2009-01-19

イトーヨーカ堂、モンテローザ…いま異業種参入が相次ぐ理由

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イトーヨーカ堂、モンテローザ、パソナグループ、JR東海…。農業以外をメーンとする企業が続々と農業ビジネス参入を表明している。

 実は過去にも規制緩和などを背景に異業種からの農業参入が活発化したことがある。日本たばこ産業(JT)やユニクロを擁するファーストリテイリング、オ ムロンなどがその代表格だが、これらの企業は既に撤退している。理由は、端的に言えば、見込み通りの収益が上がらなかったからだ。

 かつての新規参入企業のほとんどは既存業者との差別化を図るべく、栄養価が高いなどの付加価値野菜を売りにしていた。しかし、消費者は価格に対し てシビアだ。ある農業関係者は、「有機栽培などの高付加価値品でも高ければ売れない。安いほうを選ぶ消費者が圧倒的に多い」とこぼす。加工食品ならいざ知 らず、野菜は隣町で特売があればダイコン1本でも自転車を走らせて買いに行くくらい、価格がモノをいう市場なのである。

 また、農業は自然が相手。収穫して出荷するまでにはかなりの時間がかかり、天候や病害虫などの影響で収穫量が激減することもある。工業製品のよう に歩留まりをコントロールすることは容易ではない。名だたる企業が早々に撤退していった事実は、農業をビジネスとして成立させることの難しさを物語ってい る。

 しかし、状況は変わってきた。

 この数年間は、輸入野菜から規定値以上の農薬が検出されたり、ギョーザなどの加工食品に毒物が混入していたりと、輸入品に対する信頼を失墜させる 事件が相次いで発生。産地偽装事件も後を絶たない。架空会社を作って隠蔽工作を図ったウナギの蒲焼きも、生産者風の写真で国産を装ったタケノコの水煮も、 原産地は中国だった。食品メーカーのみならず、老舗料亭や高級レストランでも産地偽装が発覚。何をどう信じればいいのか、消費者の食品に対する不安は募る ばかりだ。

 こうした事件を背景に、消費者の意識は着実に変化。昨今、産地直送野菜の宅配サービスが伸びているのも、“安全・安心”を最優先に考える消費者が 増えていることの裏付けだろう。一般のスーパーでは景気の影響もあって価格重視の傾向が続くが、かつてほど安ければいいというムードではない。安くても安 心・安全であることを明確にしなければ、多くの消費者の支持は得られなくなっているのだ。

 一方、政府は段階的に農業関連の法整備を進め、異業種企業による農業参入の障壁を下げてきた。2005年からは農業生産法人以外の企業が農地をリース方式で持てるようになっている。こうした市場環境の変化も、昨今の農業ビジネス参入の追い風となっている。

次ページからは、参入企業の取り組みについて詳しく見ていきたい。

 イトーヨーカ堂は消費者の安全・安心に対するニーズを実感する一方で、長年野菜を扱ってきたからこそ、ビジネスとして農業を成立させることの難しさも知っていた。

 そこで、イトーヨーカ堂は今回の参入にあたって、まったく新しいスキームを構築した。それは2008年8月に設立した農業生産法人セブンファーム富里 が、千葉県の富里市農業協同組合(JA富里市)と連携を図りながら直営農場を運営していくというもの。農協が企業の農業活動にかかわるケースは珍しいが、 そもそもイトーヨーカ堂とJA富里市は10年以上前から、ニンジンや同社オリジナルのスイカの栽培を通して付き合いがある。いくつも農場候補地があるなか で、富里市を選んだのはJAとの包括的な関係性を考慮しての判断だった。

「我々は農産物を売るノウハウは持っていても、生産においては素人ですから、JAの協力を仰いで地元農家の方々に生産していただく方が、事業として プラスです。セブンファーム富里の担当者は農場に常駐しますが、関係者との情報共有や調整役に徹して、流通・販売を担当します」(セブン&アイ・ホール ディングス 広報センター 逸見弘剛氏)

 セブンファーム富里の場合は減農薬栽培で、自社栽培ゆえの安全・安心が最大の売りである。過去の農業ビジネス撤退組に見られたような、付加価値を 追求した特殊な品種を扱っているわけではない。すでに露地栽培のダイコンやブロッコリーなどを収穫し、千葉県内のイトーヨーカドーで販売しているが、価格 を市場相場並みに設定したことで、売れ行きは好調だという。 なかでも、1本59円と、通常品(128円程度)の半値以下に抑えた規格外品のダイコンは、用意した150本が開店からわずか30分で完売した。規 格外品はカタチこそ不ぞろいでも、味や安全性に問題はない。強大な販売力を持つイトーヨーカ堂だからこそなせる業といえるだろう。

「私たちよりもむしろ農家の方々が『規格外品がこんなに売れるとは思わなかった』と驚いていました。日本では農産物の約2割は規格外などの理由で廃 棄されていますが、店頭で適切な情報を提供すれば、規格外品でもお客さまは納得して買ってくださるわけですから、この取り組みは今後も続けていきた い」(逸見氏)

 また、店舗で生じた食品残渣を堆肥としてリサイクルする点も、独自の取り組み。セブンファーム富里で生産した野菜をイトーヨーカドーで販売し、そ こで生じた野菜クズなどの残渣を堆肥として利用すれば、循環型農業が成立する。安全・安心、そして環境配慮という、現代の消費者心理に響くキーワードが3 つ揃った格好だ。

 ワタミ、モスフードサービス、サイゼリヤといった外食企業も、農業ビジネスに乗り出している。ここに新たに加わったのが、居酒屋「白木屋」などを展開す るモンテローザだ。2008年11月に100%出資子会社のモンテローザファームを設立し、茨城県牛久市から約2ヘクタールの農地を貸借して農場運営を開 始した。ここで栽培したミズナやグリーンカール、ダイコン、ホウレン草などは店舗で提供するサラダや豚汁などに、サツマイモはプライベートブランドの焼酎 に使われるという。


 注目すべきは「有機JAS認証」の取得を予定している点だ。「有機」や「オーガニック」は日本農林規格(JAS)法で規定される言葉で、所定の認 定機関の認証を受けたもの以外は表示することができない。それゆえに差別化策として有効なのだが、取得にあたっては、「堆肥等による土作りを行い、播種・ 植付け前2年以上及び栽培中に、原則として化学的肥料及び農薬は使用しないこと」「遺伝子組換え種苗は使用しないこと」などの条件をすべて満たさなければ ならない。一般的な農法と比べて時間も手間もかかるうえに、必要なコストは1.5倍ともいわれている。

 しかも、メニュー価格には転嫁しないという。「『食の安全』『健康志向』といったニーズに対応するための必要投資と捉えています。生産の効率化や 流通コストの圧縮、調理法の工夫によるロス低減など、グループ全体でコストを抑えることで対応したいと考えています」(モンテローザ 総務部総務企画課  河邉直氏)

 これまでモンテローザでは国内の契約農家から調達した有機野菜を提供してきた。自社生産に乗り出しても、当面、コストメリットが期待できないこと は承知のうえだが、「『食の安全』に対する姿勢をお客様にご理解いただければ、ブランドイメージの向上に繋がる」(河邉氏)と考えている。農業ビジネス参 入は、安全・安心を求める顧客の囲い込みという、本業への還流が期待できるからこその取り組みというわけだ。



 さらに、モンテローザが展開する店舗は約1500もある。モンテローザファームの視点に立てば、それだけ安定した出荷先があるということだ。市場 に出せば価格競争に巻き込まれるが、グループ企業へ卸すのであれば買い叩かれる心配がなく、調理した状態で提供されるのでカタチが不ぞろいな規格外品でも 問題はない。生産した野菜を最大限活用できる点が、過去の撤退組との大きな違いである。

 一方、2002年から本格的に農場を運営しているワタミは、近々農業事業単体で黒字化を達成する見込みだが、これは異業種企業による農業ビジネス としては稀有な事例。農業に要するコストを分散して吸収し、本業へ還流させやすいという点で、外食企業は農業と相性が良いといえるだろう

 ここまで見てきた事例とはまったく違ったアプローチで農業に携わるのが、パソナグループ(以下、パソナ)である。総合人材サービスを展開する同社の目的は、農業分野での雇用創出だ。

「10年前に失業者が急増したとき、当社の南部(靖之代表)は新たな雇用創出先として農業に着目しました。日本の食を支える農業は我が国の基幹産業となり 得るもの。生産のみならず農産物の加工や流通といった産業としての発展性もあります。当時から若年層がビジネスとしての農業に関心を寄せていたことも、将 来性を感じた要因の一つでした」(パソナグループ 広報室 藤巻智志氏)

 南部社長の肝いりで始まったパソナの農業ビジネス。最初の取り組みは2003年の「農業インターンプロジェクト」だった。一般的なインターンシッ プと同じく、参加者は農業の実務を体験したり、加工や流通などの研修を受けたりしながら、農業への理解を深めていく。このプロジェクトは現在も毎年実施さ れているほど、評判がいい。

 今のところ、パソナは「農業分野での知名度を高めている段階」(藤巻氏)にあるが、もちろん、この先のビジネスチャンスを見込んでいる。稲刈りな どの収穫期に、人材を短期派遣するというものではない。例えば、ある農業生産法人が加工食品の販売を伸ばしたいと考えたとき、必要になるのは農業の知識で はなく、営業や販売企画といった一般企業にも通じるノウハウだ。パソナなら、そこに最適なスキルを備えた人材を派遣できる。政府は農業活性化のために、農 業生産法人を増やす方針を打ち出している。今後、順調に法人数が増えていけば、こうした外部人材へのニーズが高まる可能性は高い。

 そのためにも、多くの人材に農業への関心を高めてもらう必要がある。パソナは2005年2月に東京大手町の本社ビル地下2階に、屋内農場施設 「PASONA O2」をオープンした。ここで米やサラダ菜、花など、約50種類の作物をLEDやメタルハライドランプといった人工光で育てるほか、田植え体験や収穫体験 なども実施している。

 そして、2008年10月からは兵庫県淡路島にリースで農地を取得し、農業ベンチャー支援制度「パソナチャレンジファーム」をスタートした。

「新規就農者の多くは地域コミュニティとの関係構築に悩んだり、起業してもすぐに収入が得られなかったり、何かと苦労をされています。パソナチャレ ンジファームは本気で農業をやりたい方のスムーズな就農を支援するためのものであり、新しい農業のスキームを考える場にしたいと考えています」(藤巻氏)

 現在、この農場では就農や農業分野での起業を目指す7名がJAや地元農家の指導のもとで農業に従事し、農産物の販売や加工などの経験を積んでいる。独立 までの3年間はパソナの社員として月額20万円が支給されるという手厚い制度だ。しかし、独立した彼らが農業生産法人を立ち上げれば、パソナに人材派遣を 依頼する可能性が出てくる。  異業種企業による農業ビジネスの行く末は、こうした本業への還流が見込み通りに実現できるかどうかにかかっているといえそうだ。

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