2008-04-09

製造業が直面する「2009年問題」の深刻度

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製造業の「2009年問題」が浮上している。電機・自動車などの製造現場を支えている「派遣」労働者の雇用期間が、いっせいに3年を超え、メーカー 側は「派遣」契約をいったん打ち切るか、直接雇用に切り替える(正社員化する)義務を負う。メーカーが急激なコスト上昇を受け入れるとは考えにくく、労働 力不足が発生するかもしれないのだ。国内製造業が機能不全に陥る危機だ。

「事の重大性に気づいているメーカーの経営者はほんのひと握り。大多数は認識すらない」

 山梨県南アルプス市に本社を置く人材派遣会社、ヒューコムエンジニアリングの出井智将社長は頭を悩ませている。

 出井社長の頭痛の種は、製造業の「2009年問題」である。一般にはなじみの薄い言葉だが、製造業の根底を揺るがす大問題だ。

 順を追って説明しよう。まず、ほとんどの製造現場では、「請負」「派遣」という非正規社員が数多く従事している。「請負」と「派遣」の違いは、指 示・命令系統だ。人材派遣会社の現場責任者が指示・命令を出すのが「請負」。メーカー等の受け入れ先企業がそれを出すのが「派遣」である。

 2004年3月、労働者派遣法の改正によって、製造業への「派遣」が解禁された当時は、雇用期間は一年に制限されていたが、2007年3月以降は3年まで延長された。この期間延長を見越して、2006年以降、「請負」から「派遣」へのシフトが進んだ。

 昨年7月以降の“偽装請負”の社会問題化もまた、「派遣」シフトを加速させた。偽装請負は、請負労働者に対して、メーカーが指示・命令を出す違法 行為だ。実情は「派遣」であるにもかかわらず、雇用期限のない「請負」を装っていた。マスコミに糾弾されたのは、松下電器産業やキヤノン、トヨタ自動車と いった大手トップメーカーだった。だが、違法行為を繰り返してきた中小企業も含めて、「約9割は請負から派遣へ切り替えた」(人材派遣会社幹部)。

 2006年に急加速した「派遣」シフトは、思わぬ障害となって現れる。「派遣」は、雇用期間が3年を超えると、メーカーは派遣労働者に直接雇用(期間工を含む正社員化)を申し出る義務が生じる。昨年から3年が経過した2009年、派遣労働者の大多数が、いっせいに雇用期限を迎えることになるのだ。

 厚生労働省の調べによると、製造業に従事する派遣労働者は、2004年8月時点で314万人。現在はこの数字を大きく上回っていることは想像に難くない。膨大な派遣労働者を、直接雇用に切り替えるコスト負担を、メーカーが受け入れるはずもない。

派遣の完全廃止へ動く松下電器、キヤノン

「派遣」は3ヵ月の契約解除期間があれば、再契約できる。ただし、問題は、契約解除期間もほぼいっせいに訪れるので、この“空白の3ヵ月”に、労 働力不足から工場が操業停止に追い込まれ、製造現場が機能不全に陥る、最悪の事態になりかねない。これが2009年問題である。

 たかが3ヵ月、と楽観視はできない。たとえば家電製品は、1年に2回も3回もモデルチェンジされるのが、いまや当たり前だ。新製品の製造は日本の生産拠点で行なわれることが多く、3ヵ月間、工場が機能不全に陥ったときの損失金額は計り知れない。

 仮に、契約解除期間を守らない事例が多発したならば、「(契約解除期間が延長されるなど)規制が強化される」(電機メーカー)。

 製造業にとって、「派遣」の使い勝手はきわめて悪い。2009年問題を見越して、松下電器やキヤノンなどの大手メーカーは、直接雇用と請負にシフ ト、派遣廃止へ動いている。もっとも、共に偽装請負で“法令違反”のレッテルを貼られた企業だ。汚名を払拭するためにも、中長期的な要員管理政策に取り組 まざるをえなかった。

 松下電器は、請負労働者の育成に乗り出した。製造派遣大手、日本エイムとの合弁で、松下エクセルプロダクツを設立。この合弁会社に松下電器社員を 転籍させることで、(指示・命令を出すのは合弁会社の責任者となるので)偽装請負を逃れている。これで、社運を懸けた戦略商品、プラズマテレビの工場要員 に関しては、カタがついた格好だ。だが、松下電器グループの全事業所で問題が解決されたわけではない。一方のキヤノンもまた、生産現場で働く約1万5000人の「派遣」を廃止する方針だ。そのうち、半分を直接雇用、半分を請負に振り替える。本来、単 純作業であれば、正社員による指示・命令を出す必要性などなく、請負でも問題は生じないはずだ。だが、松下電器のように別会社を設立して請負労働者を育成 しているわけではなく、請負=悪という世論に留意して、直接雇用を優先させている。

直接雇用されても「期間工」という現実

 経済財政諮問会議の委員でもある小林良暢・グローバル産業雇用総合研究所所長は、「違法行為を犯した企業が糾弾されたのはもっともなこと。だが、 違法性ばかりが追及された結果、違法行為の温床となっている労働法制の不備について、根本的な議論がなされていない」と警鐘を鳴らす。

 松下電器やキヤノンの例を見れば明らかだが、現行法制を遵守しようとすると、派遣労働者を雇用することが難しく、かといって請負労働者を雇用しようにも、指示・命令の必要のない、自動化された生産ライン要員でもない限り、偽装請負を疑われてしまう。

「派遣」「請負」の使い勝手がこれほど悪い労働法制のなかで、2009年問題はやってくる。

 冒頭の出井社長は、「とりわけ中小企業にとって、非正規社員を雇う採用コストや、コンプライアンス(法令遵守)コストどころではない。2009年問題は倒産の危機」と言う。

 いちばんの矛盾は、企業が派遣労働者を直接雇用に切り替えたとしても、たいていは雇用期限がある「期間工」で、結局のところ、待遇が改善されていない点だ。

 2009年に向けて、労働者派遣法の見直しが議論されてしかるべきだろう。そこには当然、正規社員と非正規社員の格差是正を前提とした、労働法制全体のグランドデザインが必要であることは言うまでもない。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 浅島亮子)


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