2008-04-04

中国開発者から見た変な日本人リーダー

:::引用:::
この数年,日系ソフトウエア企業の中国オフショア開発が盛んになっています。しかし,期待したコスト・パフォーマン スを実現できなかった案件も少なくないでしょう。「中国側に仕様説明を行ったときは“すべてOK”の回答だったのに,期待と異なる成果物を納品された」 「せっかく育てた中国人開発者が,すぐに会社を辞めてしまう。開発力が大幅ダウンだ」──などの,日本人開発者のクレームをよく耳にします。

 仕様の解釈の違いや頻繁な転職などの理由を,中国文化の中に探ることも確かに重要でしょう。一方で,それらの案件に参加している日本人開発者(特にリーダーと呼ばれる方々)も,自分自身の行動を失敗の一因として考える必要があると思います。

 中国人開発者の間で,自分について何かを議論しているようで気になったことはありませんか? 中国人開発者にアピールするために「日中友好」を頻繁に口にしたことはありませんか? 不具合の原因ばかり追求したことで中国人開発者の反発を受けたことはありませんか? もしかしたら,あなたは中国人開発者に嫌われているかもしれません。

 この連載では,実際のオフショア開発現場で私が経験したことや感じたことを紹介していきたいと思います。この中から少しでも中国人開発者に接するヒントを得ていただければ,と願っています。

 第1回のテーマは「中国開発者から見た変な日本人リーダー」です。双方の慣習や文化をよく知らない中国人開発者と日本人リーダーの間で,起こりがちなズレや誤解の典型的なパターンと言えるでしょう。こういうことが日常的に起こりうるということを覚えておいてください。

失敗したのに,なぜ笑いますか?

 私は大学を卒業した後,上海のある日系ソフトウエア会社に就職しました。そこではほとんどのプロジェクトで,テスト段階になると,中国チームと一緒にテストと不具合修正を行うために,数名の日本人開発要員が出張してきました。

 日本人開発者は本当によく働くし,中国人開発者に対しても惜しまずに技術と知識を教えてくれました。そのおかげで,日本人開発者は中国人開発者の 尊敬と信頼を得ると同時に,そのプロジェクトの重大さもよく伝わってきました。でも,いくつかのシーンで,中国人開発者から見ると,不可解な行動がありま した。

◆シーン1

 ある日,日本の本社から一本の国際電話がかかってきました。日本でのテストで新たな不具合が見つかって,緊急に対応をして欲しいということのようです。上海にいる日本人リーダーがその電話に応対しました。

「はい,○○です。ええ? 嘘でしょう? あり得ねー! あはは(笑い声),私のミスです,すみません,あはは,すぐに修正します,ははは…」。その日本人リーダーは笑いながら,自分のミスを認めたようでした。

 日本人リーダーのその対応を聞いていた中国人開発者の間で,次のような会話が交わされました。

「このプロジェクトの優先度は,それほど高くなさそうだね? だって,ミスしても怒られないようだから。最近,ずっと神経を張って仕事してたけど,これからはリラックス,リラックス」
「確かに。私も同感です。ところで,うちの日本人リーダー,大丈夫ですか? ミスしたのに喜んでましたよ。厚かましい。無責任な人間なら困ります」

ミスしたのに喜んでいる?
ミスしたのに喜んでいる?

◆シーン2

 別の日に,ある技術課題について,中国人開発者がこの日本人リーダーに質問しました。
中国人開発者:「すみません,この設定でデータベースがうまく動かないのですが,○○○さん,何かアイデアがありますか?」

 日本人リーダーは,設定を変えるなどして試してみましたが,やはりうまく動きませんでした。そして「わからねー! ははは(笑い声)」と答えました。

 昼食のときに,この日本人リーダーのことが,中国人開発者の間で話題に上りました。

「仕事にかかわる技術がわからなかったら,急いで調べなければいけないのに,どうして笑えるのか? 何が面白いのか?」
「事の重大さをごまかしているのではないですか?」

◆シーン3

 私が,ある日本のソフトウエア会社に派遣で勤務したときのことです。担当していた部分に不具合がありました。不具合票をもらったときに,非常に緊張して「すみませんでした」を繰り返しました。その後,
「あの中国人開発者,大丈夫か?」
「あんなに緊張して,もしかしてまともに開発ができないのでは?」
という日本人開発者の会話を耳にしたとき,私はどうやって責任感を表せばよいのか,非常に困惑しました。

 私たちは,例えば,小学生のときにテストの成績が悪かったり,衛生チェックでハンカッチの携帯を忘れたりして,厳しく先生に怒られた場合,真剣な 表情で先生に頭を下げなければいけないと教育されました。真剣な表情は,その過ちに対する認識と緊張を表し,改善に努める決心を示すからです。逆に,過ち を起こしても,緊張しない人間は,無責任で将来がない人間と思われるのです。

 日本語の「厚顔」と同じ意味の言葉で,中国語に「臉皮厚」(臉は顔の意)というのがあります。過ちを起こした子供は親に平手でたたかれるわけですが,顔の皮が厚かったらこの痛みを感じないので,無責任で恥知らずのままでいられるという意味です。

 少し前の中国の雇用制度では,勤務態度や業務能力を理由に会社に解雇される恐れがありました(新しい中国の労働法では,勤続8年以上で終身雇用)。仕事で失敗して,業務能力が問われるときに,「臉皮厚」と評価されてしまったら,恐ろしい結末が待っていたのです。

 ところで,「中国人開発者は,自分の過ちを共有せずに黙って修正してしまう。その結果,開発の進ちょくが遅れる」という日本人開発者のクレームも よく耳にします。中国人開発者がそうした行動をとる理由は,自分のミスを笑って済ます日本人リーダーに疑問を感じる中国人の考え方に隠れているのかもしれ ません。

体に良くないことを,なぜ誇りにしますか?

 私が最初に勤めた中国の日系会社では,プロジェクトの終わりや年末などに,チーム全員で飲みに行くのが通例になっていました。そのような場面で は,みんな仕事のことを忘れて,相手国の習慣や映画スターなどの話題で盛り上がります。それは,お互いの信頼関係を築く絶好の機会でした。

 ある飲み会のときに,某プロジェクトの日本人リーダーは,中国人開発者にお酒をすすめながら,自分の苦労話を持ち出しました。

日本人リーダー(以下,J):「中国人開発者は,みんな真面目でよくがんばりますね!」
中国人開発者(同,C):「開発の成績が悪かったら,怒られるばかりか,クビになる恐れもありますからね」
J:「それは厳しいですね! でもそれにしては,みんな定時になると,一斉に帰るし,あまり残業もしませんよね」
C:「それはそうですよ! スポーツジムに行ったり,家族と一緒に晩御飯を食べたり,仕事以外にもっと大事なこともありますから」
J:「うらやましい,私はよく残業しました。徹夜も多かったし。皆さんは,どのくらい徹夜ができますか?」 突然,日本人リーダーは,真剣な顔つきで中国人開発者に質問をしました。
C:「徹夜は,できるだけ避けますよ! 体に非常に悪いから」
J:「私は,最多で4徹(四日連続で徹夜すること)したことがあります」。日本人リーダーは誇らしげに言いました。
C:「そうなったら,土曜日曜は家で寝るしかありません。仕事の目的を見失ってしまいます」。中国人開発者たちは,恐怖を感じました。
J:「あの時は,土日もすべて仕事をしましたよ」。日本人リーダーは得意げにそう言いました。

 その日本人リーダーがほかの席に移った後,「体を壊すことなのに,自慢する価値がありますか? 彼はおかしいですね!」。中国人の間ではそう評価しました。「生活のために仕事をするのであって,仕事のために生活をしているわけではない」と,中国人開 発者の一人が言いました。

 日本への出張から帰って来た中国人の先輩からも,似たような体験談を聞いたことを覚えています。「日本人の開発者たちは,夜8時になっても帰らな いんですよ! 晩御飯にも行かないで,飴やお菓子だけで仕事を続けます。みんな帰らないから,私もなかなか帰りづらくて,胃が痛くて仕方がなかった。その点だけは,非常 に嫌な思いをしました」

 私の母は,よくこう言います。「人生は,1の後ろに零(0)を加えていく過程です。最初の“1”は,あなたの健康です。生まれたときに一つの零を 加えられて10になります。小学校を卒業したら100になります。そうやっていくうちに,とても大きな数字になるでしょう。でも,体を壊したとたん“1” が消されてしまうのです。そうしたら,どんなに0があっても,あくまでもゼロなんですよ!」

なぜ建前ばかりを言いますか?

 最初に,日本に来たときに,あるソフトウエア会社に派遣されました。数人の中国人開発者で一つのチームを構成し,開発業務を担当しました。開発リーダーは日本人で,我々の開発状況をチェックしてくれました。

 そのプロジェクトでは,成果主義の評価制度が採用されたため,どんなに残業しても,残業代をもらえないことになっていました。しかし,納品日が近づくにつれて,テストと不具合の量が一気に増大して,連日の深夜残業になっていました。

 中国国内の場合,残業代がなければ晩御飯を会社側が負担するのは普通なので,苦情を言うメンバーが現れました。

メンバー1:「日本人の経営者はケチですね! せめて弁当ぐらい,出してくれてもいいのではないですか。500円ぐらいなら,大したコストではないでしょう! ミネラルウォーターすら自販機で買わなければいけないなんて。欧米企業ならコーヒーもタダで飲めるって聞きました」
メンバー2:「成果主義なのですから,我慢して,たっぷりボーナスをもらえば良いでしょう」
メンバー1:「話はそうなっていますが,どのように評価されるのか,誰もわかりません。本当はサービス残業なのではないですか? 日本で仕事の経歴を積んでから欧米に行くか,帰国するか,を考えたほうがよさそうです」

 中国人開発者らの騒ぎを見て,開発リーダーがやって来ました。「大丈夫ですか? 皆さんお疲れだと思いますが,もう少しがんばりましょう!」と,彼はみんなを励ましました。

メンバー1:「○○さんは,残業代をもらっていますよね? どれぐらいもらっているのですか? 教えてくださいよ,我々は,残業代をもらっていません!」。親しくなると,中国人はよく給料について話し合います。親近感を覚える日本人の開発リーダーを 相手にしても例外ではありませんでした。

リーダー:「それは言えないんですよ,賃金状況は秘密ですから。でも弊社は,本当に皆さんを大事にしています」。やる気を失いつつある中国人開発者 たちを見て,彼は次のように言葉を続けました。「皆さんは正社員です。解雇される心配はありません。今後,皆さんが帰国してから,中国の近代化に貢献でき るように,様々な技術を教えています」

 「国民年金と国民健康保険まで自分で加入しなければいけないのに,どこが正社員待遇ですか? ボーナスももらえないに決まっています。この会社は辞めたほうがいいです!」。ほかの在日中国人開発者との交流で,日本の雇用形態を熟知しているメンバー から怒りの声があがりました。「正社員なのに帰国してもらうなんて,嘘にしても下手すぎますよね! 中国の近代化はこの会社と何の関係もないのに」

 このプロジェクトが終わってまもなく,大多数の中国人開発者はその会社を辞めました。中国人の友達の紹介で東京のほかの会社に転職したか,シンガ ポールのアメリカ系企業に転職しました。数カ月後,重大な不具合が発生したのですが,開発に参加した中国人開発者がいなくなったため,メンテナンスが絶望 的な状況に陥りました。

信用していないのなら,なぜ仕事をくれますか?

 これまでに,動作確認やソースコード・レビューなど,中国側の不具合修正に対する日本側の受け入れテストをいろいろと経験しました。なかでも,最初に就職した上海の日系ソフトウエア会社で経験した,日本側の受け入れテストが今も印象に残っています。

 プロジェクトが最終段階に入り,不具合修正の毎日でした。当時,中国国内のインターネットの接続料が高かった時代でしたから,数日に1回の郵送や FAXで不具合票が上海に送られてきました。そして中国側の修正コードをテープで日本に郵送するといった状況でした。受け入れテストの効率を考えて,重要 度が高い不具合の修正だけを郵送し,残った修正のテストは,日本から出張して行うことになりました。

 そして,ついに日本人の開発リーダーとサブリーダーがやって来ました。一週間の滞在で,残った不具合修正の受け入れテストをする予定でした。その 一週間の作業をスムーズに進めるために,中国人リーダーによって受け入れテストをすでに数回行っていました。だから我々中国人開発者たちは,自信を持っ て,この一週間を待っていました(いま振り返れば,単純な不具合修正から解放され,新技術による新しい開発に対する期待と喜びもあったと思います)。

 通常は,初日に日中双方のリーダーが会議をし,中国人リーダーによる不具合修正の進ちょく報告をもとに,日本人リーダーが受け入れテスト計画を決める,といった流れでした。不具合の修正に問題がなければ,我々開発者は,暇な一週間になるはずです。

 ところが,そのときは違いました。定例の進ちょく報告会議の後に,中国人リーダーはみんなを集めて,こう言ったのです。「自分が修正した不具合を 整理してください。そして,なぜそのような修正を行ったか,つまり不具合修正の理由をまとめておいてください。あとでそれに関する質問を行いますので, しっかり準備しておいてください」

 それを聞いたとき,ある開発者が「誰かが質問に困ったら,助け合いましょう! 我々は,同じ塹壕にいる兄弟ですから」と言いました。すると,中国人リーダーは「一人ずつ会議室に呼ばれるので,助け合うのは無理です」と補足しました。

 「それって尋問ではないですか!」。開発者の中から,そんな声が上がりました。「日本側は,修正の理由と不具合に関連する知識があれば正しい修正が行われたはず,という考え方であって,尋問などではありません。誤解しないでください」と,中国人リーダーは説明しました。

 「そもそも,修正理由や関連知識に対する質問をする必要があるのですか? 私は,修士号を取得しましたし,これまでも実力で評価を得てきました。一つの不具合を修正するため様々な調査をしました。それは,結果と修正コードを見て もらえれば,わかるはずなのに。明らかに日本人は私を信頼していません。屈辱です」。学歴の高い中国人開発者は,怒り出しました。

 「プロジェクトを成功させる手段であって,悪意でやっているわけではないので,協力してあげましょう!」と,中国人リーダーは懸命に説得しました。みんな黙り込みました。

 それから一カ月後に,あの修士学歴の中国人開発は退職して,自分で会社を興しました。出社の最終日に「信頼されないのなら,やりがいを感じないし,おそらく昇進などないでしょう。早めに辞めて,新天地を求めたほうがいいですよ」と,私にアドバイスしてくれました。

「外人」なのに,なぜ“さん”付けで呼びますか?

 日本語には,たくさんの漢字があります。漢字のおかげで,中国人が日本語を勉強するのが非常にラクになっています。日本語の初級文法しかわからな いのに,単語辞書を片手に日本語の技術文書を読み通す開発者も数多くいます。また,日本人と中国人の開発者が漢字の単語を書きながら,コミュニケーション をとる場面を見たこともあります。

 ただし,注意してほしいことがあります。日本語と中国語で,同じ単語でも,全く異なる意味の漢字がたくさん存在するという点です。使い方を間違えると,笑われるぐらいはまだましで,場合によっては,相手の感情を損ねてしまう可能性があります。要注意です。

 特に気をつけてほしいのは「外人」という言葉です。

 日本へ出張した経験を持つ先輩と,話しをしたときのことです。
私:「日本での生活は,楽しかったですか?」
先輩:「日本人はみな,すごく親切に接してくれました。でも,その親切さがどうしても他人行儀に思えて,むしろ,寂しさが増すばかりでした」
私:「えっ,なぜですか?」
先輩:「歓迎会のときのことでした。店員さんから注文を聞かれたときに,日本語に対する反応が遅かったので答えられませんでした。すると,日本人のリー ダーが代わりに注文してくれて,最後に『彼は“がいじんさん”なので,注文は私に聞いてください』と言いました。日本語を教えてくれる約束だったので,彼 はその言葉を私に書き示してくれました。『外人』の二文字を見た途端,これから自分がどんなに努力しても,溶けこめないのではないか,と思ってすごく寂し い思いをしました。しかも,それをわざと私に見せるというのはどんな意図なんだろう,と思いました。今ではそれが外国人のことを意味する言葉だとわかって いるのですが,不快感を覚えます」

 そうです。中国語の中にも「外人」の言葉があります。それは「家族」と正反対の意味です。中国の場合,家族間の関係が重視されていて,助け合う習 慣がありますが,家族以外の人間(=外人)に対しては比較的冷たいです。家族の誰かが「外人」に失礼なことをしたとしても,事実を明かして「外人」をか ばった家族メンバーは,家族のみんなに仲間はずれされてしまう羽目になります。

 私は,先輩が「これから永遠に家族の一員にはなれないのだ」と誤解したときに,どんなに寂しく感じたか,よく理解できます。外人と外国人とは「国」の一文字が違うだけですが,その一文字の重さを感じさせられました。


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