2008-11-28

ニュースUP:現場で考える 定住日系ブラジル人、子の教育=大津支局・服部正法

:::引用:::

 90年の入管法改正で、日系外国人に「定住者」などの資格が与えられ、就労しやすくなってから、来 年で20年目になる。ブラジルなど南米から来日した日系人は、かつての「デカセギ」から、定住の傾向にある。地域の構成員としての認知は広がったものの、 言葉や教育制度の違いなどから、日系の子どもが能力を発揮できないことも多い。近畿で最もブラジル人が多い滋賀県の工場地帯を歩き、日系の子どもたちの現 状と、その可能性を探る「多文化保育所」の試みを追った。

 ブラジル人の日本での教育は2パターンに大別できる。日本の幼稚園などから小中学校に進むか、ブラジル人託児所から私塾的な形態が多いブラジル人学校に通うかだ。

 ブラジル人学校は本国と同様の教育をしており、アイデンティティーをはぐくむのに適している。しかし、本国で親の仕事がなく滞日が長期になった り、定住する場合、言葉の壁で進学は難しくなる。日本の学校とブラジル人学校を交互に出入りしたり、帰国後に再来日するケースもある。親の多くは派遣労働 者のため、景気の影響で1カ所にとどまれない場合も多い。

 滋賀県愛荘町長野のブラジル人学校「コレージオ・サンタナ」を今年1月にやめた4世の少女(17)は典型例だ。4歳で初来日し、7歳でブラジルに 帰国。11歳に再来日した後も帰国と来日を繰り返した。最初に日本の幼稚園に入り、2回目の来日時でも日本の小学校に入ったが、言葉がよく分からないま ま、先生にも友達にもなじめず、1年でブラジル人学校に転入した。しかし同校もやめ、今は家でパソコンやテレビに向かう。

 将来は「建築デザインの仕事がしたい」と語り、私が「日本の学校に行く気は?」と問うと、首を横に振った。親は近く帰国するといい、「帰ったら、もう戻らないと言うけど、ブラジルでうまくいかなきゃ、戻らないと仕方ない」と寂しそうに笑う。

 日本の中学に通っても高校進学のハードルは高いが、現実の厳しさに気付いていない親も多い。あるブラジル人中学生の親は「うちの子は日本語ができ る。日本の教育を受けるチャンス」と訴えるが、子どもは私に「授業は全然、分からへん」。高校合格は難しいと感じた私は、両親を前に暗然たる思いになっ た。

 日常会話が話せても、学習する言語力を得るのは難しい。日系2世として子どもの状況を研究し、支援するリリアン・テルミ・ハタノ甲南女子大准教授 は「赤ちゃんのころから日本にいても学力や語彙(ごい)が少ない。親が日本語ができず、家庭で親から学ぶサポートがないからだ」と指摘する。

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 「『肩』を洗って。次は『顔』を洗って。そうそう」。滋賀県近江八幡市千僧供町(せんぞくちょう)の多文化保育所「サポートハウス みんなのいえ」で、日本人保育士の声と仕草にブラジルの子どもたちが「キャッ、キャッ」と声を上げた。

 ブラジル人を支援してきた吉積尚子園長や常勤スタッフの鈴木祥子さん(45)らが昨夏、田園地帯の4階建て住宅の1階の2室を使い、保育所を始めた。今では1~5歳の幼児ら約20人が通い、日本人保育士1人、ブラジル人の保育スタッフ3人、給食スタッフが常勤する。

 子どもの多くはポルトガル語が母語で、朝夕に日本語で遊ぶほか、他の時間も鈴木さんら日本人スタッフが日本語で話し掛ける。無理強いはせず、普段の生活で日本語に慣れさせる方法だ。

 就学前のブラジル人の多くは、ブラジル人学校に併設された託児所やブラジル人による保育所で過ごす。しかし吉積園長は「完全にポルトガル語の世界 で、日本人とかかわりがない。教育問題の根幹は就学前ではないか」と状況を分析する。そこで「より日本語に触れられる環境を」と多文化保育所を考案した。

 ブラジル人託児所からブラジル人学校に進むと、日本社会との関係が希薄になる。一方、日本の保育所や学校に適応するのも簡単ではない。ブラジル人 保育スタッフのソライア・ヘベロ・サトウさん(33)は「子どもを家の中で、ただ遊ばせている場合が多く、集団生活に慣れず、言葉の問題で(日本の)小学 校でトラブルになることもある」と憂慮する。「両方の文化を学べることは、とても良い。こういう場所を作るにはブラジル人、日本人双方の努力が必要だ」と 話す。

 鈴木さんは「子どもたちの将来の選択の幅を広くする手伝いをしたい。日本、ブラジルのどちらか一つでなく、グラデーションのように」と言う。さら に、残業をこなす親にとって、定時の送迎を求められる日本の保育園は通わせにくいとも指摘。「ブラジル人社会の問題は、日本人と乖離(かいり)した話では ない。派遣労働とか、保育のあり方とか、日本社会が抱える問題を凝縮している」と強調する。

 しかし不況や金融危機でブラジル人の親の失職が目立ち、「みんなのいえ」に通う子どもは多い時の約半数になった。芽吹いた“希望”の行く末が気掛かりだ。

毎日新聞 2008年11月26日 大阪朝刊


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