2008-09-08

ベトナムオフショア、言葉の壁は厚い?

:::引用:::
今回はベトナムにおける日本語学習の状況や、日本向け人材とのコミュニケーションにおける勘所を紹介する。(→記事要約へ)

 19世紀ころに日常生活における漢字の使用を中止したベトナムでは、日本語対応力という観点で見ると、おおむね中国に劣ります。

  理工系大卒者への日本語教育ビジネスの盛り上がりや、各社による日本語教育の実施、留学生の採用などの動きは盛んですが、日本語のドキュメントやコミュニ ケーションに対応するケースでは、日本語のプロフェッショナルが活躍する割合が高いといえます。ベトナムのソフトウェア業界では、彼らのような日本語のプ ロフェッショナル、つまり通訳/翻訳者をコミュニケータと呼びます。

 今回はベトナムの日本語事情とともに、このようなコミュニケータやベトナム人ブリッジSEなどとのコミュニケーションを題材に取り上げます。

ベトナムの日本語学習者人口と日本語教育

  国全体としての日本語対応度を比較するために、ベトナム・中国・インドの日本語能力試験の受験者数を挙げてみます(表1)。表を見ると、中国は非常に多 く、16万人もの受験者がいます。対してベトナムは8000人。人口に対する割合でも、ベトナムでは1万人に1人と、中国の1万人に1.3人に及びませ ん。

表1:2006年日本語能力試験地域別受験者数
受験者数 人口に対する割合
ベトナム 8045 1万人に1人
中国 16万5353 1万人に1.3人
インド 5366 1万人に0.05人

 また、表2は受験者数ではなく学習者数ですが、この伸び率では中国・台湾・香港とベトナムは高い数字を示しています(ただし、中国は前回調査ですべての対象を網羅できなかったために、今回伸び率が高まったという要因もあるようです)。

表2:学習者数上位10カ国の前回調査との変化
順位 国・地域 学習者数
(2006年)
学習者数
(2005年)
増減率(%)
1
韓国 91万957 89万4131 1.9
2
中国 68万4366 38万7924 76.4
3
オーストラリア 36万6165 38万1954 ▲4.1
4
インドネシア 27万2719 8万5221 220
5
台湾 19万1367 12万8641 48.8
6
米国 11万7969 14万200 ▲15.9
7
タイ 7万1083 5万4884 29.5
8
香港 3万2959 1万8284 80.3
9
ベトナム 2万9982 1万8029 66.3
10
ニュージーランド 2万9904 2万8317 5.6
出典)国際交流基金

 ベトナムでは日系企業の進出増加に加えて、ドラえもんなどの日本のアニメやドラマの影響、バイクなどの製品品質に対する評価もあって、日本の文化に対する国民の関心は高く、日本語学習者の増加にも影響を与えているのでしょう。

  とはいえ、欧米で日本語の学習をする人は趣味的な要素が強いのに比べ、ベトナムでは、留学や日系企業への就職、キャリアアップといった目的が明確であるた めに、非常に熱心に勉強をします。つまり、文化を学びたいだけの人は少なく、日系企業の進出や日本向けの仕事の増加が、最大のモチベーションであると推測 できます。

 日本語人材の育成に一役買っているのが人材教育ビジネスで、理工系の大学生/卒業生に日本語を数カ月~1年程度学ばせた後、 ニーズのある日本企業や現地企業に雇用してもらうモデルなど、いくつかの形態があります。機械系や電子系エンジニアの方が先行していましたが、ITエンジ ニアに関しても、ここ最近は増加してきています。

 また、日本のODAによって、ベトナムの理工系における最上位校であるハノイ工 科大学では、日本向けブリッジSE養成プログラムがスタートしています。ここでは、入学時に選抜された1学年120人の生徒が、卒業までの5年間をかけて 日本語とIT系の技術を身に付け、将来の両国の懸け橋となることを期待されています。

 そのほかにも、ベトナムのガリバー企業であるFPTコーポレーションが2007年に設立した私設大学のFPT大学や、ベトナムソフトウェア協会(VINASA)の大学であるVINASA大学などでの日本語教育も期待されています。

各社の日本語対応状況は?

 日本市場に対してこれからアプローチを始めるベトナム企業は、大きく分けて2種類あります。1つ目は大企業を中心として、さまざまな国に向けてオフショア開発の受託サービスを提供している企業が、日本向け人材をそろえて日本市場へ参入するケースです。


 もう一方は、日本への元留学生や日本企業での就業経験を基に、最初から完全に日本向け企業として起業するケースです。ほかにも、日本企業の子会社や日本人がベトナムで会社を作るケースもあります。

  前者は、当初はまずコミュニケータ兼マーケティングセールスのような人材を用意し、プロジェクトの成長に合わせて、ブリッジSEの採用や育成をしていきま す。一方、後者は、最初からブリッジSEの能力がある人材がトップを務めるため、後からコミュニケータがついてくるといった傾向があります。

  後者の場合、トップが日本の文化を知っており、企業全体として日本市場にコミットしているため、自然と従業員の関心も日本に集中しやすく、日本語研修や日 本語の資格手当の効果も比較的高いといえます。なお、大手の中には、数カ月間プロジェクトから離脱させ、フルタイムで日本語研修を実施している企業もあり ます。

そもそも、コミュニケータとはどんな人たちだろう

  ここで、コミュニケータについて説明をしたいと思います。なお、コミュニケータの説明に限りませんが、会社ごとにも事情が異なるため「すべてがここで説明 した通りである」というつもりはありませんし、「コミュニケータ」という呼称も、すべての会社で使っているわけではないことをご了承ください。


 日本企業とのプロジェクト実施に当たり、日本企業から提供されるドキュメントの翻訳や、日本企業へ納品する成果物の翻 訳、(TV会議や常駐時の)日本人メンバーとベトナム人メンバーとの通訳を専門に行うスタッフを、「コミュニケータ」と呼びます。コミュニケータはプロ ジェクトメンバーとしてアサインされ、ベトナム企業のプロジェクトリーダーがコミュニケータの稼働状況を管理します。

 彼らの大半 は大学で日本語を専門に学んできた人たちで、日本語検定1級または2級程度の日本語能力を持っていることが多いです。日本語が専門ということは、極端に いってしまえばITに関しては最初は素人です。研修や実際のプロジェクトの翻訳・通訳作業を通じて、IT用語の利用方法を覚えていきます。また、各社ごと にさまざまな工夫をしています。

 例えば下記のようなケースがあります。

  • IT用語データベース、プロジェクトの用語データベース、顧客企業の社内用語データベースの蓄積と活用
  • 経験豊富なコミュニケータとのペア作業
  • 重要文書を2人でダブル翻訳することによる正確性の確保
  • 翻訳後、逆方向翻訳して最初の意味が保持されていることを確認し、正確性を確保

 なお、日本語を話すブリッジSEの増大に伴う、コミュニケータ需要低下の可能性に対して、将来のキャリアに不安を抱えるコミュニケータもいます。

  コミュニケータの中には、そのままコミュニケータとしてのキャリアを歩んでいく人もいれば、日本企業のニーズに応じて、ブリッジSEとして成長していく人 もいます。日本の大手企業にはコミュニケータとして働いていた人を中途採用して、日本に連れてきて数カ月間トレーニングをし、ブリッジSEとして活用する 企業もあります。日本でも多くの文系出身のITエンジニアが活躍していますし、ブリッジSEとしてコミュニケーション能力を重視するのであれば、この手法 も興味深いです。

 ところで「コミュニケータの工数はどう金額に影響するのか?」を、気にされる方もいるのではないかと思います。 企業によっても違いますが、ほとんどのケースでは、開発費総額の5~10%前後を開発費に乗せるか、コミュニケータ工数を意識させずに、開発者の単価に含 まれているかのどちらかになります。

ベトナム企業とのコミュニケーションの勘所

  ベトナム企業とのプロジェクトを実施するに当たり、日本語の話せるブリッジSEがいたとしても、膨大なドキュメントをブリッジSEだけでは処理し切れない ため、それらの翻訳にはコミュニケータが活躍します。これは中国・インドでも、大量のドキュメントの翻訳には翻訳者を使うケースがあるのと同様です。

 また、ベトナム側企業のプロジェクトリーダー(窓口)が日本語を話さない、かつ、日本側企業が日本語でのやりとりを希望する場合には、普段のメールもコミュニケータ経由となってしまい、顔が見えにくくなるという欠点があります。

 筆者は、相手がコミュニケータでもブリッジSEであっても、文書ベースであれば英語でのコミュニケーションを行う方が有効であると訴えたいです。

  というのも、私たちはベトナム側企業の窓口となるメンバー、つまりコミュニケータやブリッジSEとだけプロジェクトを行っているのではなく、ベトナム側の 開発者たちも含めたチーム全体でプロジェクトを行っています。従って、その一体感と信頼関係の構築には、リアルタイムでチーム全体に情報が伝わる英語の方 が、より優れていると感じるからです。

 やはり、コミュニケータやブリッジSEだけとのやりとりに終始してしまい、開発者の顔が見 えなくなることは避けたいのです。メールで連絡する場合にはメーリングリストなどを使って相手チーム全員にメールがいくようにしたいのですが、連絡経路が 複雑になってしまわないように、必ず双方の会社で発信者を限定するなど、いくつかの注意点が必要です。

 英語でのコミュニケーションというと、身構えてしまうかもしれませんが、開発に使う言葉は大して難易度は高くないので、ぜひ試してみてほしいと思います。

コミュニケータとのコミュニケーションの勘所

 コミュニケータがプロジェクトに割り当てられたら、彼らは開発メンバーと同様にプロジェクト成功のために一丸となるチームの一員になります。


 プロジェクトが長ければ長いほど、チームメンバー個々のスキルや特徴が見えてくるのと同様に、コミュニケータに関しても、どのような傾向を持っているのかをつかめます。当然ながらベトナム側に常駐していると、さらに細かく分かります。

 例えば、どのくらいのスピードでしゃべれば一番スムーズに理解するのか、どのような言い方をすればコミュニケータにも開発者にも分かりやすいか、どのような言葉を間違えやすいのか、などです。

 口頭で伝えたことや決めたことは、必ず後で文章で確認することが必須です。日本人同士でもこの点で失敗することが多いのに、ましてや間に1人入って、違う言語でコミュニケーションを取るのですから、当然といえば当然です。

 TV会議ではベトナム側に議事録を書いてもらい、日本側がチェックをするという方法で問題ありません。この議事録をそのまま輸出管理の記録にも使用できますので、一石二鳥です。

ブリッジSEとのコミュニケーションの勘所

 上記のコミュニケータとのコミュニケーションで挙げたこと、つまりコミュニケーションスキルの把握を意識して行うことは、日本語の分かるブリッジSEに対して接するときにも、同様に努めるとコミュニケーションのレベルが一段と上がると思います。

  特に日本語レベルが向上してくると、ベトナム人のプライドの高さもあって、分からないことを分からないといわないことがあります。そのような雰囲気を感じ たら、理解した内容を要約して反復してもらいましょう。また、こちらから要求しないでも、業務内容の説明の際には常にそのように反復してもらう癖をつけて もらうと、理解不足であったときの対処が即座にできるでしょう。

 なお、日本への留学経験者は、もちろん語学力は相当に高いのです が、プライドも比例して、やはり相当高いといえます。間違いや理解不足は、相手の意見を「認めて」「質問して」「誘導して」正解にたどり着かせることがで きると、お互いに何の心理的負担もなく、むしろお互いの理解と成長につながります。

マネージャ層とのコミュニケーションの勘所

 日本市場との取り引きに絞った企業以外の場合、マネージャ層が日本語を話せる率は低くなる傾向にあります。

  また、そのような企業でまだ日本市場に対して慣れていない場合には、日本企業の特性をまだあまり深く理解しておらず、欧米顧客のような急速な規模の拡大を 希望したり、大げさで過大なプレゼンテーションの実施を行うなど、日本企業からしたら若干戸惑うことがあるかもしれません。

 これは、どちらが良い悪いというわけではありませんが、予備知識として持っているといいかもしれません。

コミュニケーション言語における短期的な利益と長期的な利益の対立

  先ほど、「英語でのコミュニケーションを取り入れることにより、メンバー全員との一体感を出すことができる」と述べました。これは、いままで日本語だけで 完結できていた仕事のやり方を変えるということにほかなりません。オフショア委託先企業に対する日本語運用能力を重視してきた発注側企業には、努力が必要 かもしれません。

 短期的には、日本語運用能力の高い企業を選択することで、オフショア開発を効率的に行うことができることは間違 いありません。ですが、発注者側の論理で日本語ばかり要求するのではなく、発注者側の語学スキル、コミュニケーションスキルも同時に磨いていくことが、長 期的にはお互いに良い影響を出していくと考えます。


  少し大げさにいってしまえば、日本市場に対して過剰に最適化するということは、将来の変化に対して、また世界市場に対して柔軟性を欠き、全体最適されてい ない状態です。当然ながら、既存顧客の要望に最大限応える姿勢は悪いことではありません。ですが、より広い比較対象と知見をもって、ご用聞きにならずに提 案を自らしていく姿勢が必要となっていきます。

 それはベトナム企業にもいえますし、私たち日本企業にもいえることだと思います。 これまでの日本のシステム開発会社は、日本国内の市場だけで仕事をしてきており、その市場は現在も十分な需要があります。世界的に見て低い利益率と低い生 産性に目をつぶれば、それで何の不都合もありませんでした。しかし、私たちが気付かないうちに、確実に世界の市場は変わってきています。ビジネスのルール そのものが変わってきています。また、日本市場がいつ突然不測の事態になるとも限りません。

 もし、この状態で“ゆでガエル”にならないようにするのであれば、日本企業も成長しなければいけないと思います。もちろん語学だけの問題ではありません。

 筆者は先日、米国のあるソフトウェアハウスに出張してきました。彼らは150人ほどの規模で(米国では珍しくありませんが)、最初から世界市場を相手にしたソフト開発を堂々と行っています。

  母国語の問題もありますし、全面的にそのやり方が素晴らしいという気はもちろんありませんが、日本のガラパゴス化(注:外界から遮断されているため、他者 の影響を受けずに独自の進化を遂げること)を防ぐためにも、まずは視野を広く持って、何がこれから必要であるかを見極める力が必要となってきます。その一 端として、オフショア先とのコミュニケーション言語から現場主導で少しずつ変えてみてもいいんじゃないか、そう筆者は思っています。まさに現場から変わっ ていく日本流の変革といえます。

 なお、筆者の実感としては、いまどきの大学生の英語力は以前と比較して徐々に伸びてきており、これから先の日本のIT業界においても、高い英語力と広い視野を有した人材が増えていくのではないかと期待しています。

  ベトナムも日本も、世界に出て行けるだけの潜在力は持っていると確信しています。どちらも周りの雰囲気に乗って力を発揮する国民性を持っているだけに、全 員が強く自分たちの可能性を信じることで、日本もベトナムも、(日本は再び)世界のリーダーになることができると筆者は強く信じています。

 なお次回は地域ごとの人、企業、教育事情について執筆する予定です。


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