日本のIT業界には“ベトナム・ブーム”が起こっていますが,協業相手に対する理解はまだまだと感じています。日本がベトナムを「中国プラス1」と 位置付けたり,「リラックスして仕事を頼める国」と感じたりする一方で,ベトナムが日本をどう見ているのか,もっと知る必要があるでしょう。理解が進め ば,より大きな成果を得られると思います。
さて,前回も触れましたが,「中国プラス1」とは,「主力のアウトソーシング先は中国だけれど,“チャイナ・リスク”への対策(リスク分散)として,中国以外にも拠点を作る必要がある」とする考え方です。ベトナムは「中国プラス1」の有力な候補となっています。
気になるのは,「中国プラス1」という言葉が,いかにも日本からの一方的な見方を表したもので,偏っていると感じることです。今回は,この辺りの実情について話したいと思います。
日本はそこそこ大きな貿易相手国
ベトナムの主要貿易相手国は,輸出(2006年)で米国20%,日本13%,オーストラリア9%,中国8%,シンガポール4%,続いてドイツ,マ レーシアなどです。主要輸出品目は,原油,繊維衣料,履物,水産物,木工製品,電子部品となっています。輸入では,中国17%,シンガポール14%,台湾 11%,日本11%,韓国9%,続いてタイ,マレーシアなどとなっています。主要品目は機械・部品,石油製品,鉄鋼,衣料・靴,生地,コンピュータ・電子 部品などです。
これらを見ると,ベトナムにとって日本は比較的大きな貿易相手国だと言えますが,シェアは10数%に過ぎません。日本以外の国との貿易のほうが,もっと大きいわけです。
次に,ベトナムへの直接投資(2006年)を見てみましょう。韓国30%,香港13%,英国12%,日本12%,米国8%,シンガポール5%,中国4%,台湾3%となっています。その内訳は,工業62%,ホテル・観光業9%,そして運輸・通信業などです。
1988年から2005年までの投資額累計では,韓国14%,シンガポール13%,台湾13%,日本12%。少しの差で日本は4位につけています が,中国系の合計37%と比べると,日本からの投資額シェアはそれほど大きくないことが分かります。またベトナム南部を中心に,越僑(海外で働くベトナム 人)からの送金が多いという特徴もあります。
1990年代半ばにベトナム工業団地を調査した際,日系は少なく,台湾系,シンガポール系が多かったのを記憶しています。上記のデータがそれを裏付けています。
国益を追求するベトナムは,日本以外の国にも熱いまなざし
最近では,中国華南地区での労働コストが急上昇していることから,投資を華南地区からベトナムに切り替える台湾企業が増えています。台湾政府も 「南向政策」を掲げ,中国一極集中の回避を決めました。そして,ベトナムをその重点投資国としています。いわば,台湾の国策による「中国プラス1」です。 ベトナムにとっては良い顧客でしょう。
台湾企業による投資は早くから行われており,台湾からベトナムへの投資企業は3000社を超えています。これまでは中小企業による繊維,食品,製 靴,化学,二輪車などへの投資が中心でしたが,最近では大企業によるサービス・電子部品産業への投資が増えています。それも中国の華南,華東地域からのア クセスもにらんで,投資対象の地域がベトナム北部に動いています。台湾企業もベトナムに大きな影響力を持っています。
投資貢献に応じて,ベトナム政府の対応も当然異なってきます。ある外資メーカーの投資案件に対して,「特定条件を満たす場合は,標準法人税率 28%を大幅に下回る10%の優遇税率を適用する」というニュースを目にしたことがあります。メリットを求めて,ベトナム政府は柔軟に動くところがあるこ とを知っておく必要があります。
ベトナム政府は自国の利益追求のため,欧米や日本,そしてアジアをも視野に入れて政策を進めています。近年,日本からのオフショア開発/アウト ソーシング先としてベトナムが脚光を浴びていることから,「今,ベトナムは日本を最重視している」と考える向きもありますが,それは間違いです。日本に対 するベトナムの見方が「米国,欧州プラス1」であることを認識すべきなのです。
今後,ベトナムにおいても,日本企業は欧米やベトナム周辺諸国の動きをよく見て対応する必要があります。それらの国の企業は意思決定のスピードが 速いので,その中で打ち勝つ作戦が求められています。「ベトナムは日本を重視している」と勘違いして対応が遅れると,あっという間に有利な条件,優秀な人 材を取られてしまいます。
ハイペースな賃金上昇,それを上回る物価上昇
最近のベトナム経済全般における変化としては,ベトナム人労働者の法定最低賃金の引き上げといった法制度の整備が進み,サービス分野(銀行・証券・保険や流通)に外資が進出している点などが挙げられます。
また,ベトナム全土の100カ所近い工業団地に加えて,現在,数十カ所で工業団地の建設が進んでいます。そのため,サポートするスタッフ,労働者の確保 が難しくなっています。最近では,工業団地が集中した南部でとりわけ人材確保が難しくなっており,その現象がベトナム北部や周辺地域にまで拡大していま す。
そこで,中間管理職やエンジニアが不足するという問題が浮上しています。急激な発展に加え,人材層が薄く数が少ないため,予想以上のペースで賃金が上昇しているのが実情です。他社からの引き抜きを防ぐため,高額な賃金を払っているところもあります。
IT産業も例外ではありません。南部では,進出した欧米系企業が月1000ドル以上の高い賃金を出して優秀な人材を日系企業から引き抜いた話も聞きました。
賃金が急ピッチで上昇している半面,昨今のベトナムでは賃金上昇を上回るインフレが懸念されています。昨年10月,米1kgは1万ドン(約65 円)でしたが,今年4月には4万ドン(約260円)に跳ね上がりました。その後,政府の指導で2万ドン(約130円)に下がりましたが,それでも米価は2 倍になっています。
こうしたインフレの影響により,ベトナムに進出した日系企業にもいろいろな問題が生じているようです。最近,北部の工業団地では,ある日系企業の 従業員の半数が高い給与を求めて退社したそうです。「日本企業では,1~2時間の残業では残業代が出ない」との話を耳にしました。
「東西回廊」と「南北回廊」が変えるインドシナ半島の経済
ベトナムだけでなく,ベトナムのあるインドシナ半島にも,今や大きな変化が押し寄せています。各国は政治的判断の上,経済政策を優先しています。 その1つが,中国雲南省,ベトナム,カンボジア,ラオス,タイ,ミャンマーといったメコン流域を通る幹線道路「東西回廊」「南北回廊」の整備です。これに より,人口2億5000万人の1つの市場が形成されると期待されています。
東西回廊は,ベトナム中部のダナンからラオスとタイを通り,ミャンマーに到達する1500kmの道路です。海運主体だったインドシナ半島内の貿易 に大きな影響を与えています。船便だと2週間かかる場合でも,東西回廊などを利用した陸路を通れば2~3日で行けるようになります。
ベトナム北部は中国華南地域との距離が近く(ハノイ-広州間は約1200km),既に開通した中国側の高速道路を使えば,ハノイ-広州間は5時間です。ハノイからホーチミンは1800kmであり,それより近く便利になります。
一方の南北回廊は,雲南省昆明からラオス北部を通過してタイのバンコクに到達する1800kmの道路です。タイには日本企業5000社以上,中国 企業5000社以上,台湾企業1500社以上があり,それらの企業の製品が消費地や組み立て地に直結されることにより,産業のさらなる発展が期待されま す。
東西回廊や南北回廊を介した人・物・文化の流通は,当然ながらIT業界にも影響を及ぼします。人材の分布や賃金水準の分布に大きな変化をもたらし得るため,ベトナムだけを見ていると時勢に乗りそこねてしまうかもしれません。
ベトナムにおける外国のイメージ,日本は「ややこしい」
ところで,仕事柄,いろいろな国の人々と交流してきましたが,ベトナム人が外国を見るときの視点には,面白いところがあります。
戦後,中国や韓国では「嫌日」の雰囲気があることは否めません。しかし,ベトナムでは対照的な印象を持っています。かつてベトナムはフランスの植民地と して支配され,ベトナム戦争がソ連や米国の代理戦争となっていたにもかかわらず,ベトナムの知人は「ベトナムはフランスから○○を学んだ,ロシアから△△ を学んだ,米国からも□□を学んだ」と誇らしげに話します。すべて前向きに取り組む姿勢には,ほかの国とは異なる「したたかさ」を感じます。
米・露・仏の話が出たところで,ベトナムにおけるアジア各国のイメージはどうなのでしょうか。
ベトナムでは,これまで中国からの安い薬,衣料,玩具で健康被害にあった人がいるようです。実際に中国からの果物を食べて病気になった例もあり,「中国食品は食べないようにしている」という話を聞きました。一般的に中国に対して,良いイメージはないようです。
韓国は,映画やリーズナブルな価格の製品で良いイメージを持っていますが,会社で上司が部下を殴るケースもあるようで,ベトナムにおける人気は今一歩のようです。
日本はというと,日本製品の品質が良いので,中国や韓国の製品より日本製品を買いたい人が多いようです。しかし,日本は食事,会話,応対などに多 くのルールがあるため,「ややこしい」と映っているようです。そして,「日本人は難しい」というイメージを,多くのベトナム人が持っているようです。もち ろん,これらはあくまでも一般的なイメージなので,個別には異なるものと思います。
日本人がリラックスして仕事を頼める理由
日本企業との仕事を数年経験し,日本に1年半以上滞在したことのある優秀なベトナム人技術者に,ベトナムとうまく仕事をする方法を聞いたことがあります。彼は,次のようにコメントしました。
(1)当然ながら,ベトナムと日本の文化は異なる。日本と似たところがあるからと考えて,純粋な日本式ですべてを押し通すのは無理があると思う。相互の歩み寄りが長期的には必要だ。
(2)日本の顧客のため,ベトナム技術者はよく頑張って対応している。だが,それはベトナムの習慣ではない。
(3)日本人はもっとベトナムの文化やベトナム人の習慣を学び,ベトナム人は日本の文化・習慣を学び,双方が歩み寄ればもっと協働が進むと思う。
前回, 「ベトナムは,日本人がリラックスして仕事を頼める国」だと紹介しました。しかし,このようなベトナム人の話を聞くと,少し見方を改めなければなりませ ん。日本人がリラックスできるのは,ベトナム人が頑張って日本のやり方に合わせてくれているからであり,日本式で仕事を進めることに表立って不平を言うこ とが少ないからではないでしょうか。ベトナム人との協業において,より良い成果を生み出したいのなら,もっと工夫する余地がありそうです。
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