今回は、「チャイナプラスワン」として注目されるベトナムへの進出について書いてみたい。2007年にベトナム株が急騰し話題を呼んだのは記憶に新しい。最近では、食料価格の上昇などからインフレ傾向にあり、賃金上昇などの問題などもあるが、中長期的には重要な拠点となるだろう。
中国以外の国々への進出する際に重要なのは、何を目的として海外進出するかを明確にすることだ。現状では完全に中国の代わりとなる生産拠点や市場はないからだ。その中でベトナムは基本的に生産拠点としてのリスクヘッジ先と考えられるが、今後は消費市場としても注目されてくるに違いない。
ベトナムへの進出日系企業の現状を見ると、中国進出日系企業が22,650社(2006年末)と圧倒的な数を誇っているのに対し、ベトナムでは、555社(08年1月)とまだまだこれからの状況である。今回の主題は、ベトナムへの進出だが、その前になぜ今「チャイナプラスワン」が再び注目されるのか、整理してみたい。
中国の投資境悪化を背景に、再び注目集めるチャイナプラスワン
チャイナプラスワンが注目される背景には、以下のような理由がある。
まず最も大きな要因は、中国の賃金上昇である。ジェトロが行っている「アジア主要30都市・地域の投資関連コスト比較調査(2008年1月)」によると、中国の広州で一般工(ワーカー)の月額賃金が148.4〜236.4ドルに対し、インドでは134.7~312.3ドル(機械・金属・電気などの製造業)とほぼ変わらない水準だ。一方、ベトナムでは78.7〜125.6ドル(機械・金属・電気などの製造業)、と中国(広州)の半分程度である。ただし、給与の上昇率を見ると、中国が9.2%に対し、ベトナムが11.5%、インドが15.3%と中国を上回っている。
この賃金上昇に、急速な元高による中国の輸出競争力が追い打ちをかけた。2005年7月に人民元が切り上げられ、その後元高が加速し、2008年9月には切り上げ前と比べて約18%上昇している。さらに、中国政府が2006年以降、外資導入の重点をこれまでの「量」から「質」へと転換させた影響もある。今後は、(1)研究・開発センター機能、(2)金融、物流、小売などサービス業、(2)自動車やバイオなど高度な製造技術、(4)汚水、ごみ処理、リサイクルなど環境保全分野、などにおける技術移転に外資導入の重点を移していく予定だ。
また、2008年1月1日に施工された、外資系企業への法人税優遇措置廃止と労働契約法も外資系企業には大きな痛手だ。従来、通常33%の企業所得税が、外資系企業の場合は15%または24%に優遇され、かつ2免3減(利益計上後、2年間は法人所得税を免除、その後3年間は半減するというもの)が適用されるというのが一般的だった。優遇措置の廃止に伴い、今後は中国企業も外資系企業も税率が25%に統一され、外資系企業に対する2免3減制度等も撤廃されることになる。
同時に施行された労働契約法は、雇用の長期化、経済保証金や賠償金の支払いの必要性、労働組合の権利強化などを目的としている。中国の法律は基本的に今後の大きな枠組みと方向性が提示され、その後細かい点に関する法律が出ることが多く、今回も9月18日付で細目を定めた実施条例が公布・施行されているため、今後注意が必要であろう。
ベトナム進出のメリットは低い人件費から消費市場へ
それでは、ベトナムの状況についてみてみよう。
日本企業の直接投資(認可ベース)は、2005年を境に急増し、90年代半ばに続く第2次ベトナム投資ブームと言われている。では、ベトナムから見た日系企業のプレゼンスはどうだろうか?
ベトナム計画投資省(MOI)が発表しているベトナムの1988年から2007年12月までの対内投資累計統計によると、同期間の日本企業の累計投資額(認可ベース)は90億3800万米ドルで、韓国、シンガポール、台湾に続く第4位である。しかし、実行ベースの累計投資額をみると違った様相が見えてくる。日本は実行額では第1位に躍進しているだ。実行率で比較すると日本の55.2%に対して全体の平均が35.2%となっており、日本企業の投資実行率が高いことが伺える。ベトナム進出の最大のメリットは低コストで優秀な労働力であろう。ただ、先に述べたように、中国を上回るペースで人件費は上昇している。2005年〜2007年まで8%を超える高い経済成長を続けてきたベトナムは、消費者物価が上昇しており、9月には前月比で見ると若干低下しているものの1年前と比べて27.9%上昇と依然高水準である。ベトナム政府はインフレの抑制もあり、08年の経済成長目標を8.5〜9%から7%に下方修正している。こうした物価上昇は賃金引き上げ圧力ともなっており、08年1月1日には国内・外資系企業の最低賃金(月額)が引き上げられた。ジェトロの調べによれば、最も高いハノイとホーチミンでは、国内企業が38%上昇の62万ドン(約39ドル)、外資系企業が15%上昇の100万ドン(約63ドル)となった。それでも中国に比べるとまだまだ低水準だ。
またベトナムには、中国と隣接し東南アジアにも近いという地理的優位性もある。これに伴って中国やタイなど調達先の分散も期待できる。現状では物流インフラなどが未整備という課題もあるが、広州−ハノイ間は、一部が高速道路になったことにより、トラックで1泊2日程度で走行可能といわれ、華南地域からハノイへの部材供給が現実的になってきている。
このほか期待できる動きとしては、2007年のWTO加盟による市場開放などが挙げられる。一方で、部品集積が未成熟、中堅技術者が不足している、といったリスク要因もある。こういった点を考慮した上で進出を検討するのが望ましい。賃金・物価上昇は落ち着いてきているものの、今後もベトナムが海外からの直接投資を拡大するには、さらに上記のような投資環境の整備が必要になるだろう。
新興市場に対応したビジネスモデルに転換を
一方、企業サイドから見てこうした課題を解決していくには、以下の3つの対応が必要だろう。
まず、低コストの労働力のみに頼ったビジネスモデルの改善である。日本企業は従来から欧米企業と比べて、海外のマーケットを狙うというよりは、まず安い労働コストで製造する傾向が強かった。しかし、今後は縮小傾向の日本市場から成長している新興国市場に目を向けなければならない。現在、新興国ではインフレが進んでおり、ベトナムでは二桁の物価上昇も見られている。安価な労働力だけ求めていくと、いずれ人件費が上昇した際にまた別の国に移転しなければならなくなる可能性もある。今後は拡大が見込まれるベトナム国内のマーケットをどのように開拓していくかも視野に入れた戦略が必要となるだろう。第2に、部品集積の未成熟を補完するには、現地調達先として急速にベトナム進出を加速してきた台湾系企業など日系以外の企業の活用も1つの大切な選択肢だ。ベトナムにおける工場労働者の人件費上昇や原材料価格上昇により、日系企業はコスト削減のため一層の現地調達拡大を迫られている。しかし、ジェトロの在アジア日系企業の経営実態調査(2007年度)によると、日系メーカーの部材の現地調達率はASEAN平均39.6%、タイ53.9%、マレーシア41.3%に対し、ベトナム26.5%とASEAN域内では最低の数字となっている。中国・インドなどの新興市場が成長し、これら市場では高級品のみならず低価格でもそれなりの品質を持つ製品が求められる時代に入った。その際に、コストを抑えつつある程度の品質を維持するには、日本企業の内製だけでは難しく、アライアンスを組む必要がある。その際に、台湾企業は長年OEMで黒子役として徹してきたことなどから日本企業の経営やものづくりに対する一定の理解を示す、日本企業にとってはアライアンスを組みやすいパートナーだ。
ベトナム北部では、キヤノンを始め大手日系OA機器メーカーのハノイ進出により、関連の日系部品メーカーのハノイ近郊での部品産業集積が始まっている。そこには日系企業のみならず、中国やASEANで現地の日系企業と取引していた台湾系サプライヤーなども含まれている。日系企業の中には、ベトナムに進出している台湾系部品サプライヤーから調達している企業も多い。こうした台湾系企業とのアライアンスの機会は、台湾の大手EMSやパソコンメーカーなどの北部進出でさらに広がるとみられる。
最後に、技術者不足を解消するには、ベトナム内の大学との連携を通じた講座開設や日本語研修の実施などを通じた人材育成が必要である。台湾の企業は既にこうした取り組みを始めている。2008年2月4日付ベトナム・インベストメント・レビュー(VIR)によると、ノキアの携帯電話、「Wii」「プレイステーション」などをOEM製造している台湾の鴻海(ホンハイ)はベトナムのハノイ工科大学との間で、産業関連人材の育成について15年間の協力協定を結んでいる。同社が500万米ドルを投資し、関連設備の購入と機械関連の研修講座を設け、年間1,100人の学生が受講できるようにし、今後予想される技術人材不足に対応する姿勢を見せている。
●●コメント●●
0 件のコメント:
コメントを投稿