2008-03-11

呼び込め 外国人患者 医療長寿

:::引用:::
戦略産業 売りは「最先端」 シンガポール

 「お金の問題じゃない。妻の命をどうしても救いたかった」。インドネシアのジャカルタで貿易会社を営むムリョノさん(61)は、妻ジョーフィーフィーさん(54)の手を取りながらほほえんだ。

 ジョーフィーフィーさんは4年前、二つある腎臓の片方をがんで失ったうえ、長年糖尿病も患っていた。症状が悪化し、自分で歩けなくなった昨年、マレーシ アのクアラルンプールの病院で診察を受けると、移植が必要と告げられた。「安心して任せられる病院を」と探して行き当たったのが、シンガポールのマウン ト・エリザベス病院だった。

 血液に特殊な抗体があるジョーフィーフィーさんは、普通の人よりも拒絶反応を起こすおそれが高かった。3週間かけて抗体を減らす処置を した後、知人の腎臓を移植した。「私も今まで3例しか担当したことがなかったが、もう大丈夫。今後は普通の暮らしができます」と主治医のライ・ワイチュン 医師(50)は太鼓判を押した。

 費用は10万シンガポールドル(約800万円)超。インドネシアなら数分の1以下で済んだが、「安心感が違った」とムリョノさん。

 病気の治療に訪れる外国人を積極的に呼び込む「医療観光(メディカルツーリズム)」が東南アジアで盛んだ。シンガポールの売りは最先進医療だ。

 シンガポールは植民地時代から英国などで教育を受けた医師が集まり、近隣の富裕層の患者を受け入れてきた。70年代以降も、政府は外貨獲得のための戦略産業と位置づけた。

 医師の大半は英国や米国、オーストラリアなどへの留学経験を持つうえ、講習会や学会への出席を義務づけられ、最新の技術や知識の取得を求められる。病院の多くは英米の認定機関の格付けを受けている。

 「東南アジアの医療ハブ(中心)としてのブランドづくりが成功した」と、医療制度に詳しいシンガポール国立大のチー・ヘンレン博士は話す。

 03年からは保健省や観光局、医療業界などが共同で「シンガポール・メディシン」キャンペーンを開始。06年に約41万人受け入れた外国人患者を12年には100万人に増やし、26億シンガポールドル(約2000億円)の経済効果、1万人以上の雇用創出を目指す。

 マウント・エリザベス病院を運営する医療グループ「パークウエー」のチェリンジット副社長によると、同グループは国内の3病院で、シンガ ポールに来る外国人患者の6割を受け入れているという。「我々の病院は安くはありません。でも値段に見合った最高、最新のサービスを提供しています」と言 い切る。東南アジアで唯一という米国製の「ロボット手術システム」も導入した。

 政府は医療機関の海外進出も促す。パークウエーもマレーシア、ブルネイのほか、中国やインドで計13病院を運営し、米国やロシア、中東にも患者受け入れの事務所を持つ。

 政府はさらに、国民向け医療を担ってきた国立病院の民営化も進めるが、診療費の高騰など低所得者へのしわ寄せを懸念する声もある。(シンガポール=杉井昭仁)

■サービスと安さで軌道に タイ

 カンボジアでアンコールワット見物をしていた韓国人観光客が1月、脳出血で倒れた。近くのロイヤルアンコール病院に運ばれ、ヘリコプターで系列のタイ・バンコク病院に転送。手術で一命を取りやめた。

 タイに18、カンボジアに2病院を持つ民間病院グループ「BGH」は、基幹のバンコク病院にヘリポートを設置し、昨年11月、患者をヘリで運搬する東南アジア初のサービスを始めた。

 バンコク病院には日本人やアラブ人向けの専用カウンター、イスラム教徒用に祈りの部屋がある。スターバックスに日本やイタリア料理店、コンビニエンスストアが並び、15カ国の通訳がそろう。

 タイは至れり尽くせりのサービスと価格競争力で売り込みを図る。

 民間病院の外国人患者受け入れを推進したのはタクシン政権だった。03年11月に「アジアの健康首都」を宣言。スパやマッサージ、ハーブ産業の振興と外国人患者誘致を合わせた医療ハブ構想を進める。01年に55万人だった外国人患者は、05年には125万人に急増した。

 もちろん順風ばかりだったわけではない。

 バンコク病院のロビーの一角で昨年5月、入管の出張サービスがひっそりと終了した。入管が職員を派遣し、院内で患者のビザ更新ができると、多くのマスコミにも紹介されたが、1年余の短命に終わった。

 06年9月のクーデターでタクシン氏を追い落としたスラユット政権は、元首相が力を入れた政策に冷淡だった。年間1000万~2000万 バーツ(1バーツ=3.7円)だった医療ハブ構想の予算はスラユット政権下で300万バーツ(07年)に減額され、医療ハブをテーマとした商談や展示会は 中止となった。

 それでもBGHの業績は好調だ。チャトリー最高経営責任者によると、01年以降、外国人患者は年平均6割増で昨年は65万人。全患者に占める割合は01年の12%から昨年は30%に。今年は40%と見積もる。

 先進国に劣らぬ医療水準、シンガポールの7割、米国の数分の1という治療費の安さ、タイ人医師や看護師のホスピタリティー。

 軌道に乗った今、チャトリー氏は「政府に宣伝パンフレットを作ってくれとはもう言わない」と余裕をみせる。タクシン派に戻った新政権には「規制緩和を期待する。外国で資格を取った医師、看護師に門戸を開いて欲しい」という。

 ただ、民間病院が大学教授クラスの医師を高い報酬で引き抜くケースを「事実上の頭脳流出だ」と問題視する声も出ている。国民の税金で育てた医者が外国人を安い料金で診察、治療することにも批判がある。

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