2008-06-12

豊島 信彦の早耳・聞耳 亜細亜マーケット ベトナム、凋落するか新興国の星 

:::引用:::

 この1カ月ほどの間ベトナムで起こっていることは、ベトナムを多少知るものにとっては目を疑うばかりだ。

 目立つのは株価だ。ホーチミン市場上場151社で構成されるVN指数は年初から57%下げている。昨年3月の高値からはちょうど3分の1。もちろん、世界で最悪のパフォーマンスだ。

ベトナムの通貨と株価

 政府が手をこまぬいていたわけではない。3月25日にはグエン首相が市場対策を指示し、株価の変動幅を制限したのを皮切りに、国営ファンドによる買い支え、金融機関の株式関連貸付けの支援など、あの手この手の対策が展開された。

 それらが、いったんは効果があるかに思えた。翌日からベトナムの代表的な株価指数であるVN指数は11日連続で上昇した。といっても値幅制限があるのでこの間に同指数は496ポイントから539ポイントに9%上昇しただけだが、ともかく下げ止まった。

 しかし、問題はそこからだ。5月のメーデー休日が明けた5月5日から6月4日まで実に20日連続の下げである。VN指数は395ポイントと市場対策を実施してからでも21%の下落だ。

ベトナムVN指数

■「ベトナムは通貨危機に向かっている」

 より深刻なのは通貨、ドンの方かもしれない。通貨は政府が厳しく規制をしており、表面上はそれほど下落していない。ドンの対ドルレートは、年初の1万6000ドンから6月4日の1万6265ドンまでわずか1.5%の下落だ。問題はNDF(ノン・デリバラブル・フォワード)と呼ばれる先物相場にある。

 NDFは流動性の少ない新興国通貨などで用いられる投資手法で、現物の決済を伴わず一定期日の先物だけを差金決済で取引する。この手法は人民元の取引でも用いられており、ヘッジや投資目的に使われる。

 そのドンの6カ月先物はグラフのように3月末から下落し始め、5月に入ってからは一気に急落、6月4日の時点で1万9615ドン/ドルに達した。現物に比べて21%安い水準だ。さらに12カ月ものになると30%安。

通貨ドン相場

 5月28日、モルガン・スタンレーは「ベトナムが通貨危機(Currency Crisis)に向かっている」、とのショッキングなリポートを発表した。「インフレの進行と貿易赤字の拡大から通貨は調節不能な段階に来ており、 1997年のタイの通貨危機に似ている」とまで言及した。

 確かに、インフレは深刻だ。5月の消費者物価上昇率はついに25%に達した。16年ぶりの高さである。伸び率は7カ月連続して前月から加速してい る。エネルギー価格の上昇に加え、ここにきてコメなどの食料品価格の上昇が顕著だ。通貨安による輸入物価の上昇も痛い。また、貿易赤字が拡大(1~5月は 前年比3倍増の144億ドル)していることもきつい。

 中央銀行は5月19日に基準金利を8.75%→12%に大幅に引き上げ、銀行の預金金利の上限も12%から一気に18%となったが、為替先物市場は前述のように、むしろ下落に弾みがついた。

■しかし、光は失せず

 ところが、である。モルガン・スタンレーが通貨危機という刺激的な表現を使ったにもかかわらず、国際社会では意外に冷めた声も聞こえる。いわく「モルガン・スタンレーは通貨安を狙って仕掛けているだけではないか?」(シンガポール在住ヘッジファンド)と。

 というのも、この1カ月ほど、主要な格付け機関が揃って、ベトナムの債務格付けについて変更せずに、その見通しをネガティブ(弱含み)としただけだからだ。つまり、格下げの可能性もあるが、まだ様子見なのである。

 直近ではムーディーズが6月4日に「インフレと国際収支への圧力に対する政策の取り組み不足」を理由にネガティブアウトルックを発表している。株式市場にしても外国投資家が目立って売っているわけではなく、むしろ4月あたりまでは買い越していた。なぜか。やはり、ベトナムの潜在成長力への期待が高いからだろう。

ベトナムの経済指標

 豊富で質の高い労働力、社会の安定性、東南アジアの中心地で良港に恵まれた地政学的環境、そして豊かな資源。日本からの政府開発援助(ODA)も中国に次ぐ規模だ(2006年、支出純額ベース)。

 国際的な会計事務所のプライスウォーターハウスクーパースが「2050年までの間、世界で一番伸びる国はベトナムとなりそうだ」とのリポートを発 表したのは今年3月12日のことだ。今のところ国際社会はベトナムへの期待を失っていないようだ。1~5月の海外からの直接投資(FDI)は81億ドルに 達した。

■まだまだ未熟な株式市場

 ベトナムでは株価が急落しても全国的な問題としては騒がれていないようだ。まだ国民への浸透度が低いこと、市場規模が小さくて経済への影響が小さいことが原因だろう。

 ホーチミン市場、ハノイ市場合わせた時価総額合計は150億ドルと日本の300分の1、アジア14市場ではスリランカについで下から2位の規模 だ。投資家にしても海外から主だったプレイヤーは参加していない。投資信託の設立が相次いできたが、小さい市場ゆえ、クローズドエンド型で何年も売却でき ないタイプが主流だ。

 ホーチミン市場では相場が下落している最中、5月27~29日に取引所システムの故障のため売買停止となった。一部には下落防止のためにわざと止めたのではとのうがった見方も出たが、どうやらホストコンピューターのダウンが原因だった。

 要するに未熟なのだ。株式市場は取引制度が整っておらず、市場や上場企業の透明性に欠け、投資家もアナリストも人材不足だ。そこで市場は自ら情報 を作り出す、つまり噂話で動くのだ。また、政府の経済政策にしても一貫せず、2カ月ほど前までは成長重視でインフレ抑制は後回しにしてきた。

 しかし政府はようやく、5月19日に今年のGDP(国内総生産)成長率見通しを8.5~9.0%から7.0%に引き下げ、インフレ退治を最優先課題に挙げた。幸いなことに、国際社会の間ではベトナムはまだ光を失っていない、と見る向きが多いだろう。

 ただし、1980年代の韓国、90年代後半のタイも潜在成長力が高いと言われながら、経済運営につまずき大きな痛手を負った。市場ではベトナムが IMF(国際通貨基金)に資金援助を求めるのは、そう遠くないとの見方もある。前項で示した経済指標のうち、5月の分が5月中に発表される国である。情報 が不確かで少ないところだけに注視する必要がありそうだ。


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