2008-07-02

【第13回】疲弊するIT部門(6)~人が育たない人材育成、問われる人間力

:::引用:::

停止状態に陥ったIT部門の人材育成

 1990年代前半にバブルがはじけて以降、ITコスト削減のために人員削減、ダウンサイジング、ERPシステムの導入、ホスト撤廃と進めてきた が、どれも道半ばという状態で現在に至り、サーバの乱立、撤廃できないホスト、統合できないERPシステム、IT人材不足という課題を抱えて出口が見えな い状態に陥っている。

 IT部門に新入社員が配属されなくなって十数年、バブル最盛期の入社組が、いまだに若手と言われている。IT人材不足のため、システムの企画提案から開発、保守までもSIer頼みになるようになり10年以上になる。

 この間、IT部門の人材育成は停止してしまっている。変化のスピードは上がり、今のIT部門では、自力でITシステムを立て直す力はなくなりつつある。

こういう背景の中、疲弊するIT部門の復活には人材育成が急務である。

 わたしは製造業に勤務していた中で、10年近くIT部門で新人教育を担当していた。本格的なIT教育をする前も毎年プログラミングの標準化教育を 担当していた。上司がわたしに先生を任せた理由は、ITの素人に手をかえ品をかえ、分かりやすく説明する能力が買われたからだ。

 わたしは、ITの専門分野において特に深い知識も他人に自慢できるスキルもないが、難しいことを分かりやすく例えるのがうまいという特技がある。恐らくこれが、教育や課題解決に必要な能力なのではないだろうか。

バブル期の新人教育で学んだこと

 わたしが新人教育をしていた1985年~95年までの10年の中で記憶に深く刻まれているのが、1990~92年のバブル期大量採用の3カ年だった。

 毎年40人を超える新人を教えるというのは本当に大変なことだった。教育に関しては素人だったので、まず目標をどこに置くのか、そしてどのような カリキュラムを組めばいいのか、実に苦労した。加えて、わたし自身もまったくの素人でIT部門に配属されたため、プログラム言語の研修から始まり、2、3 年かけて、ようやくホストコンピュータのバッチシステムの開発ができるようになったという経験がある。

 ただし、決して自分たちの受けた教育が良かったとは思っていない。なぜかというと、システムとは何か、システム開発はどうあるべきかなどIT部門 としての生産性や品質管理のIT統制という面と、エンドユーザーに対するサービスという視点でどうあるべきかというそもそもの考え方を、誰も教えてくれな かったからである。

必要なのは人間教育

 企業の中で「IT部門はサービス部門である」というのがわたしの考えである。良いシステムとは何か? それは、最新のハードウェアやパッケージソ フトを駆使してレベルの高い技術で構築したものではなく、単純に仕事の役に立つシステムだと言える。この単純な考え方を新人に感じてもらうことは難しいか もしれないが、研修を終えて現場で開発に携わる中で、自分たちの役割はこうなんだということを認識できる、そうした基本を体験させてあげるようなカリキュ ラムを考案していた。

 一般的な新人教育といえば、コンピュータ入門、プログラミング研修、DB管理、JCL(ジョブ制御言語)、JOBフロー、OS(MVS、 UNIX、Windows、Linuxなど)、パソコンの操作などである。しかし、これはあくまでIT専門研修であって、システム開発に必要な現場の社員 からヒアリングするためのコミュニケーション能力や、業務の流れを分析して改善を図るための概念形成力、洞察力、企画力などはまったく入っていない。

 では、これはどこで習得するのかというと、OJT(On-the-Job Training)である。最低限のIT知識だけを集合研修で学習し、その知識の生かし方は現場に配属後、先輩に実務の中で教わるというのが通常の方法で ある。しかし、それでは育つか育たないかは先輩次第になってしまう。はっきり言って、若手を育てるのが上手な先輩社員は非常に少ない。IT部門の先輩はコ ミュニケーションが苦手な社員が多い。結局、新人が育つか育たないかは、本人次第というのが現実ある。

 そこで、わたしが新人研修の中に多く盛り込んだのが、課題解決のワークショップやその研究結果をみんなの前で発表するプレゼンテーションであっ た。価値観の違うメンバー同士で意見をぶつけ合い、課題の原因究明や解決策を見出すには、お互いの考えや意見を認めた上で、本質を見つける執念がないとで きない。また、それを発表して分かってもらうには、内容をいかにわかり易く適切に説明するかという創意工夫が必要になる。IT専門教育とはあまり関係ない ように見えるが、5年、10年経つとこれが実って、花咲く人が出てくるはずである。育つのは本人次第といいながらも、そのDNAが芽を出すことで将来の中 核社員を育てるのがわたしなりの育成戦略であった。

 これ以外にも、朝礼での所感をわたしが審査し、できが悪い場合は翌日も朝礼当番というルールを作った。ただし、これは新人には大変不評だった。結局、わたしが面白くないと思うとNGを出してしまうので、「岡さん好みの話」をするのは難しいということになってしまった。

優秀で冷たいコンピュータ

 さらに、わたしが重点を置いたのが、コンピュータは正直で、融通が利かない機械だということをしっかり認識させることだった。初めてプログラミン グに取り組むと、必ず一度はコンピュータは本当に正しく動くのかと疑いたくなる。自分の作ったプログラムは正しいのに、思い通りの処理結果が出てこない。 学校の勉強ができた人ほどコンピュータを疑う。

 わたし自身も、新人時代に自分のプログラム開発をしていて、どうしてもプログラムバグが分からない時に、プログラムを直さずにコンパイルを繰り返 した経験がある。でも、結局コンピュータは正しく、自分のプログラムが間違っているということを何度も思い知らされた。やはりコンピュータは正しく、正し い結果が出ないのはプログラムが間違っているからだということを心底思えるようになるには時間がかかった。

 大手製造業に入社してくる新人は優秀だ。プライドは高く、なかなか自分のミスを認めることができない人が大半だろう。

 コンピュータは「0ゼロ」と「Oオー」を間違えたり、文字列と数値の定義を間違えたりしても、意図した通りの結果を自分に返してはくれない。人間 なら見れば分かる間違いを、コンピュータは冷たく定義通りに処理するのだ。コンピュータとは優秀だが冷たいということを肝に銘じることが、ITと付き合っ ていく上で越えなければならない最初の壁である。

 一人前のSEになって開発、維持メンテナンスをやるときに一番大切なことは、事実を正面から受け止めることだ。トラブルが起こったときも、まず事 実を認めること、そして誰が悪いかではなく、その影響の大きさ、対策の緊急性、考えられる仮対策、真因を調べる手段、本体策と再発防止策と手際よく片付け ることができなければ、この業界では役に立たない。 蛇足だが、システムトラブルの原因がなかなか分からないときは、非常に単純な原因であることが多いというのがわたしの持論である。頭の中でいくら考えて いても自分のロジックの繰り返しで、見落としている部分は絶対に出てこない。基本は、事実を1つ1つ並べて書き出していくこと。そうすれば、必ず見落とし ているところが見つかる。勝手な思い込みと言うのが、システムトラブルの復旧を遅らせることが多いものだ。


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