2008-06-13

偽造請負:IT

:::引用:::

 フリーとして活躍するITエンジニアにとって、法律の知識は必須であるといえるだろう。本記事では、@IT自分戦略研究所主催のカンファレンス「フリーエンジニアのための法律入門講座」でのセッションから、特に「偽装請負」に関する法的知識をまとめた。

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 セッションの担当は、クレア法律事務所所属の弁護士 佐藤未央氏。佐藤氏は元ITエンジニアであるため現場の状況に明るく(参考記事:「ITエンジニア経験を生かし法律のプロに!」)、ITエンジニアを取り巻く社会環境にも関心が高い人物だ。これからの社会をつくっていくITエンジニアが、どのような視点を持って業務に臨むべきかを、法律の観点から語ってくれた。

偽装請負とは何か

 偽装請負とは、契約上は業務請負であるのに、実際には人材派遣になっている状態を指す。

 2006年に大手新聞社が行った報道によって、社会問題として広く認知されるようになった。大手メーカーグループなどにおいて、一部偽装請負が常態化していたことが明らかになり、改善が急務であると認識されるに至ったのだ。

 IT業界も、この違法行為と無縁ではない。むしろ常駐という勤務形態の多いIT業界では、偽装請負が発生しやすいといえる。

 ただ、違法行為として認識こそされているものの、実際どういった状態が偽装請負に当たるのかは十分に理解が行きわたっていない面がある。

 佐藤氏は、企業と社員の契約関係を単純化した図で、分かりやすく偽装請負の解説を行った。

図1 ユーザーX社、業務を請け負ったY社、Y社の社員A

 通常の業務請負なのか偽装請負なのかは、主に業務の進行方法に従って判断される。要点は「誰の指示で動いているのか」である。

 図1を 見てほしい。X社は自社システム開発について、Y社と業務請負契約を締結している。実際の開発はY社の社員Aが担当している。この場合、社員AがY社の社 内規定に従い、Y社の指示を受けて働いていれば問題はない。しかしX社が社員Aに直接仕事の指示をしていれば、偽装請負ということになる。

 より正確には、適正な請負であると認められるには「労務管理上の独立性」「事業管理上の独立性」を持っているかどうかがポイントとなる(参考:東京労働局「情報サービス業に於ける請負の適正化のための自主点検表」)。

 X社が社員Aに指示をしたいのであれば、Y社に要望を提示し、Y社から指示させる必要がある。社員Aをフリーエンジニアに置き換えてもこれはまったく同じで、X社の社内規範に従って行動する必要はない。

  なぜ、X社が社員Aに指示をすることが問題なのか。X社が自らの社内規範にのっとって社員Aを働かせるということは、社員Aを実質的にはX社の社員として 勤務させていることになる。「請負」であるように偽装して、実際は派遣社員として業務に当たらせていることが問題なのだ。この場合、社員Aが残業をしよう と業務でけがをしようと、X社は何ら保障をする必要はないことになる。法律的には、X社と社員Aの間には契約が存在しないからだ。

 表1に、請負と労働者派遣の違いをまとめた。


請負 労働者派遣
関連法規 民法632条 労働者派遣法2条1号
特徴 雇用者と使用者の一致 雇用者と使用者の分離
労働者への
指揮命令
注文主から労働者への
指揮命令なし
派遣先から労働者への
指揮命令あり
表1 請負と労働者派遣の違い

 IT業界では、業務の性質上、負傷などが少ないため、労働災害補償などで法律問題に発展するケースが少なく、これまで問題が顕在化してこなかった。しかし実際は、偽装請負はかなりの数に及んでいると見られる。

 今回のカンファレンスの来場者には、偽装請負についての危機意識が高い人が多かったようだ。佐藤氏が最初に出題した「このケースは偽装請負に当たるか?」という挙手形式の質問に対して、ほとんどが正解していた。

ITエンジニアが、不利益を回避する方法

 実際 に偽装請負と判断された場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科せられる可能性がある。偽装請負は先に挙げたように、業務請負に見せ掛けた労 働者派遣と解釈されるため、罰則は労働者派遣法に則する。罰せられるのは企業側であり、不当に働かされていたITエンジニア個人が罰せられることはない。 ITエンジニアが被る不利益は法律的な処罰ではなく、労働の中で当然与えられるはずの権利が保障されない状態に陥ってしまうという点である。

 こういった事態を避けるためにも、各契約形態がどのような側面を持ち、民法上でどのように区分されているのかを正しく理解しておくことが必要だ(表2)。

内容
雇用
(民法623条)
当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約束し、相手方がその労務に対して報酬を支払うことを約束することによって成立する
請負
(民法632条)
当事者の一方が相手方に対して仕事の完成を約束し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束することによって成立する
委任
(民法643条)
当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって成立する
表2 雇用、請負、委任の民法上の違い

 雇用は、すべての労使関係の基本となる契約である。使用者と労働者の間では、労務を行うことに対する約束が発生し、労務それ自体に対して報酬が発生する。労働者は仕事や勤務時間の裁量権がなく、それらは使用者が提示する必要がある。

 請負はこれとは異なり、請負人が注文者に対して「仕事の完成」を約束し、注文者は「仕事の完成」に対して報酬を支払うというもの。請負人は注文主から独立した立場にあり、業務や勤務時間に裁量がある。そして仕事が完成して初めて、報酬を請求することが可能となる。

 委任は仕事の完成を必要としない請負契約と考えれば分かりやすいだろうか。労務それ自体に対し報酬が発生するが、業務や勤務時間の裁量は請けた側に任されている。

  フリーエンジニアの立場としては、発注者からの注文を聞き入れざるを得ないこともあるだろう。もちろん契約外の内容なら受け入れる必要はない。しかし、た だ単に「いや、当初の契約ではそこまでする必要はありませんから」と要求をはねつけてしまっては、仕事がスムーズに進まない。

 そこで佐藤氏は、契約書の条項に工夫をするべきだと提案する。例えば、以下のような内容を請負契約書に盛り込んでみよう。

第○条 経済事情の変動、業務内容および進行の変化などにより報酬が不相当となったときは、甲乙協議のうえこれを改定できるものとする。

 あくまでも一例だが、こういった文を契約書に記すことで、業務に変更が必要となった際、協議の下に報酬を変更するという柔軟な対応が可能となる。発注者にとっても、業務内容の変更を依頼したいときに話をしやすいというメリットがある。

正しい法律知識で自己防衛を

 佐藤氏の質問に対し、来場者のほとんどが正しく偽装請負を見抜いたと先に述べた。しかし、偽装請負の実態を把握しつつも、業界の慣例やそれまでの付き合いで偽装請負に近い労働状態になってしまうケースは多い。

 佐藤氏による解説の後に質問者として立ったITエンジニアは、フリーとして独立し、所属していた会社から業務委託を受けているが、作業内容や勤務時間に関する注文が後を絶たない現状を語った。この状態は、当然のように偽装請負と判断されてしまう。

 こういったことは、独立後のフリーエンジニアが目の前に突きつけられる問題であるのは間違いない。最終的に自分と自分が得るべき報酬を守るには、契約書をきちんと作成することが必要となる。

  ネット上には契約書などの書面テンプレートがあふれているが、それをそのまま利用するのは極力避けた方がいい。契約書は、発注者と請負人の合意関係を承認 するものであると同時に、任意規定の部分を自分に有利になるように修正する道具でもある。その意識を持ち、仕事を進めていく中で必要となり得る法律事項を 想定して慎重に条文を作成することが、自分の権利を守ることになるのだ。

 契約書内には当然、作成された成果物の権利など も盛り込まれる。プログラムは著作権法で管理され、発明事項は特許権によって管理される。このように、IT業界で必要となる知識はさまざまな法律にまた がっている。それをきちんと整理し、自分を十分に守れる契約を結ぶことが重要だ。

 IT業界における契約書のモデルとして、経済産業省が「情報システム・モデル取引・契約書」を作成しているので、契約書面の一例として参考にしてほしい。

 正しい法的知識を持つことは、自己防衛だけでなく、自分の利益を大きくすることにもつながるのだ。


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