本州最北端・下北半島。昨春、青森県立大湊高校(むつ市)を訪ねた特別養護老人ホーム「博水(はくすい)の郷」(東京都世田谷区)の田中雅英(まさえ)施設長(56)は生徒や保護者を前に訴えた。「本気で介護をやるなら、私が真剣にフォローします。安心して来てください」
田中さんは3年前から地方での人材スカウトを始めた。慢性的な人手不足が理由だ。青森から沖縄まで、最低賃金と有効求人倍率が低い地域の学校を回り、これまで7人を採用した。「特に若い高校生は金の卵。何としても欲しい」と話す。
田中さんの話に心を動かされた能戸祥絵(のとさちえ)さん(19)は博水の郷で働いて2年目になる。「同居する祖母がヘルパーに世話をされるうれ しそうな顔を見て、介護を志しました。それに働くなら東京と決めていたんです」。同校で介護福祉を学んだ同級生は13人。うち9人が介護職に就き、半数は 県外に出た。
手取りは月約18万円。地元で就職した同級生より5万円近く多く、物価高の東京でも月2万円は貯金できるという。月4~5回の夜勤では24人の入所者を朝まで1人で見る。「もう少し人手があればいいと思うけれど、今はお年寄りの笑顔が励み」。故郷に戻るつもりはない。
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厚生労働省が指定する介護福祉士養成校の入学者は昨年4月、1万6696人。前年より2593人(13%)減り、募集をやめた学校もある。
特に好景気の首都圏では介護職離れが深刻だ。国の報酬引き下げで施設は経営難が進み、低賃金で離職者が増え、利用者を受け入れられない。出口の見えない悪循環が続く。
田中さんの成果にならい、世田谷区では今年から特養を運営する全14法人が協力して全国行脚に乗り出した。
だが本人が東京を志望しても、教師や家族が「介護職はワーキングプア」と止めることも珍しくない。
そもそも、介護職志望者は地方も減少している。能戸さんの故郷・青森でも学生が集まらず閉鎖を検討する養成校が現れている。割を食うのは結局、地元だ。
県福祉人材センターの鳴海孝彦所長は「若い人材を県外に引っ張られていいのかと思うものの、県内には小規模の施設が多く、待遇改善も期待できない。高齢化は進むのに、都市に出た担い手を呼び戻す材料が見当たらない」と手詰まり感をにじませる。
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厚労省は要介護認定者が14年には600万人を超え、04年の1・5倍になるとみる。その時までに介護職を50万~60万人増やす必要があるが、見通しは立っていない。
「このままでは介護保険制度は維持できなくなる」という悲鳴が現場からも国からも聞こえる。担い手確保のために国民負担を増やすのか、介護サービ スを削るのか--。報酬と保険料の改定を来年に控え、事業者らが行方を注視する中、論議は今秋にも本格化する。(連載は磯崎由美、有田浩子、清水優子、関 谷俊介が担当しました)
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毎日新聞 2008年6月12日 東京朝刊
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