企業システムにおいても,SaaSは着実に浸透しつつある。SaaS市場の拡大を後押ししているのが,顧客ニーズとインフラの進化,ITプロバイダーの積 極的な取り組みである。これらの追い風を受けて,SaaSの機能はますます拡充され,より使いやすいサービスへと進化している。では,企業はSaaSを取 り入れることで,どのようなメリットを享受することができるのだろうか。また,その際に注意すべきポイントも含めて,SaaSの現状と可能性について考え てみたい。
最近,クラウド・コンピューティングという言葉を目にする機会が増えた。様々なITサービスが雲の上から降ってくるように提供される。いま,そんな時代が始まろうとしている。アクセンチュア エグゼクティブ・パートナーの沼畑幸二氏はこう指摘する。
「クラウド・コンピューティングは,企業が実際に活用できるものになりつつあります。外部のITサービスを組み合わせて 使えるようになれば,企業はソフトウエアやハードウエアを自前で持つ必要はなくなる。コスト削減と迅速なサービス提供という観点で,企業のメリットは大き いはずです」
そのメリットの内容は後に詳述するとして,クラウド・コンピューティングの代表的な存在であるSaaSは着実に普及しつつある。その背景には,ITインフラの進化があると沼畑氏は言う。
「NTTの推進するNGNに見られるように,通信事業者はネットワークの帯域拡大やセキュアな通信環境の整備などに注力しています。強化されたネットワークの上で,サーバーなどのハードウエアをユーティリティとして活用する企業も増えるでしょう」
一方,ITベンダー側の動きも活発だ。セールスフォース・ドットコムのようなSaaS専業の企業だけでなく,SAPやオラクル,マイクロソフトといった大手ITプロバイダーもまたSaaSへの取り組み強化を表明している。
インフラの技術革新とITプロバイダーの取り組み,顧客需要の高まりという3つの動きがSaaSを後押ししている(図1)。
0年代後半,世の中に登場したばかりのASPはユーザー企業の大きな注目を集めた。初期投資を抑えてコストを平準化しつつ,高品質のサービスが受けられる。それがASPの特徴と言われたが,ASP市場はその後伸び悩んだ。その理由を,沼畑氏はこう考えている。
「確かに支払いモデルは変わりましたが,ASPは型通りの“既成服”でユーザーの自由度が低かった。したがって,メールなどの限られた分野にしか普及しませんでした。ASPはSaaS1.0とも言えるものですが,その後SaaSは大きく進化しています」
SaaS1.0は柔軟性に乏しく,またASP提供企業はユーザー企業ごとにサーバーやストレージなどのインフラを用意す る必要があった。そのためユーザー数に対する制限があったり,決められた期間で契約が必要となり,必要なときに,必要なだけ利用するという形にはなってい なかった。
その後,SaaS2.0では顧客ニーズに応じたカスタマイズが可能になり,さらにSaaS3.0では開発環境や実行環境,サーバーやストレージなどのインフラ,ソフトウエアなどがマルチテナントで提供されるプラットフォームのサービスとなった(図2)。
こうしたプラットフォーム・セントリックの仕組みが提供されるようになったことで,ユーザー企業が情報システムを構築する際のオプションは大きく広がった。企業システムと外部サービスとの柔軟な連携も可能になる。
先に,SaaSを導入することによるユーザー企業のメリットとして,コスト削減とスピードを指摘した。自社開発との違いについて,沼畑氏は次のように説明する。
「情報システムの企画から構想,要件定義などを経て開発作業を行えば,相当の時間がかかることに加え,大きな初期コスト も発生します。一定期間が過ぎれば,インフラ強化やアプリケーション更改などのコストも必要になるでしょう。こうして構築したITを,企業は固定資産とし て保有することになります。これに対して,SaaSでは外部サービスを組み合わせて使えるので,初期投資を抑えつつ迅速に導入することができます。企業は ITを保有するのではなく,利用する。IT機能の変動費化が可能になるのです」
加えて,SaaSのプラットフォームを使って,外部サービスとの連携によるエンタープライズ・マッシュアップも可能となるだろう。ユーザーに対して,より多様なサービスを提供することができるようになる。
以上で見たようにSaaSのメリットは多いが,その際に注意すべき点がある。沼畑氏は5つのポイントがあると言う。「第1にセキュリティ。顧客データなど機密性の高い情報を社外に持つことになりますから,セキュリティの確保は大きな テーマです。第2に,企業内の基幹システムとの連携。既存システムとSaaSがスムーズに連携して,初めて効果が生まれるというケースも多いはずです。 データのやり取りやインタフェースのあり方,マスターデータの同期などについて十分に検討する必要があるでしょう。第3に,コストです。ユーザー数が一定 以上になると,外部サービスを利用するよりも,自社保有のほうがコスト面で有利になることもあります」
したがって,将来のシステム拡張も考慮しながら,「SaaSが有利か,自社保有が有利か」という分岐点を見極めなければならない。残る2つのポイントは,カスタマイズとパフォーマンスである。沼畑氏はこう続ける。
「特に企業固有の業務領域については,カスタマイズの柔軟性について十分に検討する必要があります。例えば,会計に関し ては企業固有の業務は少ないと思いますが,管理会計領域では独自の仕組みが求められる場合も多々あるでしょう。最後に,ユーザーの求めるパフォーマンス, レスポンスタイムを維持できるかどうか。以上5つのポイントについて,ユーザー企業はSaaSプロバイダー,あるいはそれを仲介するSIerとしっかり話 しておくべきです」
では,実際にSaaSを企業システムに取り込む場合,どのような領域から導入を進めればよいのだろうか。そこで注意しなければならないのは,領域ごとの難易度である(図3)。
「オフィスツールやコラボレーション環境などのワークプレイスサービスは,比較的容易にSaaSを導入することができま す。その次に容易なのは,業種や業務要件に依存しない共有サービス。例えば,出張経費精算や勤怠管理などのサービスです。あらゆる企業が必要とする物流や 金融といった機能については,物流会社または金融機関の提供するサービスをSaaSとして利用するという方法もあるでしょう。最も難易度が高いのは,企業 固有の業務が大きな割合を占めているCRMやSCM,ERPなどの領域です」
IT投資のリスク低減を考慮すれば,SaaS導入は容易な領域からスタートすることが望ましい。ただし,SaaSがさら に進化して,より柔軟なカスタマイズが可能になれば,CRMやSCM,ERPなどの領域でのSaaS導入のハードルも低くなるものと考えられる。現に SalesForce.comはCRMの世界でそれを現実のものとしている。また,大企業の場合には,別の形でのSaaS導入も考えられると沼畑氏は言 う。
「これまでは事業部ごと,あるいはグループ会社ごとに持っていたサイロ型のシステムを,Webサービスとして呼び出せる アーキテクチャに変えることで,将来は企業内SaaSに置き換えるという選択肢もあるでしょう。どこかの事業部が構築したシステムが優れていれば,それを 他の事業部にSaaSとして横展開するという考え方もあります」
SaaSは外部サービスを利用するものとは限らない。内部の資産を有効活用する方法にもなり得る。内部,外部に関係なく,最適なIT機能を最適な形で調達する――。それを可能にするSaaSは,企業にとっての新しいソーシング●●コメント●●
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