2008-07-08

「こいつじゃ無理だ」と決めつけない――社内IT人材の育成術

:::引用:::

 トップがIT投資を迷う理由の1つに、人材の不足がある。

 確かに、人材不足は企業規模が小さくなるほどよく耳にする話である。大企業でも、事業部・事業所・部・課と事業単位が小さくなるに従って、人材に悩むケースが少なくない。例えば、プロジェクトチームに供出する人材がいなくて悩む部署をいくつも見てきた。

 しかし、先入観に捉われてはいないか。ITやプロジェクトチームは難しいもの、よほど気の効いた人材をあてがわないと勤まらないだろうと考えてし まい、目の前の人材を見て「こいつじゃ無理だ」と決め込んではいないか。そもそも人数が足りなくてラインから引き抜くことは全く不可能だ、と決め込んでは いないか。

 しかし、筆者の経験から「その気にさえなれば、人材はどうにかなる」、「こいつじゃ無理だと思った人間でも、期待すると意外と光る」、「人数が足 りないなら足りないなりにやり方がある」と断言できる。理屈を語るよりも、筆者の経験した実例を示す方が納得してもらえそうだ。

 昔の話で恐縮だが、筆者自身の経験である。

 筆者は、いわゆる「量産」を主流とした工場で非量産部門に勤務していたことがある。コンピュータシステムは、当然ながら量産管理指向であった。少 数派の非量産管理は長年にわたって情報システム部門から見向きもされなかったし、幹部も非量産管理のコンピュータ化に無関心だった。ある時筆者は,非量産 製造部独自でコンピュータシステムを構築することを思い立った。幸いにして関係者の努力のかいがあって設備投資の伺いは認可されたが、そこからが問題だっ た。自分たちの手でシステムを構築しなければならなかった。

 昨日まで製造現場の部品倉庫で部品の出し入れを黙々と担当していた、工程管理で現場を駆け回り怒鳴り合っていた、あるいはさっきまで頭巾を被って 現場の事務処理や連絡に駆け回っていた、男女数名の社員たちを、情報システム部門にお願いしたり、社外の研修会に派遣したりして、即製のシステムエンジニ アやプログラマー、オペレーターとして育てようとした。無謀だという周囲の批判もあったが、筆者は必死だった。

 彼らは、決して優秀とは見なされていなかった。しかし、見事に期待に応えてくれた。「自分たちの手でシステムを構築するのだ」というモチベーションの高さもあったろう。量産大工場の中に、初めて非量産管理システムが構築され、稼働させることができたのだ。

 その後何年かして、筆者が製造課長から情報システム課長に配属換えになった時、ふと思いついたことがあった。当時、製造部では生産管理担当者の若 返りを図ったり、さらにコンピュータによる生産管理業務の合理化が進んだりしたこともあり、何人かの年配者や評価の良くない人材が余剰人員となっていた。 彼らを情報システム部門で使えないか。突飛もないアイディアに、幸いにして当時の勤労課長が興味を示してくれた。かねてからいた情報システム部門の係長た ちは、さすがに戸惑っただろう。しかし、製造部門から連れてきた連中は、ここで適応しなかったら行き場所を失うとばかりに必死だった。結局、彼らはそれぞ れSE、プログラマー、オペレーターとして何とか一人前に育った。

 ただし、すべてがうまく進んだわけではない。連れてきた数人の中の年配者2人は、適応することができなかった。古巣へ帰すわけにもいかない。情報 システム部門に居場所を与えなければならない。庶務事務的な仕事、改善活動や工場運動の取りまとめ、課員の躾教育などに、彼らは懸命に取り組んで居場所を 確保した。

 次に筆者がコンサルティングを依頼された零細企業A社の例である。

 A社はわずか10名足らずの販社である。親会社との関係でERPを導入せざるを得ない状況になった。しかし、情報システム部門などもちろんない し、コンピュータを理解する要員などまったくいない。社長に次ぐナンバー2の50代のB取締役資材部長1人が、ERP導入プロジェクトメンバーになり、ベ ンダーと折衝に当ることを買って出た。

 B部長はコンピュータについて知識も経験もない。B部長は必死になってベンダーにくらいついた。肝心の資材の仕事は、B部長の補助をしていた女性 事務員C1人に負荷がかかった。Cも必死である。Cは資材業務で分からないことを質問するために、ERP導入準備にかかりっきりのB部長のかたわらに、最 初は朝から付きっきりで離れなかった。補助業務しかしていなかったCは、急速に資材業務を身につけて行った。3カ月ほど経って、CはB部長に頼らずに1人 立ちできるまでに育った。やがてB部長は、システム導入補助要員として女性事務員を採用して、教育を始めた。B部長は、彼女を一人前に育てるつもりでい る。かくして、A社のシステムは稼働を始めることができた。

 3つの例を挙げることで、これ以上余計なことを語る必要はあるまい。トップがその気になれば、あるいはキーマンが完全にコミットメントすれば、人材の問題などどうにでもなるのである。トップは、人材がいないと逡巡する必要はない。今すぐ、前を向いて動き出すべきである。

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