1993年,初めて北京を旅行しました。そのとき見た長安街(北京にある大通り)に漂う風情,そして王府井(北京中心部の繁華街)周辺の古きよき時代を感じさせるたたずまいを忘れることができません。
それが今や,近代的な高層ビル群に変わってしまいました。隣国の経済発展は喜ばしいことですが,外国人観光客の目で見ると,北京の古きよきものが失われ てしまったことは,いささか残念です。もちろん,ずっと現地市場の変化を見て,また現地の人と交流していると,道路やビルそして会社は変わっても,人の本 質的なところはあまり変わっていないと考えています。
各国で高騰する人件費が引き金に
北京で見た街並みの移り変わりが示すように,ここ数年間,オフショア・アウトソーシングの状況は大きく変化しました。日本企業がオフショア・アウ トソーシングに取り組む「狙い」や「やり方」の本質は変わりませんが,アウトソーシング先の国や地域,委託する分野,業務内容,事業量などが格段に広がり ました。今回はその変化についてお話しします。
まずは欧米企業を主な顧客とするインド。今から8年前の2000年,インドのIT市場規模は1兆2000億円ほどで,そのうちソフトウエア及び サービスの輸出は6000億円くらいとされています。しかし,2007年にそれらの輸出は約3兆円となり,5倍に成長しました。今やインドは世界的なIT 大国です。
中国のIT産業も変わりました。2000年にソフトウエア産業の売上高が約9000億円,ソフトウエア輸出は約500億円とされていましたが, 2007年にソフトウエア産業売上高8兆円以上,ソフトウエア輸出が約2000億円になったといいます。数字はあくまで参考程度に見るとしても,中国のソ フトウエア産業がものすごい勢いで成長しているのは事実です。日本からのオフショア開発も,当初は上海・北京が中心でしたが,現在では東北地方の大連や上 海・杭州の華東地域,さらに西安などの西部地区にも拡大しています。
そして,市場の成長に伴い,各国技術者の人件費が急上昇しました。これがオフショア・アウトソーシングの世界地図を塗り変えています。
日本や欧米の企業は,より低いコストを求めて,インドや中国の別の“地方”にアウトソーシング先を移す動きが顕著となっています。一方,コストが 上昇した地域のアウトソーシング先(ベンダー)は,高付加価値,高品質,高価格の開発・サービスに事業の軸足を移しています。同じ地域において,同じよう な仕事をいつまでも低コストで委託することは難しくなっているのが実情です。
インド,中国の「次」にくる国・地域はどこか?
欧米企業は,インド・中国に加えて東欧や中南米などへアウトソーシング先を増やしています。そして日本企業は,インド,中国のほかに,ベトナム, フィリピンなど東南アジアへ熱い視線を送っています。筆者は1995年頃からベトナムの技術者や企業とコンタクトしていますが,当時,日本でベトナムの名 を口にする人はほとんどいませんでした。
1990年代半ば,フィリピンのマニラで一仕事を終え,ベトナムのホーチミンに出張したことがあります。当時,ホーチミンの道路にはアオザイ姿の女性や自転車があふれ,車も少なく信号機もありませんでした。別の時代にタイムスリップしたような錯覚を覚えたものです。
そんなベトナムがIT分野で脚光を浴びているのは,インドや中国より低いコストでした。
しかし,そのホーチミンも今では発展し,物価と技術者の賃金が上昇しました。ソフトウエア開発における品質も向上しましたが,コストも上がってい るのが現状です。アウトソーシング先として,ホーチミン以外の地方,あるいはベトナム以外の国に関心が移っていくのは,時間の問題と言えるでしょう。
急拡大がもたらす「きしみ」
より低いコストを求めてアウトソーシング先を変えるのは当然の経済活動ですが,それによる悪影響もあります。
1990年頃,シンガポールの優秀な技術者に仕事を依頼したことがありましたが,それはすぐにフィリピン,インド,中国の技術者へと依頼先が変化しまし た。これからも変化し続けることでしょう。そのとき,アウトソーシングした業務を委託先任せにしていると,その局面のコスト削減はできても,次の地域展開 につなげることは難しくなってしまいます。特定地域のブームが必ず終わることを認識した上で計画を立てる必要があります。
また,急拡大する市場に「経験の少ない新しい人材」が流れ込んでいます。これが,つまらないトラブルを繰り返す原因にもなっているようです。
アウトソーシングする業務の内容は,ソフトウエア開発にとどまらず,サービス,そしてコールセンターなどのBPO(ビジネス・プロセス・アウト ソーシング)にまで多様化しています。日本の大手企業の中には,インド,中国などに数千人規模の人員を抱えているところも増えました。さらにオフショア・ アウトソーシングの事業量は増え,展開地域も拡大しているので,日本側,オフショア側とも経験の少ない新しい人材が増えました。その結果,新しい担当者に 替わるたび,過去に経験した同じようなトラブルを繰り返すケースが多くなったように思います。
地域ごと,国ごとにバラバラに対応し,経験やノウハウを蓄積せず,先輩から若手への技術伝承も行っていないケースが見受けられます。これは,日本国内の2007年問題,企業のリストラ,長期雇用体制の変化なども影響しており,対策が急務です。
グローバル市場でリソースの奪い合いに
日本企業がオフショア・アウトソーシングを検討するとき,これまでなら頭の中に「日本企業 vs. オフショア企業」という構図があったはずです。各社それぞれの事業戦略,専門分野,狙いにより,「中国重視」「インド重視」,リスク・ヘッジとしての「東 南アジア指向」など,異なったアプローチが見られますが,基本的な構図は「日本企業 vs. オフショア企業」でした。
しかし,現在は「日本企業 vs. 欧米企業」という構図も意識する必要があります。インド,中国および東南アジアにアウトソーシングしているのは日本企業だけでなく,欧米企業もいます。し かも,欧米企業は東欧や中南米などにも手を伸ばしており,オフショア・アウトソーシングのノウハウは豊富です。優秀な技術者がいれば,高額な報酬を与えて 引き抜いていきます。今後は,さらに,「日本企業 vs. アジア企業」という構図も意識する必要があるでしょう。
「海外リソースを使う」というだけで強みとなる時代は終わりました。今や,グローバル市場で日本や海外のリソースをいかに効果的に活用して,自社の競争力を強化するかが真の課題となっています。
いつまでも優秀な人材がIT業界に集まるとは限らない
日本企業の経営層が海外へのオフショア・アウトソーシングの方針を決定しているものの,その具体策の立案や運用は現場任せになっているところが多 いようです。企業として,今後の海外市場の変化,ビジネス環境の変化,各種のカントリー・リスクに対して防備してゆくことが求められています。
海外IT市場での離職は増加しています。ある地域では,日本企業が現地でIT技術者を採用しても,3年でほとんど辞めてしまう例があります。これ までの日本企業がとってきた「辞めてほしくない,何とか辞めないように」という対応から,「辞めないような魅力を提供する」「辞めても何とか対応できるよ うにする」といった取り組みが求められています。
さらに,現在は各国のIT市場に優秀な人材がたくさん就職していますが,その傾向に変化が見られるのは否めない事実です。今後の海外市場の変化とその対策が気になるところです。経験的に,同じ状況はそう長く続かないと感じています。
今後の市場変化に対応してオフショア・アウトソーシングの質・量を拡充していくため,将来をにらんだ取り組みが必要な時期にさしかかったと言えるでしょう。
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