優秀なITエンジニアを引き付け、能力を発揮させられる人事制度、教育制度とはどのようなものか。どんな人事戦略に基づき、どのように策定されるものなのだろうか。
本記事ではその答えを探るため、創業から11年と若い会社でありながら「最長6年の育児・介護休業制度」「成果重視と年功重視の選択型人事制度」などのユ ニークな人事制度を打ち出しているサイボウズにインタビュー。全3回にわたって、サイボウズの人材戦略についての基本的な考え方、具体的な施策立ち上げの 経緯、その成果、今後の取り組みなどを紹介する。
■人材戦略の基本は「社員の増加と成長」「その継続」
今年(2008年)で創業12年目を迎えたサイボウズ。グループウェア事業を主力ビジネスとして成長を続ける一方で、ベンチャー企業からの脱皮を目指し、新たな制度策定に意欲的に取り組んでいる。
サイボウズ 取締役副社長兼人事本部長 山田理氏は、サイボウズの基本的な人材戦略を「多くの社員が集まって、1人1人が成長しながら、長く働ける環境を提供すること」と語る。
その背景となる考え方について、山田氏は「もともと、会社とは何らかの目的を達成するための人の集まり」としたうえで「サイボウズであれば、グループウェ アをより簡単にして、より安価に提供することで、ITを大衆化していきたいと思う人々が集まっている。この目的を達成し、会社の価値を高めていくために は、『人が増える』『個人が成長する』という2つの方向性があり、それが長く続いていくことが重要だと考えている。これを実現していく具体的な施策が、人事制度や教育制度だ」とする。
例えば、3人の社員が4人に増えたら、会社は4人分の価値を生むことができるようになる。さらに、4人それぞれが成長すれば、プラスアルファの価値が期待 できる。このサイクルが長く続けば、時間軸の積み重ねによっても価値は高まる。「短期間で上場して大きな利益を上げたが10年で倒産してしまった会社と、 その半分の利益で20年続いている会社を比べると、生み出した利益は一緒でも、長く続いている会社の方が評価できる」との考えだ。
■新卒採用に力を入れ、サイボウズのDNAを浸透させる
この人材戦略をベースに、サイボウズでは、2004年から積極的に新卒採用を進めており、現在では、全社員のうち入社5年以内の新卒社員が約半数を占めているという。
ベンチャー企業の採用といえば、即戦力に期待できる中途が中心になると思われることが多い。もちろんサイボウズも、創業時にはスピードを優先し、中途で即 戦力になる人を多く採用した。「特に上場前は、中途採用を中心に、約1年で人材を一気に倍増させた」と山田氏は振り返る。
しかし数年がたち、「業績が伸び悩み、株価が下がってくると、退職する人が増えてきた」という。「中途採用の人材はお金だけがモチベーションになりやすく、会社に長く根付きにくい傾向があることが分かった」
それらの経験を生かし、サイボウズは新卒採用に力を入れることを決定した。「長期にわたって会社が成長し続けるためにはどんな人材戦略が必要なのかを考 え、多少時間はかかるだろうが新卒を採用して、サイボウズ流の働き方、いわばサイボウズのDNAを浸透させ伝承していこうと考えた」と山田氏は説明する。
■納得感のない評価制度、1人歩きする点数――試行錯誤が続いた
全社員が目的を共有しながら、長期にわたって働けるような人事制度とはどんなものか――。こうした発想で人事制度策定に取り組んだサイボウズは、2006 年2月に「成果重視型制度」、2006年8月に「最長6年の育児・介護休業制度」、2007年2月に「成果重視と年功重視の選択型人事制度」と、ほかの ITベンチャーには見られない独自の人事制度を打ち出している。しかし、ここに至るまでの道のりは、決して平たんなものではなかった。
サイボウズに最初に導入された人事制度は、「シンプルな目標管理制度」(山田氏)だった。「創業当時は社員数も少なかったため人事制度のようなものはなく、全社員が社長と面談して報酬を決定していた。しかし、上場を機に社員数が急増したタイミングで、しっかりした人事制度を導入することになった」という。
この制度は、上司と面談して当期の目標を決め、半年後に本人と上司が評価し、目標達成を100として達成度で点数を付け、それに応じたランクにより昇給を 決めるというもの。しかし実際に導入してみると、成長期にあるベンチャーならではのいくつかの問題が浮き彫りになった。
「クライアントの都合でプロジェクトの計画が変更されたり、プロジェクトそのものがなくなってしまうなど、設定した目標が半年後の評価のときに大きく変 わってしまうことも珍しくなかった。さらに、その設定目標に対して厳しく評価するか、甘く評価するかは、社員本人や上司の考え方に左右されるため、点数の付け方に納得感がないという声が社内から上がり始めた」そうだ。
これを受け、サイボウズは人事制度の見直しを実施。市場制を導入し、本人と上司による目的管理に加えて第三者からの評価を入れることで、人事制度への納得 性を高めようと考えた。具体的には、それまで目標管理で100点だったところを60点に下げ、他事業部の本部長からの評価を30点、本人所属の事業部から ランダムに選んだ社員5人の評価を10点とし、合わせて100点満点としたのだ。
しかし、この制度も社員からの納得 を得られるものではなかった。「他事業部の本部長が、一緒に仕事をしたいと思う社員に『きてきてカード』を渡す。社員はこれをもらえると評価が上がる。し かし、当時の社員数は100人前後と少なく、事業部で必要とされるスキル・人材は限られてしまうため、市場制としての効果は少なかった」という。
「360度評価のために取り入れた同僚社員からの評価についても、評価者は半年後にランダムで決められるため、社員にとっては自分が誰からどう評価されて いるのかよく分からないことになる。結果として、誰とどんな仕事をすれば評価されるのかがあいまいになり、社内の一体感が希薄化し、点数だけが1人歩きするようになっていった」と山田氏は振り返る。
■「スキル×覚悟」を重視して、原点に回帰
「本来、ビジネスはほかの企業と競い合って成果を上げていくもの。このままでは社員は社内の点数評価ばかりを意識するようになり、会社の成長につながらな いのでは」。――そう危惧(ぐ)した山田氏は、ここで人事制度をもう一度原点に戻すことを決断した。そして2006年、新たな人事制度として「成果重視型 制度」を導入する。
「当時の社員数は約120人。全社員の名前と顔を見て判断ができるうちに、もう一度、創業時のように経営層も評価に加われるよう人事制度を見直そうと考えた。そして、目標に対する結果を評価するのではなく、目標達成のために何をしたかという能力を評価するようにした」と山田氏はいう。つまり、「結果重視」から「能力重視」へと評価軸の転換を図ったものが、新しい「成果重視型制度」なのである。
さらにこの制度では、「能力」だけでなく「信頼」も重要な評価軸と位置付け、目標に対する「スキル×覚悟」を評価のポイントにしている。「覚悟とは『サイボウズに対するコミットメント』。 いくら高い能力を持っていても、サイボウズに興味がなければ評価はできない。サイボウズのために自分のスキルを生かそうとコミットできる社員を信頼し、評 価したいと考えている。能力があり信頼できる社員に対して、会社として責任ある仕事と高い報酬を渡していく」と説明する。
具体的な評価の仕組みとしては、従来点数評価に使っていた目標管理シートをチャレンジシートとして、これをもとに四半期ごとに上司と面談を行い、点数を付 けるのではなく、目標に対して「何をしたのか」「それを通して何を学んだのか」「どんな能力を身に付けたのか」という点を評価する。そして、新入社員から 役員クラスまで能力に応じた11段階の階層を設定し、各階層に定義された能力を満たしたと評価されると階層が上がっていく仕組みとなっている。
特徴的なのが、上司との面談で評価に納得できない場合、社員はその上の上司、さらには人事部にも相談できる点だ。「『自分の評価が低いのは、上司の判断が おかしいからだ』という主張をよく聞く。この問題を解消するための施策として、経営会議で全社員の評価をチェックし、経営層も評価内容を把握するようにし ている。これによって、直属の上司が誤った判断をした場合も、経営会議でその評価を是正し、会社全体としてブレの少ない評価が可能になる。もちろん、私は 人事担当責任者として、大体の社員の仕事に対する姿勢や能力は頭に入っている」という。
「成果重視型制度」の導入に よって、能力主義への転換を果たしたサイボウズだが、その一方で「より長く働ける」職場づくりへの取り組みも進めている。次回は、「最長6年の育児・介護 休業制度」および「年功重視型制度」の導入経緯と狙い、そして「成果重視型制度」も含めた新人事制度の導入成果を紹介する。
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