少子高齢化に伴い、日本の消費市場は長期低迷の時代を迎える。持続的成長のカギは外需。製造業による輸出への期待は大きい。
だが、世界で稼ぐ日本の強みはモノ作りだけなのだろうか。
ここにきて、日本で生まれたマーケティング力を駆使して、海外市場の攻略に乗り出す企業が続々と出てきている。「特殊な日本市場の販売手法は海外で通用しない」。それは俗説に過ぎない。
現地ではどのような取り組みが行われているのか。日経ビジネス4月21日号特集記事で取り上げた台湾の有力財閥、統一企業グループが阪急百貨店と提携し て運営する「統一阪急百貨」、日本で培った宅配モデルをベトナムに展開しようと活動しているヤクルト本社について、現地の模様を一部、動画でお届けする。
阪急百貨店 繊細でエレガント 売れる日本流「気配り」
台湾の統一阪急百貨店
まず動画を見てほしい。この光景を見たら、ここは台湾ではなく、日本だと錯覚してしまうに違いない。日本の阪急百貨店に行ったことがある人なら、ここはまさに国内店舗の1つだと思うだろう。実は台湾第2の都市、高雄に開店した統一阪急百貨の正面玄関での光景だ。台湾の有力財閥、統一企業グループが2007年5月に阪急百貨店と提携した。早くも台湾の若い女性に人気を集めている。
午前11時。案内係の若い女性が正面玄関に並ぶ。右手をおなかの辺りにあて、右手の甲を左手で押さえている。そして一礼。「親愛的来賓早安・・・(ご来店の皆様おはようございます。開店のお時間でございます)」。
この一言で開店を待ちわびていた来店客を迎え入れる。オープニングには宝塚歌劇団のテーマソングの1つ「すみれの花咲く頃」が館内に流れる。日本にある阪急百貨店の開店風景と変わらない。
開店の準備に追われる午前10時半ごろ。各売り場の責任者が販売員を集めて朝礼を行う。前日の営業成績、今日の販売目標、売れ筋商品の確認などを説明。 現場への情報共有を図る。これも日本の百貨店では必ず実施する業務の1つだ。各売り場でも開店時には販売員が通路に並び、案内嬢と同じように手を前に組ん で来店客に一礼する。
阪急百貨店は、台湾進出に当たって、統一企業グループに百貨店運営のノウハウを全面的に開示した。一例が、販売員が携帯するポケットサイズの冊 子。顧客に対してのお辞儀の姿勢や角度、「いらっしゃいませ」「しばらくおまちくださいませ」「ありがとうございました」などの接客用語、商品の包み方な どの販売員としての基本動作はいつでも確認ができる。
これは阪急百貨店出身の山中真矢店長が日本で使っている冊子を基に作成した。この基本動作が徹底しているからこそ、統一阪急百貨が日本の阪急百貨店に重ねて見ても違和感がないのだ。
「日本の会社は繊細でエレガント。学校で例えるなら台湾企業のレベルは中学、高校といったところでしょうが、日本は大学です」と、統一企業グループの林蒼生総裁は惚れ込む。
また、ブランド導入も阪急百貨店が主導した。ディオール、アナスイ、シャネル、コーチなど欧米ブランドショップから日本の資生堂、ジュンコシマダ などを導入した。1階に化粧品や著名ブランド、ハンドバッグなどの雑貨類、2階はファッション性の高い衣料品などを揃えた。「日本の百貨店が醸し出してい る館の雰囲気を持ち込んだ」そして、統一阪急百貨で独自に発行しているカード。買い物金額に応じてポイントを付与するカード「ドリームカード」だ。カード会員の購買行動を蓄積し、個々のカード会員にふさわしい販促を展開する。日本の百貨店でも本格導入が相次いでいるが、「ドリームカード」は統一阪急百貨だけのデータ蓄積にとどまらない。同店が入居する巨大商業施設「夢時代購 物中心(ドリーム・モール)」でも利用可能で、そこでの購買履歴も把握する。日本の百貨店以上に消費者の購買行動を正確にとらまえようとしている。
ヤクルト本社 世界で通じる宅配モデル 愚直に鉄則を貫く
「絶対に成功する自信があるんですよ」。ベトナム・ホーチミン市内に飛び出していくヤクルトレディの姿を見ながら、柏谷道男ヤクルトベトナム社長は記者につぶやいた。
ヤクルト本社は、2007年9月にベトナムへ進出した。この4月にベトナム工場が稼働し、2つ目の販売店がホーチミン市内に立ち上がった。いよいよ活動が本格化する段階を迎えたところだ。
国は違えど、ヤクルトレディの活動は、日本とほとんど同じ。無尽蔵のバイクが走り回る街中を、ヤクルトと氷を詰め込んだキャスター付きバッグを転 がしながら、持ち場の区域をくまなく歩く。乳酸飲料「ヤクルト」の効能を説明したりサンプルを配ったりして売り込み、固定客を作る。購入者はその場で現金 で支払う。現地では1本3700ドン(約23円)だ。
現在、20代後半を中心に約20人のヤクルトレディが、1日に約1000本を売る。彼女らは3日間の座学研修を受けた後、社員と一緒に実地で販売方法を覚えていく。一人前に育つまで手間はかかる。せっかく採用しても、歩合制なので収入が上がらず、辞める人も少なくない。
売り込みも一苦労だ。ベトナムでは、宅配はあまり馴染みがない。「飲んだら死ぬんじゃないか」。訪問先でこう疑われたヤクルトレディもいる。
それでも、ヤクルトは宅配にこだわる。最近、ベトナム全土に流通網を持つ大手食品会社から、「ヤクルトを扱いたい」という話が寄せられた。手を組 めば、一気にヤクルトの販売数を増やせる。ところが、即座に柏谷社長は断った。相手は「納得できない」といぶかしげだったという。
ヤクルト本社にしてみれば、「宅配が一番効率の良い販売システム」(川端美博常務)という経験則がある。毎日飲む必要があるが、乳酸菌の効能を理 解していない消費者は長続きしない。スーパーなどで1回買ってもすぐに効果が出ないので、なかなかリピーターとして定着しない。消費者の手元に届ける宅配 の方が固定客を作りやすいというわけだ。「営業活動ではなくて、『普及活動』と社内では言っています」と柏谷社長は話す。
べトナムはヤクルト本社にとって30番目の地域。既に中国やタイなどのアジア、ブラジルなどの中南米など、日本以外で3万5000人のヤクルトレディが活躍している。欧米など宅配していない地域で働く社員も、日本に呼んで宅配のやり方を学ばせるほどだ。
「世界どこでも、人間関係を通じて認知してもらえれば成長できる」と川端常務は宅配ビジネスは世界で普遍性があると見る。
世界で1日に1600万本が飲まれているヤクルト。「うちは金太郎飴。宅配しか、成功の方法を知らない」(柏谷社長)。逆に言えば、宅配であれば必ず成功できる。そんな思いを心に秘め、3年後の黒字化を目指して新たな市場の開拓に挑む。
(日経ビジネス 編集委員 田中 陽、戸田 顕司)
(撮影=日経ビジネス 谷口 徹也)
※日経ビジネス2008年4月21日号掲載の特集「世界で稼ぐ『和魂商才』」では、コカ・コーラやP&G、資生堂なども取り上げています。併せてお読みください。
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