2008-11-17

中小企業の課題を解決するSaaSスイートの利点

:::引用:::

期待ほど進まない企業ITの変革

 ITのコモディティー化が進むことで、企業の大小を問わずPCとインターネットは広く利用されている。一方で、各種業務のIT化による生産性の向 上や経営における意思決定の迅速化は、期待されたほどではない。これは、特に業務ソフトウェアの利活用における要件と、それを実現するためのコストとの ギャップによるところが大きいと考えている。

 PC、携帯電話そしてインターネットの普及を背景に、コンシューマーITは非常に早いペースでイノベーションが進んでいる。Yahoo!、Googleなどのポータルや検索はもとより、Webメールブログ、SNS、ほか多様なWebアプリケーションが生み出され、その利用が広がっている。また、eコマースやネットマーケティングは、インターネット黎明(れいめい)期の期待を超える勢いで日常生活に浸透している。

 一方で、企業ITの変革は期待ほど進んでいない。その大きな原因は予算と人材に起因する。特に中小企業におけるITの利活用は、会計あるいは販売 管理の一部といった事務効率化のみを目的とした範囲にとどまっている。その理由として、高価なシステムの所有負担に見合う効果が不透明、IT専門要員の確 保が困難なため使いこなせない、といった点が挙げられる。

画像 図1●国内企業のIT課題(出典:「CIO調査2008」IDC Japan,2008)

 インターネットを経由してソフトウェアを利用するSaaS(Software as a Service)は、上記の課題を解決する新しい企業ITの利用モデルとして、2006年ごろから日本でも普及が始まっている。総務省や経済産業省の政策 においても、中小企業のIT利用促進の起爆剤として取り上げている。本稿では、中小企業のIT利活用における課題・要件を整理するとともに、それらの SaaSによる解決策について解説していく。

中小企業のIT利活用における課題・要件の整理

 調査会社各社によれば、中小企業におけるIT投資は大企業よりも高い伸び率を示している。PCや携帯電話、インターネットの普及により、日常的なWebや電子メールの利用も広がっており、中小企業経営者や従業員のIT利活用の外的環境も整ってきている。

 しかし、中小企業のIT利活用、特に業務ソフトウェアによる経営改革は期待ほどは広がっていない。それは、次に挙げる幾つかの課題を克服していないからだ。

情報システム運用負担とリスクの担保

 自社運用型の情報システムの導入に当たっては、まずサーバを導入し、サーバOS、データベース、そのほかの必要なミドルウェアの導入と設定を行い、その上で各種業務ソフトウェアの導入と設定を行う。さらに情報漏えいやデータ保護の観点から、セキュリティ対策ソフトウェアやデータバックアップなどの各種管理用ソフトウェアの導入と設定も必要になる。以上、自社運用型の情報システム導入にまつわる作業を簡単に列挙したが、これらはサーバOS上の管理設定との密接な関係はもとより、ソフトウェア間の相互作用も考慮する必要があり、豊富な専門知識と経験を要する。

 中小企業では、IT専門要員が不在または人数が極めて限られているため、この要件を自ら満たすことは困難だ。また、外部の有料サービスを用いても 初期導入コストが増えることは言うに及ばず、正しく要件を満たせるかどうかの見極めは難しい。加えて、ハードウェアの保守、各ソフトウェアの修正パッチ適 用やバージョンアップなど、利用継続に伴う運用負担をコストとして考慮する必要がある。さらに、保守作業に伴うサービス停止時間のコントロールやトラブル 回避には、十分な事前準備が必要だ。中小企業におけるITは、使い始めることはもちろんのこと、使い続ける上での要件とコストの見極め、解決策の選定が課 題となる。

予見しやすく管理しやすいコスト構造

 中小企業は上記のような運用負担やリスク管理によって発生する費用をあらかじめ把握し、適切な予算を組むことが求められる。しかし、運用のトータ ルコストを事前に見積もることは一般的に難しい。単純に管理要員の人件費と利用製品各種の年間保守料金を積み上げるだけでは、目的を達成できないからだ。

 例えば、取引件数や従業員数の増加が事前の予測を超える伸びを示し、システムの処理能力不足に陥った場合、急きょハードウェアの増強やソフトウェ アライセンスを追加購入しなければならない。これを事前に想定するには、さまざまな変動要因を適切に予見する必要がある。また、あくまで「想定」に対する 「備え」であるため、予算折衝において適当な予算額を獲得するための説得は難しい。また、新しいセキュリティインシデントの発生と緊急対策に要する費用を あらかじめ見積もっておくことは難しい上に、決して先送りができない事象である。情報システムが真に中小企業経営の基盤となるためには、定められた予算の 範囲で一定のサービスレベルを維持し続けることが求められる。

経営環境の変化への迅速な対応

 企業経営の素早い変化にIT環境を合わせる、いやむしろ変革を加速することがIT利活用による期待効果の1つといえる。しかし実際には、ITが企業の成長の足かせとなってしまう場合すらある。

 そうならないためには、取引件数や従業員数の急増、事業領域の拡大に迅速に応えるスケーラビリティや 柔軟性の確保が重要だ。自社運用システムの場合、処理能力や機能に余裕を持たせたサーバやソフトウェアの上位バージョンの利用が1つの解決策だが、それで は利用開始当初から余分なコストが掛かってしまう。経済状況が厳しい中では、企業は楽観的な成長予測よりも、むしろ慎重な需要見積もりに合わせたシステム 投資を選択するだろう。

 しかし、もし予想を上回る勢いで事業が拡大した場合、システム能力不足に直面し、切迫した状況になってから急きょサーバの増設や入れ替え、ソフト ウェアのアップグレードなどを行うことになる。結果として、想定外の追加コストと、長時間のシステム停止などによる機会損失が発生し、企業の成長を阻害し てしまうのである。

 ITがより戦略的に利用されるためには、取引件数や従業員数といった経営環境の変化に適正コストで素早く対応できることが求められる。

迅速なROI

 ITを用いて新たに実装した業務プロセスや サービスは、その実装に要した時間・費用に対応した期待効果が設定される。当然、実装に掛かる時間・費用はできるだけ抑えられるべきであり、かつできるだ け早期に導入成果を生み出すことが期待される。そのため、導入設定やカスタマイズ作業の容易さはもちろんのこと、エンドユーザーにとっての分かりやすさ、 使い勝手の良さが求められる。

ユニバーサルアクセス

 携帯電話やインターネットの普及により、時間と場所を問わず常に最新の情報にアクセスし、取引を行えることは必須要件となってきた。しかし、自社 運用型のシステムでこれを実現するためには、モバイルアクセス用のゲートウェイやインターネットVPNへの投資をはじめ、セキュリティ強化や連続可用性の 確保のための追加投資が求められる。

SaaS型業務アプリケーションスイートという新しい解決策

 冒頭に述べたITのコモディティー化が進んだことで、SaaSは自社所有によるIT利活用にまつわる課題の解決策として必然的に登場してきた。そ の利点は、例えば所有コストからの解放、導入・開発期間の短縮、変化に対する柔軟性、信頼性とセキュリティ、などが挙げられる。

所有コストからの解放

 SaaSでは利用料金を支払うことで、目的のソフトウェアをインターネット経由のサービスとして「利用」する。このため、自社運用型のシステムでは不可欠なサーバ、ストレージ、ネットワーク機器などのハードウェア、OSやデータベース、アプリケーションサーバといった基盤ソフトウェアの購入と導入、設定、チューニングといったコストは一切伴わない。

 加えて注目すべき点は、運用コストの大幅な削減である。通常、自社運用型のシステムを常時安定稼働させるためには、ハードウェアの定期保守や故障対応、基盤ソフトウェアのチューニング、バージョンアップ、修正パッチ適用やセキュリティホール対 策など、絶え間なく作業が続く。これは単にIT専門要員を1人配置すれば解決するレベルを大きく超えている。ハードウェア、ソフトウェアのベンダー各社に よる技術者認定で求められる程度の知識に加え、稼働環境全体に関するキャパシティープランニングやパフォーマンスチューニング、常時稼働、セキュリティ対 策の実践スキルを要する。

 多くの中小企業が自社のIT要員でここまでカバーすることは現実的ではなく、システムインテグレーターやIT製品販社の技術者によるサポートサー ビスを利用することになるだろう。すると、利用している製品すべての保守契約に加え、専門的な運用サービスの利用コストも継続的に掛かることになり、運用 コスト全体は導入時の想定を大きく超えることになる。

 SaaSは、自社運用システムの所有コスト、すなわちシステムの導入および運用に伴って発生するコストから企業を解放し、登録ユーザー数などの利用規模に応じて決まる、比較的予測を立てやすいコストモデルを提供する。

変化に対する柔軟性

 SaaSを提供するベンダーは、「マルチテナント」技術によりデータセンターで稼働するソフトウェアを複数のユーザー企業に共有してもらいなが ら、ユーザー企業ごとのセキュリティ設定やソフトウェアのカスタマイズを個別に管理運用することを可能としている。これにより、3つのメリットをユーザー 企業に提供する。

 1つ目はリソースの集約化に伴う利用コストの低減である。データセンターに集約したサーバ、ストレージおよびネットワーク機器群を複数の企業で共有するということは、規模の経済のメリットを享受できる。

 2つ目はスケーラビリティである。企業規模の変化や取引量の変化に応じて、ユーザー数やデータ容量などを、業務を滞らせることなく素早く追加できる。また、それらの縮小にも対応でき、コストの適正化も容易である。

 3つ目は新機能の容易な展開である。従来のパッケージソフトウェアの場合、さまざまな稼働環境を想定した開発・テスト、そして実際に個々の稼働環 境における動作検証が必要なため、バージョンアップサイクルは長くなり、加えてバージョンアップ作業自体もシステム品質の担保のために多大なコストが掛か る。一方でSaaSは、ベンダー自身が運用している環境で稼働しているため、新機能の開発、検証、リリースはベンダーの運用環境内で確実かつ迅速に行われ る。これもリソースの集約化によるメリットである。

導入・開発期間の短縮

 SaaS型業務アプリケーションスイートを利用することには、導入・開発期間の短縮という点で2つの大きな利点がある。

 まず、SaaSの利点だが、契約後速やかに稼働環境が利用可能になる。業務要件に合わせて設定、カスタマイズといった作業が必要になるが、これらはすべてWebブラウザ経由の対話型開発環境を通じてオンデマンドで行うことができる。そしてこのカスタマイズ結果はSaaS自体がバージョンアップした際にもそのまま稼働する。

 2つ目の利点としては、業務アプリケーションスイートを利用することで、企業の業務要件に合わせた設定、カスタマイズの工数を、単機能アプリケーションの組み合わせ利用と比べて大幅に短縮できることだ。

画像 SaaS型業務アプリケーションスイートの全体像

 マッシュアップあるいはSOA(サービス指向アーキテクチャ)という言葉により、あたかも複数の業務アプリケーションをSOAP、REST(REpresentational State Transfer)ベースのWebサービスAPIで 疎結合利用することが、システム開発のトレンドでありコストメリットも高いと思われている。しかし、トランザクションレコードにかかわるアプリケーション の組み合わせについては、設計時に相当の注意を要する。3つ以上のアプリケーションが同一の業務プロセスにおいて連携する場合には、データ共有、セキュリ ティ、サービスレベルなど、将来の拡張性も含めて事前に検討しておくべきだ。

 一方で、業務アプリケーションスイートでは、単一データベース上にエンド・ツー・エンドの業務プロセスがすべて実装されているため、そのような心 配はない。全体を粒度の大きな1つのWebサービスプロバイダー、あるいはリクエスターとしてとらえた上で、補完的な外部Webサービスとの連携を考慮す ればよい。

より優れた信頼性とセキュリティ

 SaaSは、一般的な自社運用型システムと比べて、はるかに高いセキュリティレベルと可用性を達成している。SaaSベンダーは自社のデータセン ターにシステム運用およびセキュリティの専門要員を常時配置して、管理・監視を行っている。また、SLA(サービスレベルアグリーメント)には、 99.5%以上の可用性保証や多重化されたデータバックアップ、多層防御を施したセキュリティ対策などを明記しているSaaSベンダーも登場している。

 このサービスレベルと同等の要件を自社運用型システムに求めた場合、一社当たりのコストがSaaSの場合と比べてはるかに高くなることは容易に理 解できるだろう。さらに、SaaSベンダーがシステム監査基準である「SAS 70 Type II」などを取得していれば、自社が利用しているIT環境のシステム監査を受けずとも、監査済み相当となるメリットもある。加えて、ロールベースセキュリ ティ、認証ワークフロー、業務プロセス全体の監査証跡機能を備えている業務アプリケーションスイートなら、内部統制の迅速な確立にも応用できる。

 これらの延長で考えれば、「SaaS はCRMには向くけれど、ERPには向かない」という俗説は的を射ていないことが分かる。SaaSは業務アプリケーション全般に向いているソフトウェア提供モデルである。

ユニバーサルアクセス

 SaaSはインターネット経由で提供されるサービスであり、Webブラウザを通じて簡単にアクセスできる。前述の通り、高い可用性とセキュリ ティ、常に最新のソフトウェアを利用できるという環境の下、エンドユーザーはリアルタイムに取引処理を実行でき、おのおのの業務内容、あるいは経営視点か ら見た企業活動状況を把握できる。

 さらに、この特性は企業の従業員向けの機能提供にとどまらず、顧客やビジネスパートナーに拡大することもできる。Amazon.comなどに見ら れるカスタマーポータルを通じた各種サポート業務の実施や、パートナーリレーションシップ管理による代理店商談支援などをWeb経由で展開することで、容 易にリレーションシップの緊密化を図ることができる。そして、すべての行動データを集約することで、継続的な関係改善を効率的に実施できるのだ。

ITによる全社業務の合理化を現実的なコストで実現する

 SaaSは、企業ITを所有から利用へとパラダイムシフトさせる、現時点で最も合理的なソフトウェアビジネスモデルである。中小企業はSaaSを 利用することで、中核的な業務への経営資源の集中と、事業革新に向けた積極的なIT利活用の促進を両立させることができる。特にIT設備コストのオフバラ ンスへの転換とランニングコストの予測が容易なことは、財務面で大きなメリットがある。

 また、自社運用型システムと比べ、より高いレベルのシステム要件や業務要件を満たしつつも、SaaS自身の規模の経済性によってトータルコストを 抑えることができる。加えて、SaaS型業務アプリケーションスイートであれば、エンド・ツー・エンドの業務プロセス全体を単一データベースでカバーする ことで、業務全体の可視化を容易にするビジネスインテリジェンス(BI)機能と、業務の生産性と品質を向上させるプロセス自動化を標準機能で実装している。これにより、ITによる全社業務の合理化が現実的なコストで実現できるようになってきた。

 これまで会計や顧客管理など、単機能アプリケーションパッケージによる部分的なIT化とそれらの手作業による組み合わせを進めてきた中小企業において、SaaS型業務アプリケーションスイートによる全社IT最適化は経営効率を変革させる1つの鍵となるだろう。


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