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中国経済新論「実事求是」-関志雄
米国発の金融危機が深刻化するにつれて、機軸通貨としてのドルへの信認が問われるようになり、国際通貨体制改革の機運が高まっている。その一方で、中国では、巨額に上る外貨準備が高いリスクにさらされていることが明らかになり、米国債を中心に運用してきたこれまでの投資戦略は見直しを迫られている。これを背景に、人民元の国際化への模索が本格化している。
ここでいう人民元の国際化とは、クロスボーダーの取引及び海外での取引における人民元の使用割合あるいは非居住者の資産保有における元建て比率が高まっていくことであり、具体的には、国際通貨制度における人民元の役割の上昇、及び経常取引、資本取引、外貨準備等における人民元のウェイトの上昇と考えられる(注1)。
一、周辺地域で広まる人民元の使用
人民元の国際化はまだ始まったばかりだが、中国の周辺地域を中心にある程度の進展が見られている。
まず、貿易をはじめとする経常取引の面では、ベトナム、ラオス、ミャンマー、中央アジア、ロシアなどとの国境貿易において人民元が広く使われている。また、中国の観光客が増えるにつれて、香港とマカオにおいて、人民元は現地通貨とともに広く流通するようになった。このような現状を踏まえて、2008年 12月24日に開催された国務院常務会議では、広東省、珠江デルタ地域と香港マカオ地域、広西チワン族自治区、雲南省と東南アジア諸国連合(ASEAN)との財貿易で、人民元決済を試験的に行うことが決定された。また、中国は、すでにロシア、モンゴル、ベトナム、ミャンマーなど、8ヵ国との間で人民元決済の協定を結んでいる。
また、資本取引の面では、2005年2月に「国際開発機構の人民元建債券の発行管理暫定弁法」が公布され、人民元建て外債(いわゆる「パンダ債」、日本の「サムライ債」に相当)の発行が認められるようになった。これを受けて、2005年10月にはアジア開発銀行(ADB)が10億元(約132億円)、国際金融公社(IFC)が11.3億元(約150億円)の10年債を発行した。2006年11月にもIFCは 8.7億元(第2号、約115億円)を発行した。現段階では、発行体を国際開発機構に限定しているが、今後、海外企業にも拡大すると予想される。中国社会科学院世界経済政治研究所の余永定所長は、中国の投資家が自国通貨で対外債権を持てるように、パンダ債市場の拡大を提案している(注2)。外国企業や金融機関にとどまらず、外国政府(特に米国政府)も発行体に加わることになれば、巨大な市場が誕生することになる。
さらに、外貨準備の面では、世界金融危機以来、中国人民銀行が他国の中央銀行との間で、(ドルではなく)人民元と相手国通貨のスワップ協定を相次いで締結している。まず、 2008年12月12日、中韓両国は最大1800億元/38兆ウォン(約280億ドル)の通貨スワップ協定を締結し、交換で得た相手国の通貨を外貨準備高に加える比率についても検討している。続いて、2009年1月20日に香港との間では2000億元、2月8日にマレーシアと800億元に上る通貨スワップ協定が交わされている。このような中央銀行間の協力は、人民元資金を提供することを通じて、相手国と中国間の貿易の拡大を促すものとして期待されている。
二、人民元のオフショアセンターを目指す香港
人民元の国際化の波に乗って、香港は人民元のオフショアセンターを目指しており、中国政府もこれを後押ししている。
まず、2004年2月から香港での人民元預金の取り扱いが正式にスタートした。2008年末現在、39の銀行が人民元業務を行っており、人民元の預金残高は561億元に上る(香港金融管理局による)。
また、2007年6月8日に、中国当局(中国人民銀行と国家発展改革委員会)は「国内金融機関の香港特別行政区での人民元建債券発行に関する管理暫定弁法」を公布し、大陸の政策性銀行と商業銀行が香港で人民元建て債券を発行することが認められるようになった。これを受けて、同年7月に中国開発銀行(CDB)は本土の金融機関として初めて人民元建て債券を香港で発行した。中国企業にとって、本土市場と比べてより安い金利で資金を調達でき、また香港の投資家にとって人民元預金より高金利が得られるというメリットがある。その後、中国輸出入銀行や、中国銀行、交通銀行などによる香港での人民元建て債券の発行が相次いでいる。現段階では、年間の発行額の上限が設けられており、発行体認可を受けられるのも国内の金融機関に限られている。その上、投資家もすでに香港で人民元口座を持っている必要がある。市場の拡大を目指して、香港当局は、これらの条件の緩和を求めている(注3)。
さらに、上述の中国と香港との通貨スワップ協定により、緊急時には、中国に進出している香港系銀行に人民元資金を、一方では香港に進出している中国系銀行に香港ドル資金を提供する仕組みができた。
最後に、2008年12月8日に国務院が発表した「当面の金融による経済発展促進に関する若干の意見」(30条意見)では、国内でビジネスを展開している香港の企業と金融機関による香港での人民元建て債券の発行を認め(第13条)、香港における人民元業務の発展を支援する(第22条)という方針が明確に打ち出されている。この方針は、2009年3月に開催された全国人民代表大会における温家宝総理の「政府活動報告」においても再確認されている。
三、最大のネックとなる資本規制
このように、人民元の国際化は本格化の段階を迎えようとしているが、今後の進展は中国にとっての損得計算だけでなく、相手側にとって人民元が国際通貨として魅力的であるかにもかかっていることから、まだ乗り越えなければならない課題が多い。
中国にとって、人民元の国際化の最大のメリットは、中国企業にとっての為替リスクが軽減されることである。中国の輸出入企業にとって、国際貿易が人民元建てで契約および決済できれば、為替変動リスクを負わなくて済み、先物を使ったヘッジなどの取引コストも節約できる。また、もし人民元建てで対外資産を保有できるようになれば、ドル安になっても、対外資産によるキャピタル・ロスは発生しない。これにより、貿易や資本取引が促されることになる。
また、人民元の国際化は中国の金融機関の国際競争力の向上を促進する。中国の銀行や証券会社は人民元建ての対外融資、貿易金融、人民元建て外債の発行などで、欧米の金融機関に対して比較優位を持ち、高い為替リスクとコストを負わずに高収益を獲得できる。これにより、上海と香港の国際金融センターとしての地位も高まるだろう。
さらに、人民元が国際通貨として広く使われるようになれば、紙幣の発行額面と紙幣の発行コストとの差額である貨幣発行特権(Seigniorage)を獲得することができる。その場合、中国は、現在の米国のように、国際収支が赤字になっても、自国通貨の増発を通じて、外国の商品とサービスを輸入し続けることができる。
その一方で、人民元の国際化の最大のデメリットは、資本の自由な移動が人民元の国際化の前提となるため、中国は国際的ホットマネーの流入と流出の影響を受けやすくなり、国内の金融政策など、マクロ経済政策の有効性が損なわれることである。
その上、人民元の国際化は中国の都合だけで進むものではなく、次の条件も満たさなければならない。まず、世界経済(GNPないし輸出入)に占める中国のシェアが大きいことである。第二に、人民元の価値への信頼が確立されていることである。第三に、中国が整備された金融市場をもち、かつ為替・資本取引が自由・開放的であり、居住者・非居住者が差別なく国内の金融市場にアクセスできることである。
この中で、一番目と二番目の条件は満たされつつあるが、中国の現状と三番目の条件との距離は依然として大きい。特に、中国が資本取引に対して厳しい制限を設けていることは人民元の国際化の大きな制約となっている。
中国は人民元の国際化を進めるために、資本取引の自由化を急ぐべきだという意見も一部にはあるが、その機はまだ熟していないように思われる。 1997-98年のアジア通貨・金融危機当時のタイやインドネシアの経験が示しているように、国内金融システムの脆弱性に注意を払わず、資本取引の自由化を急ぐことは、バブルの膨張と崩壊を招くことになり、非常に危険である。結局、人民元の国際化は、資本移動の自由化とその前提条件となる国内の金融改革の歩調に合わせて、「漸進的」に進めていくしかない。その地理的範囲も当面、周辺諸国・地域にとどまるだろう。
(注1)「円の国際化」の定義を参照した(「21世紀に向けた円の国際化」、外国為替等審議会答申、1999年)。
(注2)詳細については余永定「美国国債和熊猫債券」、中国社会科学院世界経済政治研究所金融研究センターPolicy Brief No.08083(2008年12月7日)参照。
(注3)任志剛・香港金融管理局総裁、「交通銀行の人民元債券発行式でのスピーチ」、2008年7月16日。
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