「お抱え運転手を解雇しようとしたら口論に発展したとか。今、A社は120万元(1800万円)の賠償を要求されているようだ」
「B社もだぜ。タダでは辞めないと踏ん張る中国人部長がいてさ、会社に要求したのはなんと60万元(900万円)。そんな金は当然払う必要ないのに、『怒らせると怖いから』って払っちゃったらしいよ」
従業員との人間関係がこじれて訴訟に。報復怖さにやむなく同意。そして日系企業はほぼ“マンション1戸分”に相当する額を要求される……。驚くべ きことにいまだこの手のトラブルは健在だ。金額は異なれど、過去にも類似の問題は無数に存在した。定番化し、目新しさを失ったお決まりの中国ビジネスの落 とし穴。だが、上海の日系企業は未来永劫、この因果応報から解き放たれることはない。
日本から送り込まれるのは
経営を知らない素人社長
今や中国全体の日系企業は登録ベースで2万社を超えたといわれているが、これら企業を管理するのはたいていが日本人だ。彼らの名刺には日本の社長 職を意味する「総経理」が肩書きとして刷り込まれるが、実は経営を知る総経理はほんの一握り。経営者自ら乗り込む中小企業は別として、たいていの現地法人 は、経営を知らない日本人総経理たちが、見よう見真似で舵取りをしていると言っても過言ではないだろう。
「赴任前の事前研修ですか? そんなのはありませんでした。研修を重視している日本の会社なんて少ないんじゃないですか」。筆者と対峙して座るの は上海で総経理職に就くC氏。サービス業に属するC氏の本社は日本でも中堅どころで、製造業の進出ラッシュが一段落する2005年前後に進出した。C氏は 上海に3年、まもなく帰任予定だと言う。
一方、こちらは世界に冠たる日本の製造業の代名詞、中国でもそのオペレーションが長い某社。ここで総経理を勤めたD氏もこう話す。
「『会社経営の何たるか』も教えないで中国に出す。だから大問題に発展するんです。客先とのトラブル以上に、社内のトラブルが深刻です」
ほぼ3年ごとに日本人総経理が交代するため、社内では十数年前と同じ問題が、人が入れ替わるたびに繰り返されている状態だ。かろうじて成長を維持しているのは、中国側の合弁パートナーに恵まれたせいでもある。
「今でこそ、大手メーカーは経営のできる人材を出向させるようになっては来たものの、いまだ“品目のエキスパート”に総経理を兼務させる日本企業 もある。昨日までものづくりをやっていた人間に、『経営をしろ』と辞令を出したところでできるはずがない。しかし、こんな問題はずっと以前から言われ続け てきたことですよ」とD氏は続ける。
前出のC氏は言葉の問題を重視する。
「欧米には英語が話せる人材を送り込んでも、中国へはまったく言葉のできない駐在員を行かせます。本社は現地に送り込んだ人材を即戦力だとみなし ているから、すぐに業績が上がるものだと思っている。しかし、中国語ができなければ、情報すら吸い上げられない。社員の不正だって見抜けませんよ」
赴任地の言葉に堪能な人材は、よほどの企業でなければ確保されてはいないし、現地経営においての必須条件ではないだろう。だが、中国では現地通訳 への依存度があまりに高いと、足元をすくわれる。交渉相手との間に入る通訳が、先方の提示金額を上乗せして伝え、ちゃっかり中抜きするパターンはあまりに も常套だ。中国人通訳による誤訳も油断ならない。筆者もまた、トップが「日本語オンリー」であるが故に、中国人秘書や通訳にオフィスを牛耳られていく過程 を複数、目の当たりにしてきている。
同時に透けて見えるのが、人材の欠如だ。
「日本企業の中には、日本より海外子会社の業績がいいところもある。うちは特にアジア、それも中国がいい。本社そのものは利益を出せないが、海外 の配当に本社が頼る、そんな時代になってしまった。けれども最大の問題は、海外法人を経営できる人材が枯渇しているということです」
こうコメントするE氏は本社で元国際事業部長として活躍。「現地の文化や商習慣の違いを理解せずして、経営などできるわけがない」を持論に、「事前研修あってのグローバル化」を唱えて続けて来た。
「近年は、大企業はどこの現地経営にエース級を出すようになった。けれども、本社には『国内のエース=海外のエース』という勘違いがある。いまだ現地で同じトラブルが続くのは、海外で通用しないエース級だから。だからこそ、派遣前の啓蒙ありきなんです」
総経理たちも2代目に代替わり
進出当初の熱意は失われた
さかのぼること8年前、ようやく上海経済の萌芽を迎える90年代終盤は製造業の進出が多く、初代総経理による熱血経営が見られた時期だった。それこそ、グローバル化などは緒に就いたばかり、誰もが「習うより慣れろ」という状況下だった。
農村出身の中国人従業員を相手に、毎日が驚嘆。「なぜ残業しないのか」「なぜ『すみません』の一言が言えないのか」「なぜ俺の言うことが聞けないのか」……と日本人総経理らはあらゆる「なぜ」に困惑しながらも、現場をどう束ねるかの知恵を絞り出した。
「社員は家族」と、福利厚生の時間に社交ダンスを取り入れるワタベウェディング、人間臭さを前面に押し出した「感動の経営」を取り込んだ日本ビク ター、大運動会で結束を目指した神明電機など、現地子会社が走り出した当時の総経理たちは困難を背負いながらも、額に汗して闘った。
ところが、2002年に入ると多くの現地日系企業で総経理の交代が行われるようになる。ほぼ3年サイクル(もちろん、骨をうずめる覚悟で総経理職 を勤め上げる方もいる)で、という任期満了の時期が到来したのだ。中国人従業員は困惑し、新総経理に対する信頼は揺らいだ。「会社ではなく、人につく」と いう性質の中国人従業員らからは不満の声も徐々に大きくなり、初代の人材として比較される「二代目総経理」との関係に不協和音が響くようになった。日本人 総経理に「ゴルフ、カラオケ、酒、女」の枕詞がついたのもこの頃だった。
日本語を社内の共通語とし、社員に責任を押し付けることを権限委譲と勘違いし、さらには「俺は偉い」とおごり高ぶる。一方で、本社に忠実であろう と、予算1つ1つにお伺いを立てる。中国人従業員にはそれが「小遣い使うのにいちいち女房の顔色を伺う夫」のように映り、「決断ひとつできない日本人社長 (総経理)」がステレオタイプイメージとして定着してしまった。
もともと、本社では課長・部長クラスの人材が現地の総経理に納まることが多いのだが、総経理室に、秘書・通訳、専用車と運転手までもが与えられる と、勘違いして豹変してしまう日本人も少なくない。しかし、経営と言えば、先代が敷いたレールの上で、ただひたすら帰任を待ちわびるという消極的なも の……。その一方で、陰に隠れてのやりたい放題。日本人総経理の不正経理や眼に余る贈収賄、そして私生活に至るまでが、張り巡らされた中国人情報の上に暴 かれる。その資質については、日本人コミュニティでもたびたび話題になるところだった。
もちろん、事業を成功させた日本人トップも複数いる。上海の人材コンサルタント「クイックマイツ」の総経理、小園英昭さんはこう話す。
「若い頃にだいぶヤンチャしてた人などに、うまく中国法人を運営されている方が多いようにも感じます。暴走族だった、とか、ヤクザと喧嘩した、だ とか相当なワルをしておられた方。ある意味、不器用かもしれませんが、『自分の信念』を貫き通すことができる人が中国人の心もしっかり掌握しているとも言 えるのではないでしょうか」逆に、このような逸材は、本社とは仲が悪かったりすることも。本社に忠実であろうとすれば、中国人従業員の気持ちは離れて行く、そんな傾向も読み取れる。
言葉や商習慣を覚えた頃に帰任
これではノウハウも蓄積せず
好むと好まざるとに関わらず、日本企業はグローバル化の道を歩まなければならない。昨今は本国での利益低迷から海外売上高への依存が高まる中、と りわけ、アジア、それも中国における事業を頼みの綱とする企業も多い。だが、中国の現地法人の多くが、蓋を開けてみれば、裁判を抱え、未回収金を抱えと泥 沼状態……。“ダメ総経理”と言わず、なんと言おうか。
「いや、そうじゃない。本社の人事が成功すれば、現地法人も成功する。逆に言えば、本社人事に海外を見るセンスがなければ終わりってことですよ」と前出のE氏は話す。
現地法人のトップはほぼ3年前後で交代する。2~3年いれば中国語もできるようになる。けれども、ようやく話せるようになり、また、ようやく現地 の商習慣がわかってきた頃にはもう帰任だ。総経理が交代するたびに、リセットを繰り返し、ノウハウは蓄積どころか、霧消する。因果応報の因果の部分はここ にある。だが、さらにさかのぼれば“本社”にぶつかる。
元国際事業部長、E氏は振り返る。
「私が在任中はひたすら国際人材をストックするために奔走しました。関連部門と国際部がタイアップして、駐在予備軍を3カ月間海外の現場に研修に 出すようにしたんです。現地はどこも人手不足だから、下働きもやってくれる予備軍のインターンシップは大歓迎。本人も研修で海外のオペレーションを理解し た後に、別の赴任地に駐在となれば非常に仕事がしやすいわけです」
しかし、E氏が会社を去るとこのノウハウは消えた。
「後任者は前任者のやり方を踏襲したがりませんからねえ」
歴史は繰り返す。だから、現地法人は未来永劫、同じトラブルと闘わなくてはならないのだ。
●●コメント●●
0 件のコメント:
コメントを投稿