2008-11-21

世界を圧倒できるニッポンのMEMSテクノロジ

:::引用:::
今回は、2008年9月9日にSemiconductor International日本版が開催したテクニカルセミナー『MEMSルネッサンス』で行った筆者の基調講演の内容も踏まえながら、日本の半導体産業 の差別化技術となるMicro-Electro-Mechanical systems (MEMS)について、世界市場動向を把握・分析するとともに、MEMSデバイス市場の2010年までの将来予測をアプリケーション別に明示する。そして MEMSデバイス技術動向に関してもグローバルな視点で分析をしてみよう。

MEMS技術の歴史と将来性

 機械や電子、光、化学といった幅広い分野にかかわる技術を融合するMEMS技術は、製品差別化の鍵となるテクノロジとして今後の発展に大きな期待が寄せられている。

 1980年代に登場したMEMS技術。最初に実用化されたのは、圧力センサや加速度センサといった自動車用途のセンサだ。その後、Texas Instruments(TI)が開発したデジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD)やHP、キヤノン、エプソンのインクジェット・プリンタヘッド部 にある微小ノズルなどが量産品として実用化された。

 1990年代に盛り上がりを見せたMEMS関連の研究だったが、2000年代の景気後退とともに研究自体も停滞していた。しかしこの状況は改善し つつある。1つの背景として、MEMSファンドリ業者の登場とその増加がある。いまやさまざまなプレーヤがMEMS製造のフィールドに乗り出しているので ある。また、ナノインプリントやデスクトップ加工といった、MEMS製造に対する新しいプロセスの提案もされている。

 もう一つ大きな変化といえるのは、コンシューマ家電への利用が急激に進みつつあることだ。

 世の中にMEMSを認知させたのは、任天堂のWiiやソニー・コンピュターエンターテインメント(SCEI)のPS3の3軸加速度センサのリモコ ンへの採用だろう。AppleのiPhoneにも加速度センサが搭載されている。MEMS製品へのニーズが発見されているのだ。

 携帯電話などのモバイル機器への採用も始まった。高周波で用いられるRF-MEMS部品(Radio Frequency MEMS)は、通常のフィルターと比べて高い性能を発揮することを期待されている。

 MEMS調査分野で、世界的に最も権威のあるYole Developmentは、携帯電話に向けたMEMS部品の市場規模が2012年に25億米ドルに達し、2012年までにMEMS部品全体の市場規模のう ち60%が携帯電話用途になると予測するレポートを2008年7月末に年発表している。

 MEMS製品はいま最も注目を集めている分野なのである。

関連情報
DLP テクノロジー(TIのWebサイトより)
http://web.tij.co.jp/jrd/dlp/docs/technology/index.htm
新世代インクジェットプリンタヘッドを開発(エプソンのニュースリリース)
http://www.epson.jp/osirase/2007/070327.htm
「モーションセンサー」ってどんな仕組みなの?(ITmedia +Dより)
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0608/02/news005.html
携帯電話機向けMEMS市場、2012年に25億米ドルまで拡大(IEE Times Japanより)
http://eetimes.jp/article/20376/

MEMSデバイスの価値

 MEMS、すなわち微小電気機械システムのデバイスはマイクロメータからミリメータの範囲のアクチュエータ(駆動端)など微小な3D構造体を有 し、さまざまな入・出力信号(量)を取り扱うもので、また製造上、フォトリソグラフィ・プロセスを用いるものとジェイスターでは定義している。

図1 MEMSデバイス構造(出典:Web情報などを基にジェイスターが作成)

 MEMSデバイスには、現在のソリューションを上回るさまざまな利点がある。個々の利点は、各デバイスとアプリケーション用途によって異なる。すべてのMEMSデバイスに備わっている利点は、シリコンとの密接な相関関係である。

 MEMSデバイスはシリコンに対応しているため、デバイスを完全シリコン・ソリューションに統合することができる(今後、MEMSは3D MEMSとして進化、高温に耐えるSiC-MEMSも登場する)。通常、電気機械の性質を持つデバイスは、その機能をICに複製することはできない。その ため、これらの電気機械デバイスは、設計と製造が非常に困難になる程度までサイズを小さくするような進化をたどらなければならなかった。

 このような電気機械デバイスの大部分は、縮小化の限界に達している。MEMSデバイスは、シリコンに対応した小型構造であるため、小型サイズが実 現されている。 小型のデバイスは、モジュールベースのソリューションに統合することができるが、電気機械の場合、サイズや材質の制約があるためにモジュールへの統合がで きない。電気機械デバイスをシリコンに対応させるもう一つの利点は、別の電子部品を同じダイスに追加し、機能を拡張できることである。 MEMSマイクロフォンの同じICに信号処理を追加し、音声調節やノイズの消去を行うこともできる。

 現在のソリューションでは水晶振動子と個別のクロックICが必要であるが、MEMS共振器の同じチップにクロック回路を追加することにより、この 部分を高度に統合することができる。MEMSデバイスは理論上、コストも安くなる。 MEMSデバイスはシリコンや通常のCMOSプロセスに対応している。シリコンCMOSとスケールが同じである、一括生産が可能。 重要なのは、MEMSデバイスが真のシリコン統合の可能性を持っていることである。

 上記のポイントをまとめると、次のようになる。

  • 半導体加工技術を応用して、従来の機械加工の限界を超えた小型化が可能。
  • LSIとの統合化により、高機能化、小型化が図れる。
  • 大量生産による低コスト化が期待できる。

    MEMSが利用されるアプリケーションと世界市場の動向

     MEMSとアプリケーションの実用化の流れから見ると、今後は下記のような分野と用途でMEMSが利用されるだろうと考える。

  • 自動車
    エアバッグ、車両安定制御、エンジン制御、横転防止など
  • IT(情報通信)
    DMD(デジタル・ミラー素子)、HDDヘッド位置合わせ素子
  • 携帯・モバイル
    PDA、ナビゲーション、ビデオカメラ、HDD衝撃検知など
  • アミューズメント
    携帯ゲーム機、バーチャルリアリティ、ゲーム用コントローラなど
  • 防災・セキュリティ/セーフティ
    感振ブレーカ、エレベータ/FA機器異常振動感知、輸送環境計測タグ、盗難防止タグなど
  • 医療・ヘルスケア
    生活活動量モニタ、遠隔治療、スポーツメモリなど
  • ロボット類
    セグウェイ、業務支援型ロボット、ヒト型ロボットなど

 世界MEMS市場は、2005年に約51億米ドル規模に達した。シリコンベースのMEMS市場およびポリマーベースのMEMS市場も成長してお り、主に薬物送達システムや超微量の液体を使用する解析等で主に採用されている。ジェイスターが2007年1月時点で予測したMEMS市場は、2010年 には約96億米ドル規模に達し、その間の年平均成長率(CAGR)は12.6%になる。 図2は、2005年~2010年での主要なMEMSアプリケーション別世界市場規模予測(売上高ベース)を示す。

図2 世界MEMSアプリケーション別市場予測(売上高ベース) 
出典:ジェイスター(2007年1月予測)

 MEMSアプリケーション分野について分析してみると、次のような傾向が見受けられる。それぞれのアプリケーションごとに見ていこう。表1は、 MEMSデバイス供給メーカーTOP30社の2005年の売上シェアをジェイスターが独自に推計し、デバイス分類・分析したものである。どのメーカーがど のデバイスを得意としているのかを参照しながら、次の分析を見ていただくといいだろう。

表1 MEMSデバイス供給メーカーTOP30社のシェアおよびデバイス分類
出典:ジェイスター(2007年1月推計)
MEMS Manufacturer 売上高 シェア
MEMSデバイス分類
2005年 推定
($M)
2005年 推定
(%)
インクジェットヘッド 圧力センサ シリコン
マイクロフォン
加速度
センサ
ジャイロ
センサ
光MEMS マイクロ
フルイディスク
RF-MEMS
1 HP
830
16.3%
 
 
 
 
 
 
 
2 TI
710
13.9%
  
  
  
  
  
  
  
3 Bosch
320
6.3%
 
 
 
 
4 EPSON
253
5.0%
 
 
 
 
 
 
 
5 ST MICRO ELECTRONICS
240
4.7%
 
 
 
6 Lexmark
235
4.6%
 
 
 
 
 
 
 
7 Analog Devices
220
4.3%
 
 
 
 
 
8 DENSO
175
3.4%
 
 
 
 
 
 
 
9 Delphi
152
3.0%
 
 
 
 
 
 
10 Freescale
149
2.9%
 
 
 
 
 
 
 
11 BEI Technologies
143
2.8%
 
 
 
 
 
 
12 Honeywell
131
2.6%
 
 
 
 
 
 
 
13 GE NovaSensor
130
2.6%
 
 
 
 
 
 
 
14 OMRON
125
2.4%
 
 
 
 
 
 
15 Silicon Sensing Systems
117
2.3%
 
 
 
 
 
 
 
16 Infineon/SensoNor
112
2.2%
 
 
 
17 BAE Systems
108
2.1%
 
 
 
 
 
 
18 Canon
101
2.0%
 
 
 
 
 
 
 
19 Olivetti I Jet
97
1.9%
 
 
 
 
 
 
 
20 VTI
83
1.6%
 
 
 
 
 
 
21 Knowles acoustics
60
1.2%
 
 
 
 
 
 
 
22 Panasonic
58
1.1%
 
 
 
 
 
23 Dalsa SC
51
1.0%
 
24 Murata
40
0.8%
 
 
 
 
 
25 Avago Technologies
28
0.5%
 
 
 
 
 
 
 
26 Colibrys
22
0.4%
 
 
 
 
 
27 HL Planar
18
0.4%
 
 
 
 
 
 
 
28 SMI
17
0.3%
 
 
 
 
 
 
 
29 MEMSIC
15
0.3%
 
 
 
 
 
 
 
30 MEMSCAP
13
0.3%
 
 
 
 
 
 
Sub-total
4754
93.4%








others
337
6.6%








grand total
5091
100%









MEMSデバイス別の動向を分析する

 それではここから、デバイス別に技術動向や市場動向を見ていこう。

インクジェット・プリンタヘッド

 インクジェット・プリンタヘッド売上高は段階的に伸び、2009年ころには20億米ドルの成熟市場領域まで達するであろう。そして、MEMS市場 全体の27%のシェア(2006年実績)を占めた。その半面、HPはScalable Printing Technology(SPT)の導入によって戦略を変え、新型ヘッドが使い捨てではなくなるため、デバイスの販売台数は今後、減少していくであろう(欧 米地域の家庭用プリンタ減少の要因は、デジタルフォトフレームもある)。新型ヘッドは、より高速・正確な印刷をするために大型化している。

圧力センサ

 医療および自動車分野では約12%の安定成長が見られる。 また自動車のタイヤ空気圧監視システムといった新しいアプリケーションがこの分野の市場を引き上げている(Infineon/SensoNorがこの分野の成長の大部分を占めている)。

加速度センサ

 加速度センサ市場には大きな変化が見られる。 自動車向けのMEMSビジネスが、電子安定制御装置(ESPシステム)の伸びに伴って急速に増加している。 その主要メーカーは、VTI TechnologiesとBoschである。

 またコンシューマアプリケーション市場でも、家庭用ゲーム機用コントローラ、携帯電話、GPS、万歩計、ノートパソコンに搭載するHDDの落下検 知などにMEMSセンサが大量に採用され始めている。 加速度センサを採用している新システムの数量は今後著しく成長すると予測している。よって、加速度センサは、大きく成長する段階にある。

 加速度センサはKionixやBoschや日本勢も参入しているが、ピエゾ抵抗型より静電容量型が主流となる。よって、この市場は、競争激戦区と なるとジェイスターでは見ている。この分野を特許戦略の視点からとらえてみよう。表2はジェイスターのパートナーであるIPBによる静電容量型3軸加速度 センサ(MEMS)の出願状況である。この表を見ると、静電容量型3軸加速度センサは、2001年以降再び盛り上がってきている。特に、2006年は、松 下電工(現パナソニック電工)、セイコーインスツルを中心に出願が大幅増加している。この中でも世界的に重要な特許は、ワコーの技術である。

表2 静電容量型3軸加速度センサー(MEMS)の出願動向
名寄せ出願人 出願件数 86 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07
松下電工
19






1
1

2




1

2
13

日本航空電子
13






1
1
2
1
3


1
4


1

セイコー・インスツル
11
















4
6
1
日立製作所
11


1
2

3
1
1

1






1
2

オムロン
10





1

1
2
6







1

デンソー
8




1




1


1

2
1
1

1
ワコー
8

3




1
1



1
1
1





住友精密工業
7






2
1
2

1
1







スター精密
5













2

1
2


村田製作所
5



1

1





1

1




1
合計(全出願数)
1
3
6
5
3
9
7
8
10
16
10
7
6
11
12
15
17
35
5
※ 出願と公開に1年半のタイムラグがあることから、1992年以前と2006年以降は参考値である
(出典:IPB(ジェイスターが作成依頼))

ジャイロ(角速度)センサ

 ジャイロセンサ市場では、シリコンと水晶が競合している。 また、GPSも自動車と自律システムに使用され(単独であるいは2年以内に携帯電話の標準として)、成長している分野である。 軍用およびセキュリティ分野のアプリケーションでもシリコンベースの開発が盛んに行われてきており、Honeywellから同分野の新しい製品が発表され ている。角速度センサは、立ち上がる段階である。

光MEMS

 この市場はTI社のDMDが独占している状態である。マルチソース的な広がりを見せるにはTI社のDMDに関する特許切れを待つしかないであろう (類似する事例は、XilinxのFPGAに関するフリーマン特許切れに伴い新興企業がFPGA参入)。2005年は、光MEMS市場が2004年に対し 約8%のマイナス成長率であったが、2006年は回復したものとみられる。セキュリティ分野ではIRイメージセンサのアプリケーションが急速に成長してい る。光通信分野は非常に緩やかな伸びで再成長しているが、毎年数%規模で成長すると思われる。

マイクロフルイディクス

 マイクロフルイディクス分野は、ほとんどシリコンを使用しない(このアプリケーションでは、ポリマーが主要材料となる)。液体の送達や特定物質の 検出などにおいて、シリコンを使用することはほとんどない。 コンピュータ印刷から薬液ディスペンサー(薬液供給器)までさまざまなデバイスに応用されている。医療サービスや薬品開発などのバイオメディカル市場が、 「ラブ・オン・チップ(Lab-On-A-Chip)」やそのほかのマイクロフルイディクスMEMSの需要を増加させると見込まれている。

パワーMEMS

 日立製作所、東芝、NEC、富士通、ST Microelectronicsなどが、2007年と2008年に小型燃料電池(水素技術を使用)を発売することを発表した。 この市場は、2009年ころから立ち上がるものとみている。

特に注目したい「シリコン・マイクロフォン」「RF MEMS」

シリコン・マイクロフォン

 シリコンチップにマイクロフォン素子を作り込んだいわゆるシリコン・マイクロフォン市場規模は、数量ベースでは高成長率で伸びると見ている。 Knowles Acousticsは、1億個規模で大量出荷する唯一のMEMSのメーカーとなっている。 2005年にSonionMEMSとMemsTechが、2006年にはAkusticaが販売を開始しており、2006年は数量ベースのシリコン・マイ クロフォン市場は2005年に対し約80%の高成長率であったとみている。

図3 シリコン・マイクロフォン市場予測(数量ベース)
出典:ジェイスター

 図3は今後のMEMSの需要に関するいくつかのシナリオである。

■予測シナリオ1

 シリコン・マイクロフォンが携帯電話やハンズフリーヘッドセット、デジタルカメラやビデオレコーダなどのデジタル家電、ノートパソコン、補聴器な どの医療機器、自動車用のハンズフリー通話セットなど、幅広いアプリケーションに採用されれば、予想以上に急速な伸びを示す可能性がある。 

■予測シナリオ2

 シリコン・マイクロフォンが順次、携帯電話やハンズフリーヘッドセット、デジタルカメラやビデオレコーダなどのデジタル家電、ノートパソコン、補聴器などの医療機器、自動車用のハンズフリー通話セットなど、幅広いアプリケーションに採用されていく現実的想定である。

■予測シナリオ3

 シリコン・マイクロフォンは高性能ハンドセットにとどまり、低価格ハンドセットにおいてコスト効率の高いソリューションとなれない可能性がある。この悲観的なシナリオでは、追加可能な付加処理機能が実現せず、MEMSスピーカが実用化されないことを前提としている。

 ジェイスターは、シリコン・マイクロフォンが現在のエレクトレット・コンデンサ・マイクロフォンで競争力を示すと見ている。シリコン・マイクロ フォンは小型サイズながら、表面実装力に優れている。シリコン・マイクロフォンは、PCBボードの実装スペースが貴重で、高性能ハンドセットのデザインソ ケットを獲得しつつある。

 シリコン・マイクロフォンは今後数量が増加し、コストが低下するため、中間および低価格ハンドセットに移行すると予測される。シリコン・マイクロフォンは、現在一般的に使われているコンデンサマイク(ECM)に比べてはるかに耐熱性が強く丈夫である。

 Infinionが開発したシリコン・マイクロフォンは最高260℃の温度に耐え、振動や衝撃の影響も受けにくいという特長を備えている。この耐熱性によりプリント基板へのはんだ付けが容易で、はんだリフローを含む全自動製造ラインでの利用に適しているという。

 シリコン・マイクロフォンは、携帯電話やハンズフリーヘッドセット、デジタルカメラ、ビデオレコーダなどのデジタル家電、補聴器などの医療機器、幅広いアプリケーションに利用できる。この領域は、数量を見込めるため新規に参入する企業が出てくるだろう。

関連情報
ウォルフソンがMEMSマイクを投入、オーディオ関連チップとの相乗効果訴求(IEE Times Japanより)
http://eetimes.jp/article/22467/

RF-MEMS

 この分野には多くの製品が発表されているにもかかわらず、大きな規模で出荷されている製品はいまのところ2つのみである。それらは、通信アプリ ケーション向け(セラミック製送受切替器の置換えとして)のFBAR(AvagoTechnologiesとInfineonが主要メーカー)と、自動試 験装置向けのRFスイッチ(TeraVicta社とパナソニックが新製品を発売)である。

 この市場成長については慎重に見る必要がある。 それは次のような理由からである。 MEMSのRFスイッチは高価なために現状では携帯電話に採用されておらず、毎年著しく価格が下落している。 FBAR(Film Bulk Acoustic Resonatorフィルタ)については、数量の増加が平坦化した市場の価格低下を補う程度となっている。 シリコン・マイクロフォンと共振器を作り込んだBAW(Bulk Acoustic Wave)フィルタやFBARについては、2003年の市場投入以降、急成長を遂げ、現在は成熟期に達しつつある。

 ジェイスターは、2006年の携帯電話用MEMSフィルタ市場の総額は約1400万米ドルになったものと推定している。またMEMSフィルタ市場の年平均成長率は18.5%で、2010年には約2800万米ドルになると予測する。

 MEMSフィルタは、市場で順調な滑り出しを示している。FBAR/BAWデュプレクサはCDMA携帯電話用PCSバンドに順調に進出しており、SAW(Surface Acoustic Wave)デュプレクサをリードしている。

 しかし、SAWもPCSバンドへの進出を開始している。FBAR/BAWの携帯電話バンドは性能面でSAWを上回っておらず、SAWは平均単価も 安く、進出を確固たるものにしている。SAWテクノロジは成熟しており、コスト面での改善を継続している。そのため、MEMSフィルタの手ごわい競合相手 になると見られる。MEMSフィルタがSAWを上回る確固とした性能的優位性を示せなければ、FBAR/BAWが真のコスト的優位性を示せない限り、 SAWの勝利は確実となる。

 FBAR/BAWデュプレクサがPCS/W-CDMAバンドを支配する可能性はある。この分野では、このテクノロジに性能的優位性がある。 FBAR/BAWソリューションは、送信モジュールやデュアルバンド・デュプレクサなどの統合モジュールにおいて、携帯電話バンドで競争できる可能性があ る。

図4 MEMSフィルタ市場予測(数量ベース)
出典:ジェイスター

■ 予測シナリオ1

 FBAR/BAWがモジュールの好ましいソリューションであることが証明できれば、MEMSフィルタが急速に大きなシェアを獲得していく。 FBAR/BAWは熱特性に優れているため、放熱が高くフィルタの性能に影響する内部モジュールの優れた代用となる。

■ 予測シナリオ2

 FBAR/BAWがモジュールの好ましいソリューションであることが証明できれば、MEMSフィルタが採用され始め需要が広がっていく。

■ 予測シナリオ3

 SAWが高周波数バンド(PCS/W-CDMA)においてFBAR/BAWに匹敵する性能を示すことができれば、FBAR/BAWフィルタの競争 優位性は低下する。これが真実であることが証明されれば、FBAR/BAWはこれまでに獲得した一部の市場を維持することはできるが、SAWがフィルタリ ング・テクノロジを支配することになる。

MEMSが持つ課題

 MEMSデバイスには、まだ解決すべき問題がある。主要なものは次のとおりである。

  • 製造
  • パッケージ化
  • 信頼性

 EMSデバイスはシリコンと通常のCMOSプロセスに対応しているが、プロセスステップとマスクレイヤが追加される。MEMSデバイスの収益は通 常のCMOS ICの収益の形態とは異なる。AvagoTechnologiesは、3年間にわたりFBARフィルタを製造しており、そこそこの収益を上げているが、ま だ収益向上の余地が十分残されていると認めている。

 また製造については、MEMSデバイスとほかのICとの統合にも注意が必要だ。理論的には、MEMSデバイスはほかのICと統合できるが、適切な統合の手法がなければ、しばらくはうまくいかない可能性がある。

 パッケージ化もMEMSデバイスの課題である。MEMSデバイスの大部分は、密閉が必要なサスペンション構造である。 パッケージ化については、ある程度の進展があり、ウェハレベルのパッケージ化(WLP)が可能となった。現在のFBAR/BAWフィルタにはウェハ・ キャップまたはダミーシリコンウェハが付いており、これによりMEMSフィルタが密閉される。

 SiTimeはBosch(Boschはこのパッケージ化技法を加速度計に利用)からライセンス供与されたパッケージ化技法を利用し、共振器をシ リコン基板に組み込んでいる。MEMSデバイスに必要な密閉パッケージ化のため、シリコン統合の実現も先のこととなるかもしれない。

 MEMSは新しいデバイスであるため、信頼性テストデータの蓄積もない。MEMSデバイスが時間の経過とともに、また特定の環境および物理的条件下でどのような働きをするかについては明確になっていない。

日本はMEMSテクノロジをどう活用すべきか

 MEMSは、ニッポン半導体が3DシステムLSIの差別化技術として取り組む必要がある。

 これから先、10年後、20年後、世の中に出てくるだろうと考えられるものの一つに、ナノスケールで発現する機能を持つマイクロシステムがある。すなわ ち、MEMSとナノテクノロジーで、ナノ・オン・マイクロであるが、前者のMEMS は非常に小さなエレメントで、それが機能を持ったり、3Dの構造であったり、動きを持っているといったようなものである。後者のナノテクノロジーでは、ナ ノスケールで初めて発現してくる機能を使うということだと考えられる。

 筆者は、戦略マーケッターとして、システムLSIの黎明期からビジネスモデルとASICインフラ環境を整えてLSIロジック社(現LSI)をシス テムLSIで世界のトップメーカーに引き上げた。システムLSIの落とし穴は、ある仕組み作りをしなければ慢性的に赤字が続く事業なのである。慢性的に赤 字に悩む日本半導体企業への一つのメッセージとして、日本半導体産業は、シリコン貫通技術(将来は、これをも超える技術が2015年までには登場すると予 測しておこう)3D MEMS技術で“More than Moore”の世界を切り開くことが、高収益型システムLSI事業モデルへとつながるのである。

 システムメーカーはWiiやiPhoneの事例のように、ユーザーインターフェィスにMEMSデバイスを採用することで、システムの差別化と付加 価値を生み出し、ユーザーに遊び心を提供することになる。この分野の警鐘としては、すでにベルギー世界最先端の研究所であるIMECは、新産業を創出する ためにBody Area Network(BAN)で3D MEMS+システムLSIの実用化に向けて、日本企業より一歩先を行っていることも忘れてはならない。

 1.5~2年後に3軸加速度センサーの単価はデジタル民生市場と携帯電話市場において1ドル以下になる確率は高い。家庭用ゲーム機コントローラに採用されるMEMSは、「g」と「吸湿性」に対する要求がさらに厳しくなる。

 MEMSの加工技術というと、フォトリソグラフィーに代表される微細加工技術が注目され、接合技術は補助的なものと考えられがちである。しかし、 MEMSの製造工程において、接合技術は微細加工技術が抱えるさまざまな制限を補完し、複雑な3D構造を実現するための重要な役割を果たしている。

 MEMSデバイスの信頼性を高めるうえでも、ウェハ接合はより低温で、より低応力の接合技術が求められるが、表面活性化法による常温ウェハ接合技術が開発されデバイス試作や量産に適用できるレベルまで来た技術革新の意義はとても大きい。

 よって、日本半導体メーカーの再成長を実現するために、日本半導体製造産業界には、「常温プロセス」をキーに新技術のブレイクスルーが大いに期待されているのである。


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