センター試験が始まり、今年も大学入試たけなわだ。少子化などで数字上、総定員に総志願者数がほぼ収まる「全入時代」を迎え、多くの大学が選ぶ側から選ばれる側に回ったともいわれる。現実に昨年は私立の半分近くが定員割れを起こした。
ここは正念場だ。ますます基礎的な学力検査を黙過するような「お手軽入試」で学生確保を図るようでは大学の将来はない。手間をかけ、試行錯誤は あっても適性、意欲、能力、知識を判定する入試本来の姿に近づけないと、大学は評価と信用を失うしかない。日本の高等教育全体を損ねかねず、目指す「知識 基盤社会」実現もおぼつかない。
入試改革は曲折の軌跡だ。寄せ来る受験生をふるいにかけるだけが目的の難問奇問を排し、幅広く基礎的な学力を確かめ、その上で各大学が独創的な選 抜試験をする。そんな目的で30年前導入されたのが国公立の共通1次試験だ。だが一律・共通のため得点で受験生の入学先の偏差値ランキングを作る結果にな り、1990年に今の大学入試センター試験になった。
これは私立も自由に利用でき、この試験で各校が志願者に課す科目も独自に選択できる。これでランキングを生じさせる弊害を避け、入試の多様化、個 性化が一段と進むはずだった。だが、進学率は上がるものの、少子化や規制緩和の大学増設などで大学の学生獲得競争が次第に強まり、科目を減らしたり独自学 力試験をしないなど、試験を安易にする傾向が現れた。
時間をかけ多角的に審査するはずのAO(アドミッション・オフィス)入試や従来の推薦入試も形骸(けいがい)化が指摘される。4割以上が学力検査をくぐらず入学するまでになっている。
一方で大学生の深刻な学力低下が報告される。6割の大学が高校レベルの補習をするなど基礎学力の補完をしている。そうしないととても専門教育ができないという。基本的な教養の欠落も指摘されている。
教育界の危機感は深い。昨年末、中央教育審議会は大学学部教育改革の答申で、こんな現実を直視し「学力不問」の実態を改めてAOや推薦でも「学力 把握措置」を講ずるよう求めた。そして高校・大学が協力して進学志望者の学力把握を図る「高大接続テスト」も検討案に加えたが、これはもはや高校の卒業認 定はあてにできないという示唆とさえ受け取れる。
だが、より根本の問題は学習意欲や動機付けだ。日本の子供たちが勉強を楽しんだり、将来の夢と結びつけたりすることが相対的に希薄なことは国際比 較調査に表れている。入試改革は単に受験知識を増加させればよいのではなく、適性や意欲、好奇心などを土台にする基礎学力をより的確に見いだすものへ変わ らなければ真の改善には遠い。
毎日新聞 2009年1月18日 東京朝刊
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