2008-11-18

金融危機で露呈した広東省経済の矛盾

:::引用:::
今月筆者は、このコラムでも話題にした毎年恒例の香港フォーラム(世界各地域の香港協会が一同に集まる会合)に出席し、その後深センなど珠江デルタ (PRD)地域を回った。今後数年の中国経済について香港では悲観論一色であり、既に対岸のPRD地域の実態経済に金融危機の影響が大きく現れている、と 認識している。現実には、金融危機の深刻な影響は既に広東省から上海へと及んでいる。香港紙のサウスチャイナモーニングポストは、香港政府広東貿易事務所 の発表として最悪期はまだ先だが、既に企業倒産が続発し今後数百万人が失業する可能性がある、と警告している。

 ところが驚いたことに、香港フォーラムに出席していた北京の香港商工会議所の人たちによる情報では、中国北東部では今回の米国発金融危機の影響はまだ対岸の火事にくらいしか認識されていない、ということであった。

 これを聞いた筆者はかつての天安門事件を思い出した。当事世界中が大騒ぎをしていたのに、北京在住の日本人は「市内は全く平静」とテレビの取材に 答えていたのだ。天安門事件は、CNNなどによって世界に向かって報道されていたのに、逆に中国国内では何も分からない状態であった。今回の金融危機も、 天安門事件当時と同様に中国の中央政府はむしろ失業による暴動などを恐れ意識的に情報統制をしているのかもしれない。

 まず、筆者がPRD地域を訪問して得たこの地域の最新の経済の実態から報告しよう。

玩具輸出メーカーを中心に工場閉鎖が相次ぐ

 GDPの40%を輸出産業に依存している中国経済にとって、世界規模の経済の悪化は深刻な事態を引き起こしている。特にPRD地域の主な産業は委 託加工貿易を中心とする輸出産業であることは間違いない。ところが、今年7月に入ると北米向けを中心に輸出の伸びが減速していたことが顕在化した。

 広東省の今年1~7月の輸出額は、前年同期比で13.6%増加の2249億ドルにとどまった。伸び率が前年同期より13ポイントも低下し、広東省 の伸び率は全国で最低となった。実際に広東省では2007年まで創業していた輸出企業のうち2008年9月には6823社が輸出を停止したといわれてい る。

 これを受け広東省副省長が「省内の加工貿易関連企業7万社余りのうち4万3000社が困難な状況にある」と発表した。香港の中小企業連合会は「広 東省香港企業7万社のうち2万社は年内に倒産する」、台湾企業連盟の発表では「東ガン市の台湾系企業は既に300社余りが倒産し4~5年以内に更に 27.8%が倒産する」と、最悪の事態を予測している。

 業種別に見ると、アパレル産業の1~7月の輸出額は前年同期比31%減少し、プラスチック製品も3.6%減少した。玩具は4.8%増加したが伸び率は39ポイントも減少、広東省の玩具メーカー全体の40%に相当する3600社が輸出市場から撤退し淘汰されたという。

 香港系企業で、東ガンなどに4工場を持ちアメリカ玩具大手マテルやハスブロなどに供給する合俊集団は、1万人の従業員を抱えていたが、2工場の清 算を裁判所に提出、現在工場は閉鎖され市政府管理下になった。従業員約7000人分の未払い賃金をめぐり連日大騒ぎとなった。近隣の他社の工場もいくつも 閉鎖しておりゴーストタウン化している。

 世界のクリスマスツリーの大半を供給している深セン市では、今年に入り業界最大手の宝吉集団(年間600万本を欧米に輸出、深セン市のツリー生産の3割のシェア)が倒産、連鎖的に約330の工場が閉鎖に追い込まれた。

 家電の輸出も世界経済の冷え込みが直撃し大幅な輸出減となっている。香港の家電メーカー百霊達国際は、賃金未払いのまま深セン工場を閉鎖、経営者 が出頭しないため同社資産を深セン市が差し押さえた。同じく深センの卓華電子線路板廠が倒産、数十社が2000万人民元(約3億1400万円)の債権回収 不能に陥った。さらに、9月の広東省の自動車輸出台数は598台で前年比89%減となっている。

 こうした現象はPRD地域以外の中国沿海部でも起きている。浙江省でも中国最大の紡績プリント会社の江龍集団が20億人民元(約285億7100 万円)の債務不履行で倒産、4000人が失業した。浙江省では2008年上半期だけで1万700社が赤字となり、1200社が倒産したという。

 このように米国発金融危機をきっかけとして倒産や失業が相次いでおり、中国経済の危機が顕在化しているが、実は根本にはオリンピック景気に浮かれた中国経済の問題が一気に噴きだした、と筆者は主張したい。

 中央政府はこれまで輸出最優先策を採り続けてきた。その結果、中国の経済に多くのひずみが生じており、広東省はそのひずみをもろに被っている。例 えば水不足による生産コストの上昇だ。PRD地域上流(雲南省、貴州省、広西チワン自治区など)の9カ所の水力発電所の取水によって、下流の東ガン市、深 セン市への給水量は減少し水不足の危機にある。実際に下流の水量が減少し海水逆流の時期が年々早まっている。中山市、珠海市は給水制限措置によって操業が 不可能な時期がある。広州市の一人当たり一日の水使用量は322リットルだが、市は住民の生活用水を220リットルに制限している。

 中国経済が抱える問題には、以前から過剰設備、過剰生産などを指摘してきたが、今回は政府、特に地方政府の政策の問題に焦点を当ててみたい。 広東省は、「PRD地域の産業構造をローテクからハイテクへ転換する」という省独自の政策を打ち出している。ところが、広東省の加工貿易産業は1700万 人の雇用を生み出している重要な産業である。したがって、中国共産党広東省委員会は、労働集約型産業を広東省南部のPRD地域から省内の開発の遅れている 東部・西部・北部に移動させるという省内移動の方針を打ち出した。この政策のために5年間に500億人民元(約7142億8500万円)を投じるとしてい る。

 環境破壊型産業としてメッキ、回路基板、紡織などは東ガン、深セン市では生産許可の更新を認めない方針を打ち出した。この影響を受けPRD地域か らの移転を迫られているのは、香港系企業だけでも約5万社にも達する。広東省の開発区は503カ所から92カ所に絞り込み、4736ヘクタールの耕地の回 復を実施した。

 この方針に沿って広東省北西部各都市はPRD地域の産業囲い込みのため積極的に誘致活動を行ってきた。広東省に限らず近隣の各省と連携して香港で投資環境説明会を開くなどPRD地域の産業に熱い目を注いでいた。

移転政策が進んでいないところに米国発金融危機が起きた

 しかし、筆者が見るところ、PRD地域のハイテク産業への転換は簡単には進むとは思えない。香港企業との連携で若干は形を変えていくかもしれない が、依然加工貿易産業は今後も広東省経済の牽引役になると見ている。一方で、繊維、玩具、靴、電子機器の組み立てなど労働集約型産業の広東省北西部や内陸 の他の省への移転は思ったようには進んでいない。広東省政府が電力、水道料、土地使用料などの優遇策を打ち出していても移転のメリットがないのが現状だか らだ。主な理由を挙げると以下のようになる。

●輸出のための港湾から遠いにもかかわらず交通インフラやサプライチェーンが未整備
●労働力供給が不安定
●生活水準が低く不便
●移転先での地方税の優遇がない
●移転先地方政府の事務処理能力などのサービス水準が低い
●移転に合わせて工場設備を更新するための資金がない
●昨年秋の台風の影響で、移転先は大洪水、浸水、家屋倒壊などの水害対策が進んでいないことが明らかになった

 このような産業界にとってメリットの少ない移転政策ではあるが、環境保護対策から移転を迫られているメッキ、皮革、漂白・染色、製紙、化学などの業種は、移転しないことを理由に生産許可証の更新が認められないところも出ている。

 このような状況に米国発の金融危機が広東省を襲った。省内の加工貿易産業の多くが困難に陥っていることを発表した広東省の副省長は、従来の政策を 180度方向反転させ「PRD地域の加工貿易産業に救済措置を講じ、構造転換には今後5~10年の猶予期間を設けたい」とまで言い出すようになった。広東 省政府は中央政府に方針転換への理解を求めたとの噂まで出るようになった。

 広東省政府は2008年の輸出総額が二桁成長を維持しない限り省経済は失速すると警鐘を鳴らし、なにがなんでも二桁成長を確保するように各部門に指示したという。省政府支援策として輸出支援資金3億1000万人民元(44億2800万円)を税還付に充当する。

 東ガン市は環境破壊型産業の市外への移転をくい止めるため、市内に「環境保護専門工業団地」を造成し、そこに移転すると補助金を出すことを発表し た。さらに、台湾系加工貿易型企業約6000社に対し、土地使用料の減免を打ち出した。深セン市は、ローテク産業や環境破壊型企業の撤退を求めていた従来 の公告を、現在は撤回している。また、深セン市は工場閉鎖によって未払い賃金が生じた工員1200人に対して生活費の名目で一人当たり300人民元(約 4200円)を立て替え支給したことも明らかにしている。労働法施行以来労働争議が多発しており、深セン市も対応せざるをえなかったようだ。

めまぐるしく変わる政策を見極めることが肝要

 このように、めまぐるしく変わる広東省やPRD地域各都市の対応を肯定的にとれば融通無碍(ゆうづうむげ)であるといえる。しかし、原理原則をも 覆しかねない今のやり方は、まさに中国経済の矛盾が露呈したとも言える。将来に向けた構造改革よりも、現在の産業指標を反映しているGDP至上主義をとっ ており、省内の各都市が競争していることもその一因だろう。

 数年前筆者は香港経済貿易代表部のPRDミッションに参加したが、深セン、東ガン、広州、仏山、珠海などの各都市が一様に、コンテナーヤード、石 油コンビナート、自動車関連工業団地などの構想を打ち上げ、全く同じ説明をしていたことに驚いたことがある。要するに無秩序な競争で相互補完・調整が全く 無いことに唖然とした。今、再び各都市は地域金融センター、地域本部機能、バイオテクノロジーなどと、うたい文句は新しくなったが無益な競争を続けている ことに変わりはない。

 これだけくるくる方針が変ると逆にあわてずに推移を見守ろうとするのが香港系企業だ。中央・省の方針変更は朝令暮改であることはすでに十分な経験 を積んでいる。一番注意しなければならないのは、中国は市場経済で資本主義の道を歩んでいるような錯覚をしがちなこと。基本は社会主義が生きていることを 忘れてはならない。筆者は、今回の金融危機に対応する政府側支援策の財源を気にしている。

 政府にとって一番手っ取り早いのは、再開発、つまり工場の強制移転を断行し、それによって生じた工場跡地を売却するという手法だ。このような影響 は日系企業も受けるため注意する必要がある。独資で進出しているのならば影響は少ないが、合弁などで進出している場合中国側企業は資本金として土地を提供 している場合が多い。進出時には安かった土地が今は値上がりしているので、売却するときの清算方法などでもめるであろう。

 中国に進出している企業にとって、当分は資金力競争となるだろうが、政府というよりも中国共産党の方針の見極めが重要だ。


●●コメント●●

1 件のコメント:

山田 豊 さんのコメント...

■賃金未払いで抗議デモ、11人拘束=中国深セン市-金融危機の実体経済への影響は中国崩壊への一里塚?
こんにちは。中国政府公式の見解では、金融危機は中国になんら影響がないといっています。でも、これ事実ではありません。なぜなら、過去の中国の行動からみても、今回の金融サミットで中国の発言には非常に違和感があります。海外に向けては、中国の発展ぶりを印象づけようと躍起になっている姿が浮き彫りとなりました。日本とは対照的です。今年の5月に湖琴濤国家主席が来日する直前に温家宝首相が「中国経済は未曾有の危機にある」と公言していました。あれから好材料は何もないのに、うって変わって今はこうした発言や報道は全くありません。これは、あの時点では何とかできる可能性があったのですが、今や解決策が見つからず、その事実を隠蔽するように方針が変わったのだと思います。今の中国、崩壊の5年~10年前の旧ソビエト連邦を彷彿とさせます。詳細は是非私のブログをご覧になってください。
http://yutakarlson.blogspot.com/2008/11/11.html