2009-01-05

「働く」

:::引用:::

夢持ち続け「前へ」

 昨年末に社会問題化した派遣切りや雇い止め。鳥取県内でも三月末までに職を失う非正規労働者が千人を超える。制度が悪いのか、企業が悪いのか、それとも-。現実を受け止める労働者は“自ら選んだ道”と前を向いて歩んでいる。

■自ら選んだ道

 「派遣だから仕方ない。会社が更新しなくてもやむを得ない。自分で選んだ道だから」

 鳥取市内の製造業A社の派遣社員、山本舞(30)。大学卒業後、大阪の中堅旅行代理店に入社したが、家族が体調を崩し帰鳥。旅行業を探すつなぎで、製造業B社の契約社員となった。

 B社での貿易事務の業務は相性が良かったが、当初四人でこなした業務が自分一人に押し付けられた。「仕事量が多いことを伝えたが、聞き入れてもらえなかった」。残業の毎日。ストレスで胃は痛み、休めば仕事はたまる。病院へ行く暇もなく、仕事を辞めた。

 半年の休養後、今の派遣元に出会い、A社でも貿易事務に就いた。「会社によって社員の使い方や考え方が違う。今は満足」。会社が直接雇用する契約社員と派遣会社が間に入る派遣社員の違いもあった。

 ハローワークでは募集していない、自分の資格を生かせる仕事を派遣元が探してくれた。就職後も派遣元担当者に相談ができ、前の職場で悩んだ勤務時間も契約で融通が利いた。精神的なゆとりも生まれた。

 派遣という立場に不安もあるが「正社員になりたいとは思わない。結局は人間力が大事」。英会話にジム、生け花と自分に磨きをかける時間を大切にする。

■魅力と可能性

 OA機器の販売などを手掛けるソブリングループ米子営業所(本社・岡山市)。直接雇用を前提に派遣を受け入れる紹介予定派遣を活用する。

 派遣切りをメディアが報じ始めた昨年十月、地元出身の中野守(29)、斉藤雄二(22)は初めて派遣会社に登録した。それぞれ、派遣に対して「すぐ首を 切られそう」「責任と仕事は正社員並みだが、扱いはフリーター」と良いイメージはなかった。それでも登録を決めたのは正社員への魅力と可能性を感じたから だ。

 二人には夢があった。建築業関連を転々とした中野は、業界の厳しさを肌で感じつつ、次第にマイホームを建てる夢を持った。斉藤は高校時代に専攻した音楽への思いが強く、ジャズバーを経営する夢を持ち続ける。

■成約率は2割

 しかし、夢に向かって働く二人が、必ずしも正社員になれるわけではない。日本人材派遣協会が全国百七社に行った調査では、〇八年一-九月の紹介予定派遣の成約率は約二割。二人にも不安はある。

 斉藤は言う。「正社員でも切られるもの。会社にとって必要な人材になればいい。選んだ道を悔やんでも前には進めない」。新たな商談成立の先にある夢を目指し、一歩ずつ階段を上る。

「没頭できる幸せ」かみしめ

 二〇〇九年が幕を開けた。世界的な景気悪化の影響で、派遣社員ら非正規労働者の「雇い止め」、新卒者の採用取り消しなどの雇用不安が高まり、地域にも閉 塞(へいそく)感が漂っている。しかし、その中でも希望を持ち、新たな一歩を踏み出し、明日を切り開こうとする人がいる。年間企画『自照自輝(じしょうじ き)』。この厳しい時代に、われわれは、地域はいかに自らを照らし、輝きを発するか。第一部のテーマは「働く」。前向きに力強く生きる人たちを追う。(文 中・敬称略)

 午前八時半。澤真里子(31)がハンドルを握る大型のバンが住宅街の路地をゆっくり進む。澤は桜ケ丘デイサービスセンター(鳥取市津ノ井)に勤務する介護福祉士。利用者のお年寄りを迎えに同僚と回る。

 お年寄りの手を引き、段差に気を付ける。「雪かと思ったのに、いい天気」「きょうはね、もちつきしますよ」。会話を切らさない澤。女性が口ずさむ。「もうー いーくつ寝ーるとー お正月ー」。澤も笑って一緒に歌い出した。

■3K労働

 デイルームはにぎやかだ。「きょうは体、痛くない?」。耳元に近づき、大きな声で体調を尋ねる。レクリエーションを仕切り、つめ切り、ひげそりからトイレ、入浴、食事の介助。スタッフは休む間なく動き回る。

 時には体重が七〇キロを超える男性や下半身が動かない利用者を抱える。今や「3K労働」に数えられるほど厳しい労働環境。「確かにきつい部分もある」と認めるが、「やりがいありますよ。元気をもらえます」と笑う。

■出産と転機

 介護労働安定センター(東京都)の労働実態調査では、二〇〇七年度の鳥取県の介護職の年間離職率は23・6%。全国平均の21・6%を上回る。

 澤も一度、上司に「辞めたい」と言ったことがある。長女(8つ)を出産後、生後五カ月で特別養護老人ホームに職場復帰した時だ。

 早朝に起こしておっぱいを飲ませ、昼間用は別に搾乳して出勤した。しかし帰宅して毎日目にするのは全く減っていない哺乳(ほにゅう)びん。長女はびんの吸い口になじめなかった。

 長女の体重が増えなくなった。「私が働くことで成長リズムを振り回している」と自分を責めた。同じ調査で、介護職の離職理由の一位が「結婚・出産・転勤など自分や家庭の事情」で、57・1%と他の項目を大きく上回っている。

 「デイサービスセンターはどうだ?」。翌日の上司の言葉に驚いた。決して楽なわけではないが、夜勤のない部署という配慮だった。「ここまでしてもらったんだから、頑張ってみよう」

 利用者が帰った後は会議や計画書作成などの事務に取り組む。午後八時を過ぎることもあるが、もう葛藤(かっとう)はない。「プロとして利用者に寄り添い、生活を充実させてあげたい」

■生活との調和

 国は「ワーク・ライフ・バランス」を提唱し、仕事と生活の調和が取れた環境を実現しようと、官民一体の取り組みに着手している。澤はこの言葉をテレビCMで初めて目にした時、自分のバランスを省みた。

 職場は少しでも働き続けられる選択肢を投げ掛けてくれた。最近はケアマネジャーの資格試験への挑戦も後押しされている。子どもたちと向き合う時間も、家 族のサポートのおかげでなんとか確保してきた。「完全ではない。けど、働くことも子育てにも没頭できて幸せ」。今、そうはっきり言える自分がいる。


ワーク・ライフ・バランス(WLB) 仕事、家庭、地域生活、自己啓発などを自分の希望するバランスで展開できる状態のこと。人口減少時代を迎え、従来の働き方では個人、企業、社会が持続不可能になるという危惧(きぐ)が考え方の背景にある。企業が従業員のWLBを実現する職場環境づくりも課題。


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