2009-03-12

日本が危ない!(上)評論家・ジャーナリスト・立花隆

:::引用:::
科学技術衰退 人口減が直撃

 「このままでは日本はダメになる」。時の権力や巨大組織に徹底した取材で立ち向かい、日本のジャーナリズムに影響を与えた立花隆氏が、わが国の将来に警鐘を鳴らす。

 --先月、小林誠、益川敏英両氏のノーベル物理学賞受賞記念シンポジウムで、日本の将来を危惧(きぐ)していました

 立花 今回、物理と化学の2分野で一度に4人もの日本人がノーベル賞を受賞するなんて前代未聞の快挙でした。しかし日本がこれからも科学技術大国たりえるかといったら、はなはだ疑わしい。そんな危機感を持っているからです。

 --なぜですか

 立花 まず人材不足です。これから急速に進む人口減。いま日本の研究者や技術者は約270万人いますが、2050年は政府予測でも100万人減り、170万人になります。量的減少だけでなく、質もどんどん低下し、現在の技術社会の維持すら怪しくなるでしょう。少子高齢化社会による人口減問題は、科学技術の世界に一番響いてくるのです。

 1990年代でしょうか、私は『東大生はバカになったか』などの“知的亡国論”を書いた時期がありました。80年代から始まった日本の教育レベル、知的水準の低下は、いまなお進行中です。 --どんな背景が

 立花 団塊の世代時代、受験競争批判が行き過ぎ、80年代に入ると、大学入試をどんどん楽にする方向に、官民ともに走りました。大学受験科目は削減され、推薦入学などの無試験入学制度が広まった。大学受験の質が下がれば、受験させる側の高校の教育の質も下がります。

 それに“理科離れ”と“ゆとり教育”が追い打ちをかけ、大学生の質が著しく低下した。国立大学の受験科目はいまだに(7課目から)5課目に減ったまま。履修制度も変わったので、かつて高校生の8、9割がとっていた物理は今や2、3割です。物理はあらゆるサイエンスの基本ですから、駒場(東大教養)では理系の学生の必修です。ところが、高校でやってこない連中が多いから既修組と未修組とにクラス分けして高校の補修をしている。そんなバカな話はないと思います。

 --確かに

 立花 人材教育には20年から30年の時間が必要ですが、その間の小、中、高、大学の一貫した教育が大事です。それがいま、ガタガタになっている。

 --危機感のほかの理由は

 立花 やる気がないということです。チャレンジ精神が希薄になっている問題があります。例えば、大学や研究機関に所属する研究者でも、欧米への留学のチャンスがあっても嫌う連中が増えている。
 貧しい時代と違い、いまの日本にはインフラも資金もある。しかもポストもある。日本にいたほうが楽なんです。若者にチャレンジ精神がなくなり、楽な道を選ぼうとする国に未来はありません。

 明治維新や今大戦の敗戦を経験した日本がここまでこられたのは、欧米に必死に学ぼうというチャレンジ精神があったからでしょう。

支える団塊の世代

 私は最近、立教大学のセカンドステージコースで、中高年の方に教えることもしていますが、彼らのほうがはるかにチャレンジ精神がありますよ。とくに団塊の世代は頑張っています。彼らは子供のころから競争、競争でもまれ続けてきたから老いてもチャレンジ精神を失わない。

 --団塊の世代は元気だと

 立花 彼らのエネルギーが日本をここまで牽引(けんいん)してきましたが、私はこれからの日本は、しばらくは彼らのエネルギーを頼りにせざるを得ないとみています。

 出版界はいま大不況ですが、これまでの出版界を支えてきたのは中高年でした。ところが今の若い人は本を読まない。教育レベルが下がり、本は読まない。しかもチャレンジ精神もなくなれば、日本はどんどん衰退します。
 団塊の世代が完全にリタイアすればさらに拍車がかかり、日本全体が大変なことになると思います。

 --世代間の引き継ぎができていない

 立花 内閣府特命の少子化担当大臣なども何もしていないに等しい。科学技術や文化の問題だけでなく、福祉や年金などこれからあらゆる問題を少子高齢化の人口減問題が直撃します。(押田雅治)

【プロフィル】立花隆

 たちばなたかし 1940(昭和15)年、長崎県生まれ、68歳。本名・橘隆志。評論家・ジャーナリスト。水戸一高から都立上野高校、東大仏文科卒。文芸春秋読者賞の『田中角栄研究』、講談社ノンフィクション賞の『日本共産党の研究』、新潮学芸賞の『精神と物質』など社会問題から基礎科学まで幅広い分野の著書や評論で活躍。現在、東大大学院や立教大学の特任教授のほか、大宅壮一ノンフィクション賞選考委員や全国出版協会理事など。
あらゆる分野で人材枯渇

 --日本の人材不足は科学分野だけではない

 立花 そう。その国の言葉も満足にしゃべれない総理をトップに置かざるを得ない今の日本の政治がいい例です。昔の自民党はいつでも次の総理候補が2、3人はいた。いまは首をすげかえようにも次の候補がいない。あの(小泉元総理の)構造改革だって、一時的に経済回復しただけで、失ったものも多かった。

 最近の歴代総理や大臣など政治家の多くは2世、3世ばかり。ゼロから努力してせり上がってきた人たちではない。地盤、看板、カバンの三拍子そろった世間知らずで、苦労知らずの2世、3世に100年に1度の危機に直面する日本を救うことができますか。

 人材不足はアイデアや政策の枯渇につながります。政界も経済界も官界も、いくら頭を絞っても危機脱出の知恵が出てこないでしょう。

 --深刻な状況だと

 立花 いま日本は、政治も外交も経済も社会もすべての基本的システムが変わらざるを得ない大変革の時代に入っている。
 しかし仮に次の総選挙で自民党から民主党に政権が移っても、民主党にも人材はいませんから、すぐまた国民は失望し、政治はますます混迷の度を深めるでしょう。

 一大政界再編が起こるところまで行かないと、次の政治的安定の構図は見いだせないと思います。

 日本はマスコミを含めあらゆる分野で人材が枯渇し、システムそのものまで機能せず、おかしくなりつつある。

 --マスコミもですか

 立花 既存のメディアすべてが未曾有の危機的状況で、ジリ貧状態に追い込まれている。しかもメディアの生命線の取材力、発信力がガタ落ちしています。

 郵政の「かんぽの宿」入札問題も、週刊誌で先に書かれてしまっている。あの程度の内容なら新聞社は、かなり前から分かっていたはず。どうして国会で問題になる前に調査報道などで問題提起しなかったのか。

 ジャーナリズムが弱くなると、国もおかしなことになるんです。
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