2009-03-12

欧米に学ぶグローバルソーシング

:::引用:::
前回は,世界最強のアウトソーシング関係にある「米国-インド」を中心に話をしました。今回はもう少し視野を広げて,「グローバルソーシング」の動向に触れていきましょう。この分野で先行する欧米企業から,日本が学ぶべき点はたくさんあります。グローバルソーシングの発展経緯や現状を俯瞰(ふかん)しながら,あるいは欧米企業による成功例を見ながら,日本企業がアウトソーシング戦略を見直すべき時期に来ていることを述べたいと思います。
「ベスト・ショアリング」を目指すべき

 インターネットの発展により,個人や中小企業でもアウトソーシングを容易に利用できるようになりました。このため,世界の各地で,人材さえいれば比較的展開が容易となっています。ただし,アウトソーシングする業務の内容によって,「どこにアウトソーシングしたほうがよいか」は異なります。大きく分けて,以下の3つに分類できます。

(1)オフショアリング

 自国から,より低コストの他の国(海外)に業務を移す。コストの大幅な削減が狙い。オフショア先は,インド,東南アジア,中国など

(2)ニアショアリング

 自国から,より低コストで地理的に近い国に業務を移す。文化,言語,物理的距離が近いため,アウトソーシングがやりやすい。米国企業のニアショアリング先としては,カナダ,中南米,南米などの例がある。

(3)インショアリング

 自国の中で,より効率的な地域に業務を移す。日本国内でコールセンターを沖縄県に移す,といった例がある。

図●米国からのオフショアリング/ニアショアリングの例
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 これらを見ると,目的・目標を達成し,投資効果の高い「ベスト・ショアリング」を目指すことこそが重要であり,必ずしも「オフショア」が最適解でないことが分かると思います。 コスト削減効果の大きいオフショア・アウトソーシングを,さらにサービス内容の切り口で分類すると,(a)サービス・オフショア,(b)イノベーション・オフショア,(c)生産オフショアなどがあります。それぞれのケースで,米国やドイツの成功例を見ていきましょう。
サービス・オフショア◆労働集約型の業務を低賃金で

 IT業界と最も密接な関係にあるのは,言うまでもなく「サービス・オフショア」です。インターネットなどの通信インフラが確立しているオフショア先にサービス拠点を移して,ソフトウエア開発,カスタマー・サポート,コールセンター,データ入力などを委託するものです。基本的に,労働集約型のビジネス・プロセス・アウトソーシングが多くなっています。業務は「言語」に大きく依存しているため,同一言語の地域から拡大しました。

 米国からのオフショア先は,インドをはじめとする英語圏への展開から始まりました。ドイツの場合,ドイツ語を話す人が多いポーランド,ルーマニアから展開しています。フランスの場合,フランス語を話す人間が多い北アフリカ諸国が多くなっています。

 日本の場合,日本語を話す人が比較的多い中国の活用が目立ちます。中国の中でも,歴史的に日本と関係の強い東北地方にオフショアするケースが増えています。東北地方は日本に近く,また実際に日本語を話す人材の中には,日本語に近い言語である「韓国語」「朝鮮語」を話す人も多いように思います。

現地に赴任したのは1人だけ,あるドイツ企業の成功例

 あるドイツ企業が,ベトナムでデータ入力やソフトウエア開発を行っている例があります。インドシナ半島の国々は歴史的にヨーロッパ諸国と強い関係があります。とりわけベトナムは,フランス,ロシア,米国と関係があり,欧米人もベトナム人を知っており,ベトナム人の中にも欧米の人々と強いチャネルを持つ人が多くいます。

 あるドイツ企業はドイツ語文書のデータ入力作業を行うため,ベトナムにデータ入力を中心とする子会社を設立しました。そして数百人のベトナム人をデータ入力に活用して大きな成果を上げています。驚いたことに,ドイツからベトナムに赴任したのは責任者1人のみ。ベトナム拠点の人材をすべて現地で調達したため,人件費を大幅に削減できました。さらに,入力データ・情報をプロテクトするためのセキュリティ・システムを導入して,機密漏洩リスクを克服しました。

 日本企業の場合,生産でもソフトウエア開発でも,立ち上げ,品質・運営管理のため,比較的多くの日本人が現地に出張・駐在するケースが増えています。これは結果的に大きな費用負担となります。このドイツ企業のように,1人のドイツ人経営者が立ち上げから運営管理まで手掛けるのを見習う必要があります。

 「言語の壁」も乗り越えました。ドイツ人の書いた手書きのドイツ文字はとても読みにくいもので,筆者はベトナム人ではその判読は難しいと思っていました。しかし,実際の入力オペレーションを見ると,ベトナム人オペレータを訓練することにより相当読みにくい文字まで判読しているのに驚きました。そして,2度のブラインド・タインピング・チェックで入力精度を99.9%以上にまで高めているのは驚異的でした。同社はさらに,ソフト開発部隊を整え,ドイツ語の文字判別アルゴリズムを開発して生産性や品質を高めています。

 サービス・オフショアでは,基本的に手作業中心の労働集約型の業務がアウトソーシングされています。しかし,今後プロセスの自動化も予測されています。将来の技術革新により,労働集約型業務が自動化プロセスに取って代わる可能性があります。

「できる限り現地調達」の必要性

 そのドイツ企業は,現地人材の効果的活用のために,優れた現地マネジャを面接して採用しています。そして,業務内容に応じて,ドイツ語に堪能なベトナム人やITに強いインド人なども採用して成果を出しています。オフィスの掲示板には,ベトナム人従業員の写真や記事が張り出され,チームや個人のモチベーションを高める工夫も見られました。

 ベトナムは米国やヨーロッパの文化に慣れており,ベトナム語がアルファベット文字を使うので,努力や訓練によりドイツ語データ入力に成果を出しているのに感心しました。さらに本国から,資金と経営者だけを持ってきて,後はすべて現地調達。短期で成果を上げるやり方に頭が下がる思いがしました。日本もこのようなやり方を学ぶ必要があります。

 このほかの欧米諸国はどうでしょうか。資本力のある米国は「力」で対応し,歴史的に国際対応に深い経験を持つ欧州諸国は,多民族対応の知恵を生かしているような感じがしました。 イノベーション・オフショア◆研究開発もオフショアで可能な時代に

 米国企業は,コスト削減や製品ライフサイクルの短期化に対応して,優秀な人材プールを構築したインド,中国,ロシア,東欧に「イノベーション・オフショア」を展開しています。

 北米の大手通信企業がベトナムに研究開発業務をオフショアして成果を上げた例を紹介しましょう。この会社は北米の開発拠点にベトナム人のオンサイト技術者を数名,ベトナムに十数名のオフショア技術者を配備して,特定テーマの研究開発をアウトソーシングしました。にわかには信じがたいのですが,アウトソーシング業務を遂行している数年間,北米から責任者や担当者が一度もベトナムを訪問することはありませんでした。ベトナム側は,完全に自律的に機能しているわけです。

 ベトナムのオフショア技術者たちは,北米からの要件に従って研究開発を進め,成果物を定期的に本国に送り,本国で検収作業が行われました。必要に応じて北米側のベトナム人オンサイト技術者が調整やチェックに入り,手間をかけずに研究開発の成果を上げました。

 これは,ベトナム人技術者たちが英語でうまく対応できたためです。機会があって,北米の開発拠点でのオンサイト業務を数カ月経験したベトナム人技術者が英語で話しているのを聞いたことがありますが,彼らが北米訛りの英語を実にうまく話していました。最初,その声を聞いたときは,アメリカ人かカナダ人が来ているのかと勘違いしたほどでした。

 研究開発の遂行を通じて,ベトナム人技術者のモチベーションが高められ,プロジェクトに参加した技術者たちがその研究開発テーマと自分たちが出した成果に自信と誇りを持って話していたのを強く記憶しています。これだけを見ても,この研究開発プロジェクトがうまく進んでいたことを実感しました。

海外に頼らざるを得なくなった研究開発

 欧米諸国は,これまでアジア諸国に対して技術面の優位性を失わないような対応や努力をしてきました。しかし,現在に至っては,欧米諸国内部の問題を解決する1つの方法として,研究開発の海外アウトソーシングがクローズアップされています。

 欧米諸国の大学では,修士課程や博士課程を多数の外国人留学生(主にアジア系)が占めています。欧米の研究開発分野では,欧米人の優れた研究者や開発者たちは老齢化し,第一線を退いています。欧米では,高齢化や若い世代の理系離れのため,科学技術分野での成長と競争力に課題を抱えています。

 海外からの移民の受け入れには入国管理の問題があり,短期的な対応は難しい状況です。そこで解決策の1つとして,研究開発をオフショア・アウトソーシングする動きが進んでいるのです。

 多くの米国企業は,知的所有権を自国/自社に保全する新しいビジネス・モデルを採用しています。しかし,スケジュール内に目標を達成するため,アウトソーシング先に詳細情報を開示する開発契約を締結してオフショアを進めました。

 当初,研究開発のオフショア・アウトソーシングは小規模でしたが,その後急速に拡大しました。2006年時点で,インド単独で,研究開発の新しいグローバル規模の投資のうち25%を占めたという報告があります。そして,世界市場をリードする数百のグローバル企業がインドに研究開発センターを設立し,米国・欧州以外の地域では最大の研究開発センターとなりました。

 インドのソフトウエア輸出は年率30%以上の成長であるため,米国政府は研究開発のアウトソーシングを難しくする保護政策をとりました。しかし,禁止するまでには至らず,イノベーション・アウトソーシングは今もなお進展しています。 生産オフショア◆知的財産を手元に残しながらも,流出に不安な場合も

 生産オフショアは,完成された製品の製造プロセスをローコストな他国にオフショアするものです。電子部品,アパレル,一般消費商品などを中国やベトナムで生産することがこの例です。要求されるポイントは安い労働コストです。

 製品の設計,研究開発プロセスでは製品の改善と新商品の設計が必要となり,低賃金の労働者ではスキル不足です。このため,一般的にオフショアでは難しくなります。多くの場合,製造プロセスだけを分離して,コスト削減のためにオフショアします。

 生産オフショアでは,知的財産権や設計ノウハウが手元に残るので,技術の流出を防げます。しかし,技術や特許の管理に弱い企業は,自社の従業員から海外に知的財産が漏洩するのを恐れ,オフショアを嫌う傾向があります。

 米国では,NAFTA(North American Free Trade Agreement,北米自由貿易協定)の締結にともない,生産は米国内からメキシコなどに拡大しました。次に,低い労働コスト,大量の労働者確保,労働法による規制の少なさ,安い土地と工場建設費,そして少ない環境規制でメリットのある中国オフショアに大きく拡大しました。ただし,中国では知的財産権保護の統制が緩いため,技術の流出,海賊製品の出回りといった問題に直面し,それらの問題を克服するための対策を進めています。

将来を見据え,グローバルソーシングを見直すべき時期

 今後クラウド・コンピューティングの進展に伴い,グローバルソーシングはさらに発展してゆくと考えています。クラウド・コンピューティングのデータセンターは利用者の近くにある必要がなく,世界のどこかにあればいいのです(データセンターの空調に適した冷涼な地域に建設する傾向があります)。こうしたグローバルソーシングが“ベスト・ショアリング”として世界に拡大している現在,日本としては,欧米諸国や新興国の状況を再認識する必要があります。

 オフショア・アウトソーシングによるコストダウン・メリットは大きいですが,技術や仕事が海外に流出して,自国産業の保護も課題となってきています。アウトソーシング先の国にとって人材不足や人材教育が大きな課題となっていますが,賃金の安いところでは教育コストも安く,現地の企業が優れた事業戦略を持てば日本企業にとって大きな脅威となります。

 日本企業のオフショア・アウトソーシングは,欧米企業に比べて遅れています。言語や歴史的な背景から,グローバルにアウトソーシングを展開する場面でも日本は不利と言えるでしょう。ですから,今後起こり得る変化やリスクに対応でき,なおかつ日本の強みを生かした新しいグローバルソーシング/ベスト・ショアリングを,考えるべき時期に来ています。グローバルソーシングは事業目標達成のための「How」であり,今こそ事業戦略や目標の「What」を認識して,最適なあり方を考え直さなくてはなりません。
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