2008-11-04

世界同時不況という逆境の中、 中国は改革で成長路線を取り戻せ

:::引用:::
かつて、これからは中国経済をテーマに追おうと決めた私は、1990年代の半ばから二つの地域に大きな関心を払っていた。それはのちに「珠三角」と「長三角」と呼ばれる地域だった。つまり珠江デルタと長江デルタである。

 1997年、日本のとあるテレビ局のキー局から香港返還の特集の取材・制作を依頼されたとき、私は珠江デルタの広州と長江デルタにある蘇州の取材 を提案した。香港返還後は、この二つの地域が中国の窓になるという論理で、テレビ局を説き伏せた。そして、香港でのロケのない香港特集が返還の数日前に放 送された。

 事実、この二つの地域は、私の期待を裏切らず、中国経済の飛躍に大きく貢献していた。いまや世界4位を誇る中国経済を双発の飛行機にたとえるな ら、珠江デルタと長江デルタはまさしくその巨体の飛行を支える二つの強力なエンジンである。そのどちらかが欠けても、いまの中国経済は存在しなかっただろ う。

 だが今や、中国経済のさらなる発展を求めたければ、この二つのエンジンだけでは足りない。このことを理解している中国政府も飛行の安全性、つまり 経済の安定的発展を求めるために、中国経済という飛行機を支えるエンジンを少なくとももう二つは増やしたいと考えていた。そして、その実現のためにいろい ろと努力した。

 ところが、第3、第4のエンジン候補として有望だと見られる東北、山東半島、天津の浜海地区も、少なくとも現在の段階では国全体の経済を支えるだけのパワーを出力できるエンジンにはなっていない。

 そこへ「海嘯(ハイショウ)」、つまり津波と形容される今回の米国発金融危機が中国を襲っている。100年に一度というほど深刻な世界同時不況を 巻き起こしたこの金融危機に、中国のテレビなどのメディアは、金融危機の嵐の襲撃に苦しむ欧米の近況を報じており、あたかも津波が対岸に押し寄せているか のように、ことの重大さを理解していない。金融危機については安泰と見られる中国自身も、中国経済全体にとってはまさしく「海嘯」に飲み込まれてしまいそ うなのが今の中国の実態である。

 事実、中国経済を力強く支えてきたこの強力な二つのエンジンが不気味な唸りを轟かせている。珠江デルタでは今年上半期だけで4万社くらいの企業が 倒産または廃業に追い込まれた。しかも、この倒産・廃業リストにはいまも毎日100社前後が新たに追加されていく。職を失った人間が年末までに同地区だけ で250万人になるだろう、と見られている。長江デルタでも、民営企業がもっとも盛んな浙江省で多くの企業が倒産や廃業のリストに名を連ねた。紹興酒で知 られる紹興市では、100棟の貿易ビルを建てると豪語した大手企業の経営者が債権者から逃れるために海外への密航を企んだが、結局、水際で逮捕された。

 第3、第4のエンジンとして期待される東北、山東半島、天津の浜海地区も、不況の寒波におののいている。山東半島では、すでに夜逃げの韓国企業が多数現れ、景気が下冷えになっている。

 このような状況は、米国発の金融危機が発生する前から起きていた。労働法の改正によよって労働者の権利が強化され人件費などが上昇した結果、ベト ナムなどの第三国への移転が目立つようになった。そして、今回の米国発金融危機である。サブプライムローンの破綻によって、住宅需要が冷え込み中国から米 国への輸出が急激に冷え込んでいることがさらに中国経済にダメージを与えている。

 このような中で、ついに迷走を始めた地域がある。これまで世界の工場と見られていた珠江デルタ地域の広東省東莞(トウガン)市だ。同市は経済特区 の深センに入りきれなかった工場が多く進出してきたことで発展してきた。台湾や香港の加工貿易型の中小企業が多く進出し、工場棟を貸して家賃収入や税収で 経済を維持してきた。典型的な「大家経済」だ。これまで私は東莞を訪れたことが4、5回ある。しかし、好感をもったことは一度もなかった。次々と進出して くる工場の対応で手一杯で都市計画などあってもないがごときだ。治安が悪く、地元の官僚の腐敗もひどい。最近は企業の相次ぐ撤退で、同市は金融ビジネスエリアを作って地元経済の新しい起爆剤にしようと考えている。大手銀行の支店にランドマークのような 支店ビル、または回遊式庭園型の支店を建ててもらうか、あるいは低層階を銀行のオフィス、高層階をマンションとする金融ビルを作ろうという計画だ。私はこ の案にも呆れてしまった。これで地元の経済を挽回できると市政府は本気で考えているからだ。これまでは工場が密集していたから、ある程度の決済機能が必要 なため銀行や証券会社の支店や支社がそれなりに集まっていた。ただし、それも中国本土および香港系の金融機関にすぎない。多くの工場が倒産や休業に追い込 まれた今、こうした金融機関は近いうちに規模縮小となるだろう。金融機関と実態経済の因果関係を理解せず、金融危機のど真ん中で金融を地元経済の新たな起 爆剤にしようとする東莞市政府の経済感覚とセンスは理解できない。一番の問題は地元に根ざした企業が育っていないことなのだ。

 端的に表現すれば、これまでの中国のビジネスモデルは、粗製乱造だが大量製造で、販売価格を安く抑えることが取り柄となる製品や商品で世界を席巻 した。このビジネスモデルはすでに限界点に達しつつある。これからは、中国製造から中国創造へ、資源浪費型から資源節約型へ、労働力集約型から技術集約型 へと改革をすすめ、中国企業は舵を切り替えざるを得なくなった。すでにこのコラムで指摘したことがあるように、中国企業の旗手は、大量生産を得意とするパ ソコンメーカーのレノボと大手家電メーカーのハイアールから、深圳に本社を置く中国最大の総合通信ソリューション提供会社華為(ホアウェイ)と安徽省蕪湖 市にある民族系自動車メーカー奇瑞(チェリー)へと変わった。現在もっとも注目すべき企業である。

 二つのエンジンが不調気味となったいま、中国経済がはたして軽快な飛行の旅を続けられるかどうか、楽観視できない。今度の金融危機は決して対岸の 火事ではなく、すでに中国本土に延焼し始めている。火消し作業を早急に進めると同時に、この100年に一度の世界同時不況から、中国政府も地方政府も、も ちろん企業の経営者も経済学者もできるだけ多くのことを学びとってほしい。そしてそうするべきである。


●●コメント●●

0 件のコメント: