噂によると,借金をして株に投資し大損をしたというのがA氏が死亡した原因だとされている。身内によると,彼の月給は約8000元だったそうである。これだけの少なくない給与であれば,株で損をしたとしても,それほど大きな問題ではなかったといえる。しかし,高い給与を支払うということは,当然高い効率を求めるとともに大きなプレッシャーを与えるわけで,これが華為の本当の目的だったのだと思われる。
氏名を公表しない華為の古くからの従業員によると,2006年以降,華為は人材管理について外注で実施しているそうである。華為が新規に従業員を雇用する場合,まず人材派遣会社と契約を結び,人材派遣会社が華為のニーズに沿って,関連する人材を提供し,これを労務派遣と称している。従業員は人材派遣会社から華為に派遣されて仕事をし,華為は報酬をその人材派遣会社に支払い,人材派遣会社から従業員に賃金が支払われる。労働力の管理は人材派遣会社が担当しているので,従業員と華為との間には直接の関係は生じない。華為はこのような手法により人材管理に関するコストを低減し,また雇用の法的リスクも回避している。従業員は究極の臨時労働者となり,華為と彼らとの関係は深くない。しかし従業員にとっては,様々な問題に直面することとなる。例えばいつでも職を失う恐れがあるのだ。雇用会社のニーズが少なくなれば,人材派遣会社は休業制度を利用し,臨時労働者は働く必要がなくなり,最低限の生活保障しか受け取れなくなる。従って直面するプレッシャーは非常に大きくなる。
華為研究開発部の従業員とネット上で名乗る者によると,華為は従業員の残業を業績考課の一部としており,会社全体の文化として残業が奨励されているそうである。業績考課でよい評価を得たければ,絶えず残業する必要があり,これもまた一部の従業員が長期にわたってオーバーロードでも残業する理由となっている。また,華為の別の海外エンジニアによると,営業担当者が最初の受注を取ってきた時から,そのプロジェクトのメンバーになったならば,プロジェクトのために精根尽き果てるまで働き,“献身的に力を尽くさなければならない”そうである。価格の優位性と短い工期無くして,華為は世界の大企業から市場を奪うことはできないのだ。
華為にはもう一つ独特な“マットレス文化”があり,華為スピリットのシンボルとなっている。華為に入社したばかりの従業員は,同僚と共に事務所に寝泊まりし,1日に十数時間働かなければならない。このため,ある従業員が出勤時にマットレスを持ってきたことが語り草になっている。現在のように雇用情勢が厳しい中,大学の新卒者が仕事を見つけるのは容易なことではなく,華為のような会社であれば尚更容易ではない。従って,華為内部の競争が非常に激しく,ストレスが大きいとしても,彼らは会社に残ることを選んだのである。
企業文化と管理制度が論議を呼び起こした
死亡事件が発生してから,ネット上の著名な掲示板やIT業界に関する掲示板では華為従業員の飛び降り自殺に関するスレッドが多く作られている。沢山の議論の中で,華為の企業文化に疑問を呈する声が最も多く見られた。多くの人は,企業が何かの目標あるいは目的を達成するために,ひたすら企業の“狼文化”ばかりを重要視し,従業員の生死を考えないというのは間違いだと考えている。これだけ多くの死亡事件が起きたということから,華為は正しい企業文化の構築と人材育成を怠ってきたと言えるだろう。
華為のリーダーである任正非はいわゆる“狼文化”をよりどころとして,深センという夢幻の街で世界の注目を浴びる華為を作り上げた。退役軍人である任正非は軍隊の考え方を真似て企業を管理し,大成功を収めたが,これがまた華為を岐路へと導いたのかも知れない。このモデルにより華為の従業員は大きなプレッシャーに耐え,短い納期で多くの作業量をこなすという,つらい選択を強いられることとなった。現在の華為は既に海外進出への道を歩んでいるが,華為が自身の輝かしい未来を実現するには,このような強硬な管理手段に頼っていただけでは道は遠いと言えよう。
華為にはもう一つ弱点がある。それは気持ちの発散やコミュニケーションのチャネルが整っていないということである。このため,一部の従業員は自殺という極端な気持ちの発散の仕方を選んでしまった。また,華為の従業員はコミュニケーション能力に欠けており,多くの技術出身の主管者もまた会社の“機械”となっている。上からの戦略や政策は主管者によるフィルタリングや思考を経ることなく,直接従業員へ押しつけられるのである。
IT企業に求められる更なるヒューマンケア
1回の死亡事件であれば偶然だと言えるであろうが,何回も変死事件が起きた今となっては,華為の企業文化と管理は言い訳のできないものとなってきた。高いプレッシャーをかけて管理をする華為は,企業の戦闘力が強いとはいえ,企業の従業員に対するアイデンティティーを軽視してきた。これは非常に危険な事である。
華為になぜこれだけ多くの事故が起きているのだろうか。それは華為が従業員に対して行うべきヒューマンケアの構築と素養の育成を怠っており,管理モデルで厳しさのみを追求し“緊張と弛緩のほどよい”組み合わせを無視してきたからである。どのようにして従業員に楽しく働いて貰い,同時に仕事の効率を保証するか,これが中国の多くのIT企業に残された重要な課題となっている。
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