2009-03-17

中国で労働者の海外派遣事業の見直しが始まる

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3月に入ってから、日本における外国人研修・実習制度に関する活動が急に増えた。外国人労働者への虐待や搾取といった問題を解決するための法律整備を目的とした、厚生労働省などとの意見交換会や国会議員の勉強会などに駆り出された。

 一方、中国の労働者海外派遣事業制度についても見直しが始まっている。日中双方ともまだ具体的に法律に盛り込まれている段階には至っていない。しかし、ある程度の方向性は見えてきている。これまで集めてきた資料を基に、双方の取り組みを2回に分けて紹介したい。今回は中国側の近況を報告する。

 中国の取り組みを紹介する前に、現状を整理してみたい。2009年1月末時点で、海外滞在中の中国人労働者数は71万7000人に達している。 73万人という過去最高記録に至った昨年よりは1万8000人減ったものの、依然高い水準を維持している。毎年30万~50万人の水準で新規人材を派遣しており、2009年1月時点で累計463万人に達した。派遣先は主に日本、シンガポール、韓国、マカオ、香港、アルジェリア、ロシア、アメリカ、モーリシャスなどで、製造業、建築業、農林水産業、牧畜業などに従事している。

 これら海外で働く正規または日本の外国人研修生のような非正規労働者は、海外派遣事業者の仲介によるものがほとんどだ。現在、中国では労働者の海外派遣事業は、事業者が監督官庁に申請をして認可を受けるという認可制になっている。ところが、その認可制度は二つの異なる認可ルートが同時に存在している状況にある。一つは、中国企業の海外展開を支援する立場からできた商務部の制度。もう一つは、労働者の失業対策からできた労働部の制度だ。

 事業認可の審査は商務部の制度のほうが比較的厳しく、労働部の制度はかなり緩やかであるとされている。そして、いずれかの制度で認可を受けた事業者が、認可を受けていない事業者に名義貸しをする仕組みで、不正事業者が横行している。商務部の制度は歴史が古い。中国の対外経済協力プロジェクトの付帯サービスで、労働者を海外に派遣することから始まった。このような経緯から労働者の海外派遣は当初「対外労務協力」と呼ばれていた。したがって労働者派遣事業の認可は、対外経済貿易を管轄する中央政府の機関(現在は商務部)が実施し、認可を人材派遣専門業者というよりも、対外経済貿易事業者に与えている。

 このような事業者は、主に国営企業が中心で経営は比較的安定しているとともに海外での事情に詳しいというメリットはある。しかし、人材派遣は海外プロジェクト事業を成功させる付随的なサービスという位置付けであることから、派遣労働者の人権や身分を保障することは重視されず、対外経済事業の利益を相手国や相手企業と配分する一環に、派遣労働者の人件費も組み込まれている場合がある。

 失業者対策として実施されている労働部管轄の海外派遣事業は1992年から本格化した。現在の管轄部署は人力資源社会保障部となっている。現在の中国の求職者数は、約1400万人の新卒者に、失業者や国営企業のリストラ労働者などを加え、年間2400万人に達している。さらに、農村部には1億 5000万人もの余剰労働力があるとされている。人口8000万人のフィリピンの海外就業人数が800万人もいるということを考えると、中国も海外に職を求める政策を実施している。

 労働部の政策は拡大している。2002年、労働部、公安部、国家工商行政管理総局が共同で『国外就業仲介管理規定』を公布し、海外派遣業務に参入する敷居を大きく下げた。これまでは一種の非営利事業として、役所または準役所的機関のみ海外就業仲介業務の認可を与えていたが、規定が公布されてからは一般企業にも認可を与えることにしたのだ。つまり、労働者の海外派遣を専門扱う企業の設立がこれによって求められたのである。

 規定実施前は、旧労働部が認可した海外就業仲介業はわずか58機関で、その多くが旧労働部系列の職業紹介所であった。規定公布後には2005年までの3年間で、認可業者は5倍以上に達した。最低50万人民元の準備金さえ用意すれば事業に参入できる。

 さらに商務部も認可基準を緩和した。2004年7月に商務部と国家工商総局が公表した新しい『対外労務協力経営資格管理方法』では、国有企業のみに認可していた基準を撤廃し、民営企業でも対外労働者派遣業務を許可することになった。かつて、一部の国営対外経済貿易企業のみが実施していた労働者海外派遣事業は「美味しいビジネス」と見られていたことから、商務部と労働部の認可基準緩和によって、派遣会社が雨後の筍のごとく激増した。たとえば、如皋市は江蘇省南通市に属する、行政ランキングの低い県級市に過ぎないが、中国の経済誌「財経」の報道によれば、2008年9月時点で対外労務仲介会社は108社もある。如皋市の中山路では、400メートルほど続く通りの両側に海外労務仲介会社が30社近くずらりと軒を連ねている。同市にあるこれらの仲介会社のうち、商務部あるいは旧労働部の認可を得たところはわずか2社しかない。だが、認可を受けていない企業も白昼堂々と海外労務仲介業務を行っている、という。

 労働者を食い物にする悪質なビジネスモデルが急増しているのだ。認可を受けていない企業のほとんどは、集めてきた労働者を、認可を受けている会社に売り飛ばして、手数料を荒稼ぎする。一人転売すれば、2000元から5000元の仲介費を得られる、というビジネスモデルが生まれた。なかには、海外の仲介者あるいは雇用主との関係を得て、直接海外派遣に踏み切る無認可の仲介会社も多数ある。一方、認可を受けた会社も名義貸しという新しい収入源を得ている。いざ派遣現場でトラブルでも起きたら、名義を貸し出した先の仲介会社に問題を押し付け、自らの責任を負おうとはしない。

 こうして労働者の権利侵害問題も日を追うごとに深刻さを増している。中国のメディアが大きく取り上げた重大事件だけ拾ってみても、近年、重大事件が発生しない年はない。

 2005年、遼寧省大連市で、無認可の会社が韓国への派遣枠をもっているとして、応募に来た200人あまりから合計650万元以上の手数料をだまし取ったという詐欺事件が検挙された。

 2006年、江蘇省宝応県で、32人の農民工が地元の海外労務派遣会社を経由して湖北省嘉華人力資源という仲介会社からカタールに派遣された。しかし、給与水準は約束金額を大きく下回ったため途中で帰国し、裁判沙汰となった。

 2007年、天津市などからの200人あまりの農民工が天津中拓境外就業服務という会社からマレーシアへ派遣されたが、やはり約束された給与水準とあまりにも違う給料であったため、派遣先で出勤拒否行動を行った。大きな外交事件にもなった。2008年、河北省、吉林省、江蘇省、黒竜江省の200人あまりの農民工が、中江国際経済技術合作の委託を受けて南通円通労務によって募集され、さらに北京中企国際経貿からルーマニアへ派遣された。しかし、給料などの詐欺にあい、悲惨な境地に陥った。

 同年10月、山梨県女性実習生搾取・暴行事件が起き、中国国内のメディアだけでなく日本のメディアも大きく取り上げた(詳しく本コラム「日中双方の会社が山梨県で繰り広げる中国人女工哀史」を参照)。

 事件が起きるたびに、中国政府は国民から厳しい視線を浴びせられている。問題の深刻さにようやく気付いた中国政府はいよいよ重い腰をあげ、2008年夏ころから問題の根源とされる、旧労働部と商務部による2省庁管轄体制の解消に動き出した。

 2008年9月3日、労働部を吸収した人力資源社会保障省、商務部が共同で『海外就業の管理担当調整に関する通知』を公布し、海外労務派遣の窓口を商務部に一本化するため、旧労働部はその管轄権限を商務部に移行し、仲介会社の審査や許可証の更新などの業務を中止するよう求めた。旧労働部が受け持っていた「中国国民の出国就業管理に関する政策制定、海外就業仲介機関資格の認定・審査・監督・検査などの職責」は商務部に引き継がれる。

 山梨県実習生事件が発生してから、その窓口一本化作業をさらに速めた。2008年12月29日、商務部は『商務部が海外就業管理作業を行うにあたっての通知』を公布し、2009年の3月より、海外労務派遣業務は商務部が統一して管理を行うと宣言し、管理の規範化にむけて一歩踏み出した。

 その通知にいくつか注目すべき変化があった。まず、仲介会社に対して認可条件基準を行政許可制度に適用することを復活させた。

 許可証の発行には、直近3年内に重大な法律法規違反の前科がないことを条件にしている。

 派遣労働者の給与待遇や社会保険などについては、派遣先の国の関連法律法規を適用する。

 派遣労働者と派遣先の企業との間で交わされた雇用契約書などの書類は、その派遣先国の公証役場または派遣先国の中国大使館・領事館の認証を受けなければならない。そのうえで、省レベルの地方政府の商務官庁に届け出なければならない。派遣労働者から徴収する仲介手数料は地元の物価監督当局の認定した基準に基づいて行い、地元の物価監督当局の監督を受けなければならない。

 いざ問題が起きた場合の賠償金を確保するために、仲介会社が準備金を事前に満額提出しなければならない。

 以上のような規定に違反した仲介会社に対しては、警告ないし営業停止などの処分を下す。

 中国国内と海外で同時に労務派遣・仲介業務を営む行為を禁止する。

 中国の法曹界でも、海外へ派遣された労働者の権利を保護するための法整備を進めようと呼び掛ける声があがっている。

 4月以降、日本に派遣される中国人研修生・実習生の権利保護は、中国国内でもさらに注目されることになるだろう。こうした権利保護はまだ不十分ではあるが、現状よりは一歩前進したと評価してよいだろう。
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