2009-03-09

銀行出身役員の介入で,開発現場が混乱

:::引用:::
中堅・中小企業が,要員と技術力の不足という逆境の中で,情報化を進めるのは容易なことではない。外部の情報サービス会社を活用するのが情報化を成功させる鍵とはわかっていても,そうした相手を探すことさえ難しい。そこで親会社や,影響力のある外部企業の力を借りようということになる。ところが,中堅・中小企業の現状をよくわきまえずにピントのはずれた支援を受けると,うまく行かないばかりか,問題を余計にこじらせてしまう。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 N社の経営会議で,財務担当のK常務から次のような発言が飛び出した。

 「我が社は,情報化投資に売上高の3 %以上を毎年つぎ込んでいる。当社の規模からすれば,1.5~2.0%ぐらいが適切ではないのか。しかも,それだけの投資をしても情報化の効果が出ているかどうかは疑わしい。現在,導入を進めているPOS(販売時点情報管理)システムも,開発の最終段階で問題が起こっていると聞く。こんなことでは,いずれ大変な事態になるのではないのか。情報システム部長の見解をぜひ聞かせてもらいたい」。
意欲的なシステムの導入を決定

 ホームセンター10店を統括するN社は厳しい企業競争が続く小売業界の中にあって,「高品質と低価格」の両方を求める顧客の志向の変化に頭を痛めていた。さまざまな議論を経て,商品の在庫を圧縮して,なおかつ販売機会のロスを減らすには,グループ全体で販売と物流を管理できるシステムの導入が急務だという結論になった。

 N社が6年程前に導入した販売管理システムは,売り上げの実績集計を主眼にしている。そのため,多角的な商品管理や販売分析に必要な情報は蓄積できない。また簡単には機能の追加もできない仕様になっている。

 そこで,仕入から販売までを統合的に管理するサプライチェーン・マネジメント・システムの導入が,経営会議で決まった。このシステムは,詳細な市場予測と商品企画,売れ筋商品の管理や在庫情報をリアルタイムに把握して販売の機会ロスを徹底的に削減することを目指すものである。

 その上で,従来のように全店舗を画一的に扱うのではなく,各店舗のその時々の状況に合わせて柔軟な販売戦略を立案することも目標にした。この目標の実現には業務センターでの一元的な処理に加えて,各店舗に設置するサーバーやPOS端末にその店固有の機能を組み込むことが必要になる。

 N社のシステム部は10名ほどの所帯で,グループ全体の情報システムの面倒をみるには力不足が否めない。日常業務をこなすのに精一杯で,システムの企画やIT関連の技術情報を収集・評価までする余裕はほとんどない。

 こうした事情があるので,N社の情報システム関連の実務は,情報サービス会社のJ社に日ごろから頼りきっている。「頼り切っている」という表現がまさにぴったりで,これまで長年にわたってJ社に言われるままにシステムの保守・運用を任せてきた。

 今回のシステムの刷新は,全社挙げての期待を担っている。総予算も3億5000万円をかける一大プロジェクトだ。システム構築規模もこれまでになく大きいことから,J社の技術者だけでは要員をとても賄いきれない。このため外注のSEも数人を動員してシステム開発は始まった。設計上の見落としや不備が判明

 1年半の全体工程も残すところ2カ月になり,総合テストも佳境となろうかという矢先に事態が暗転した。POS端末の仕様がN社の要求と微妙に異なることや,店舗サーバーに格納する価格データの設定方法,エラー発生後の回復手順等に設計上の見落としや不備が判明したのだ。

 まったく予想しなかった事態を何とか打開するために,N社とJ社は喧嘩ごしの議論を続けた。しかし最終的にJ社から提示されたのは,「新システムの稼働を2カ月遅らせてほしい」という内容だった。N社からすれば,まったく納得できない内容だが,受け入れるよりほかに選択肢はなかった。

 このような状況で混乱を極めている最中に,経営会議で銀行出身のK常務がAシステム部長に質問を浴びせたのが冒頭の発言である。

 K常務の追及はさらに続いた。「当社のシステム要員の技術レベルは大丈夫なのか」。さらに「信頼できる外部企業から技術面の協力を仰いだ方が得策ではないのか。当社の主力銀行であるX銀行から応援要員を借りたらどうだ」とまで言い放った。

 「現在の事態を乗り切るにはJ社に任せきるのではなく,N社側の体制を強化して厳しいチェック機能を働かせる必要がある」と経営会議は結論づけた。K常務の発言通り,X銀行の情報サービス子会社であるS社から急きょ支援を得ることが決まった。これは,N社の情報システム部の実力からすればやむを得ない選択であった。現場に不満やいら立ちが募る

 間もなくS社から,中堅クラスの技術者4名が派遣されてきた。彼らはN社とJ社の担当者を集めて,工程ごとのレビューを精力的に進めた。新システムで採用した業務パッケージの導入決定までの経緯や,システム構成の根拠となったデータの内容,要件定義,システムの設計工程に至るまで徹底的に調査が行われた。

 しかし調べ始めてみると,基本計画書や機能要件定義書,プロジェクトの検討プロセスを示す議事録なども揃っておらず,機能変更の経緯もドキュメントに残っていなかった。「これでは問題解決の糸口が見つけ出せない」という強い批判が4名から出た。

 それでもS社の4名は何度も会議を開いて,何とか現状の問題点を掌握しようとした。しかし新システムの目玉であるPOSシステムや店舗サーバーのシステム機能要件に関する問題解決の調査はなかなか行われずに,N社のシステム部の体制や日常業務の運営,開発管理,システム関連費用についてのレビューなどに多くの時間が費やされた。N社のシステム部員やJ社のSEたちは自らのいたらない点を認めつつも,今回の問題解決に一向に到達しないS社のやり方に強い疑問といら立ちを感じる毎日であった。

 あっと言う間に1カ月が過ぎ,このままでは開発は頓挫しそうな雲行きになってきた。こうした事態にN社とJ社のメンバーは気が気ではなかった。居たたまれなくなったAシステム部長は,S社の応援メンバーに対して,作業の善処を申し入れた。すると,「システム開発の基本的なスキルがないから今回のような問題を引き起こしているのに,そのような批判をするとは何事か!」と怒鳴り返されてしまった。
ピントはずれの支援が問題を拡大

 情報システムの構築には予期しない事態がよく発生する。発注者と受け手の意思疎通がうまくいかずに問題が起こるようなことは日常茶飯事だ。

 自社の力だけでシステム化を推進できる企業はほんの一部である。中堅・中小企業が,要員と技術力の不足という逆境の中で,システム化を進めるのは容易なことではない。外部の情報サービス会社から,信頼できる技術の提供を適切な価格で受けることが情報化を成功させる鍵とはわかっていても,そのような相手を探すことさえ難しいのが現実だ。

 そこで親会社や,影響力のある外部企業の力を借りようということになる。ところがN社のように,うまく行かないばかりか問題がこじれてしまうことも珍しくない。特に主力銀行出身の役員は,とかく批判的で見下した発言をする人が少なくない。N社のシステム部の現状をよくわきまえずに,問題点の批判や勝手な行動に出たことが逆効果になった。

 今回のN社とJ社の間では,十分な確認手順がとられないまま作業が進んでしまったことに原因の発端がある。しかし,主力銀行系列のシステム会社からピント外れの支援を受けたことが問題をさらに大きくしてしまった。
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