2009-03-24

注目集まる景気浮揚「家電下郷」政策、 中国企業経営者の不正に懸念

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中国中央政府、主に財務部と商務部が推進している「家電下郷」政策の経済効果に注目が集まっている。家電の普及が遅れている農村の家電普及率を上げるために、冷凍冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジ、携帯電話機、パソコンなどの価格の13%相当額の補助金を中央政府と地方政府が分担して農民に対して支払う、という政策だ。補助対象製品は上限価格が決められ、メーカーと対象製品が入札によって選定される。

 この政策は2007年から一部の地域で始まり、09年からは中国全土で実施している。中央政府の補助金支出相当額は累計200億人民元(約 2940億円)。商務部は、この政策によって4億8000万台の家電、金額に換算すると9200億元(約1兆3500億円)に相当する需要を生み出す、と試算している。この政策効果についてはもう少し様子を見る必要があるが、加工貿易で成り立っている中国経済の中で数少ない内需拡大策であることは確かだ。

 実際に日本の家電メーカーも家電下郷政策に対応した製品を入札したようだ。やり方によっては、この特需を生かすことができるかもしれない。しかし、不安要素もある。過当競争による現地企業の値引き合戦に耐えられるのかどうか、農村へと中国大陸の奥地に販売店・サービス網を構築する必要があるなどの問題を抱えている。
家電販売店最大手「国美集団」の創業者が逮捕

 特に筆者が懸念しているのは、今中国では家電販売店大手の国美集団(GOME)に問題が起きていることだ。創業者で会長の黄光裕(グアンユー・フアン)氏(39歳)が08年11月20日ごろから失踪したという噂が流れ大問題となっている事件だ。GOMEは香港株式市場に上場している。香港市場では企業内の問題は至急開示の必要があり、香港市場は11月24日からGOMEを取引停止とした。GOMEは噂がでてから1週間経った28日に、ようやく会長と最高財務責任者(CFO)が北京警察に拘束されていると発表した。さらに9日後の12月7日、国営通信社の新華社は、北京警察が会長と会長の兄(北京の開発会社経営)も取調べ中と発表した、と報じた。黄会長は、警察による逮捕発表から約1カ月後の09年1月18日に会長を退任した。買収を繰り返し規模を拡大、最近は不動産投資も

 黄会長は広東省スワトウの貧乏村に生まれ、16歳の時に兄とともに内蒙古に行き、雑貨などの商売をしていたらしい。そこで取引の経験を積み、87 年に北京に出て、内蒙古でかせいだ3万元(約44万円)を元手にGOMEという名のアパレル小売業を買い取り、その後、家電販売を行うようになった。

 徹底的な安売りでどんどん業績を伸ばし、03年には香港に進出、04年6月香港市場に上場した。06年7月には主な競争相手の永楽電器(China Paradise Electronics Retail)を52億7000万香港ドル(約580億円)で買収。07年には北京の大中電器(Dazhong Electronics)を36億元(約529億円)で買収と、正にアメリカのウオルマートの中国版のように安売りと買収で業績を伸ばしてきた。

 現在は、全国200都市に847店を展開するまでに至っている。最大のライバルは蘇寧(ソニン)電器で、同社は173都市に784店出している。

 業績拡大に伴い、黄会長の資産も急膨張した。米Forbes誌の中国富豪番付では、04年に総資産額13億米ドルで2位、06年は23億米ドルで 1位、08年は55億米ドルで2位と、資産額を増やしながら常に上位にランクされている。最近はGOMEの経営の第一線から退いていたため、資産額は不動産開発・投資事業で増やしていたようだ。

 香港のマスコミは、「相変わらず中国企業の情報開示は遅い」と片付ければ言い逃れにはなるが、会長が1週間も行方不明であったことを隠していたことは、企業の不透明さと法の遵守にもとる行為だと手厳しい批判をしている。

 具体的な逮捕容疑は明らかではない。あくまでも香港紙が報道した内容によるが、以下の理由が挙がっている。
1. GOMEの香港市場上場に便宜を図ってもらうため、商務部高官に対する贈賄
2. 永楽電器買収の際の贈賄
3. 地下銀行を通じた海外への資産移動
4. 中国市場上場企業数社の株価操作
5. 海外ペーパーカンパニーへの資金注入による脱税

など。いずれにせよ、GOMEが業績を急拡大する過程で違法資金が使われたものと思われる。 GOME黄会長事件については、さらに逮捕者を増やしている。黄会長と同郷で親しい関係とされる不動産会社「合生創展」の朱孟依会長、公安部前次官補の鄭少東氏の二人がGOMEの事件に関与している模様と報じられ、相次いで警察の取調べを受けている。

 合生創展側は、朱会長がGOME事件にかかわっているという報道は事実無根と香港証券取引所を通じて発表した。事実関係はともかく、この発表をきっかけに合生創展の株は1月23日に50%以上急落した。
不祥事を起こした企業でも存続し続ける危険

 このような不祥事が起きた企業は企業の存続が危ぶまれるのが普通だ。しかし中国の場合はそのようにならない。GOMEに家電製品を納入している業者は、雇用の問題もあるので政府はGOMEを倒産させないと確信している、という。むしろ、納入業者は従来の厳しい支払い条件を緩和させる絶好のチャンスと喜んでいるらしい。

 事実、今年に入り中央政府は景気浮揚策として「検察当局が企業犯罪捜査を慎重に進める方針」を打ち出したという。経営が逼迫している企業の差し押さえを控え、経営者に一般犯罪の疑いのある場合生産に混乱をきたさないよう逮捕を控えるという指令だ。これによって雇用を確保しようとするものらしい。しかし「企業犯罪に手心を加える」不法政策とも解釈できる。

 実際、広東省仏山市を本拠とする家電メーカー「海信科竜電器」は、元会長による巨額の資金流用事件で、05年6月から香港市場での取引が停止となっていたが3年半ぶりに再開したという事実がある。小売最大手の「Wumart Stores」は香港市場に上場しているが、創業者で元会長が06年に中国銀行から13億元(約191億円)の不正融資と上海株式市場での他社株のインサイダー取引で18年の懲役となった。香港市場で6カ月の取引停止となったがその後取引は再開された。

 このように、不祥事が起きても中国の例では不思議に時間を置いて復活する例が多い。GOMEの場合も、企業のトップが逮捕されたことによって納入業者も商品納入を渋る可能性がある。支払いも現金のみという厳しいものとなり資金繰りが圧迫して最悪は破産に至る可能性がある。一方で、株主の一部には地方政府が入っていたりして、国営銀行も貸付を行う可能性があり、存続していく可能性も大きい。

 問題は、日本メーカーがこのような不祥事が起きた電気店網を「家電下郷」という特需に使うのかどうか、という企業倫理が問われる点だ。不祥事を起こした企業が存続し続ければ、いつのまにか事件は忘れ去られ正当化される危険がある。モラルハザードは企業経営者に限らない

 中国では銀行の乱脈経営も指摘されている。07年度の中央政府の監査結果によると、農業銀行が243億元の不正運用と57億元の違法行為、光大銀行が109億元の違法貸付(大半は不動産投機)、開発銀行 が91億元の違法貸付(株取引や不動産投資)などが指摘されている。氷山の一角かもしれないが株式市場の絶対必要条件は市場の透明性と企業情報の客観性・透明性だが、中国の場合まだ道遠しなのだろうか。

 驚くのは、健全な株式市場を損なうモラルハザードを起こすのは企業の経営者だけではないという点だ。最近、中国発展銀行の副頭取が1000万元(約1億4700万円)の収賄容疑で逮捕されたと報じられたが、彼は92~99年に中国証券監視委員会の副委員長をやっていたというから驚きだ。裁判官が汚職で捕まったという話も聞く。さらに高級官僚の最高人民法院副院長や全人代予算工作委員会主任も不正行為によって突然解任されている。
企業活動と政策の不透明さが上海市場を揺さぶっている

 企業活動や政策の不透明さは、上海の株式市場にも反映している。香港の証券業の知人に言わせると、上海市場はまだバクチの段階であるという。株の中身はどうでも良く、短期勝負の売買で儲けることが目的であり、インサイダー取引の不正行為もその手段の一つとして正当化されている。

 世界各国の株式市場はまだまだ低迷を続けている。ところが上海株式市場は政府の企業支援策が発表される都度、じりじりと上げている。2000ポイントを割っていた市場は春節後、自動車産業支援とか造船業支援、鉄鋼業支援、その後ほとんどの業種におよぶ政策が発表されると直ちに反応して2200ポイント以上にまで上昇した。

 相変わらず政府公表の経済指標は楽観的なので市場もこのまま進むと後が怖い。銀行の貸し出しは急激に増大したとの発表があったが、1月の企業向け貸し出しの大半の6600億元(約9兆7000億円)は生産規模の拡大など実体経済には投入されず株式投資に充てられた可能性があるという。すなわち、銀行貸し出しの増加は企業活動の回復には直結していない、との観測が流れ株式も急落するなど、少ない情報に踊らされている。3月6日の全人代で何も追加景気対策が出ないことが分かると失望売りを加速している。
南船 北馬

長年商社で海外取り引きに従事。ニューヨーク、ロンドン、香港、北京と20年近くを三極で過ごす。中国との取り引きは1970年代から経験。

北京には天安門事件後に駐在。 欧米での長い経験と香港企業との付き合いも深く、海外経験が中国中心の中国通とはやや異なるクールな見方を持っている。

現在、日本香港協会理事長。デンマーク、カナダ、旧東欧圏諸国などとの経済交流にも積極的に参加している。

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