2009-03-04

「米国-インド」に見るグローバルソーシングの行方

:::引用:::
ITプロマネジメント 
これまで,中国,ベトナム,インドと,日本からのオフショア・アウトソーシング先について,現地の目線でビジネスの現状や日本企業の強み/課題などを述べてきました。ただし,これらの国でアウトソーシングを進めているのは,日本だけではありません。言うまでもなく,米国や欧州諸国のほうが一足早くアウトソーシングを進めています。今回は,世界で最も進んだアウトソーシング関係にある「米国-インド」の関係を軸に,そこから感じとれること,学ぶべきことを述べていきたいと思います。
突出したアウトソーシング大国「米国」のIT市場

 米国の調査会社のレポートによると,世界をリードしている米国企業のアウトソーシング/外部サービス支出額が,2011年にはIT市場における総支出額の30%以上を占めると言われています。電気通信関連のコストを上回って,最大のシェアを占めることになります。

 さらに,米国企業のITサービスのうち,海外へアウトソーシングしているものは現在15%程度ですが,2013年には25%に,2018年には 40%に増加するという報告があります。米国企業は,業務内容に応じてインド,中国,東南アジア,南米,東欧など,最も適した国や地域にアウトソーシングを拡大しています。海外のさまざまなスキルを持つ人材を,安い人件費で利用して,可能な限りコストを削減するグローバルソーシングは,さらに拡大していく見込みです(図)。
図●世界中に広がる米国からのアウトソーシング先

「ルピー高」「高度人材の不足」--成長したインドが抱える新たな悩み

 米国の良きパートナーであるインドは,世界中に存在するオフショア・アウトソーシング先の中で,ソフトウエア/ITサービス分野のトップに君臨しています。インドにおける2007年度のソフトウエア/ITサービス輸出の収益は400億4000万ドル(約4兆円)を達成し,前年度より約30%増加しました。

 その一方で,アウトソーシング元およびアウトソーシング先の各国の社会経済環境が変化し,リスクも増大しています。世界最大のITサービス輸出国であるインドは,金融危機による米国景気後退の影響を避けることが難しい状況です。インドのソフトウエア/ITサービス輸出のうち,およそ6割(2兆数千億円)が米国向けと言われているからです。インドのサービス輸出が年率3割以上の成長を続けてきた原動力は米国市場であるため,米国市場の景気変動がインドのIT業界に大きな影響を与えることは間違いありません。

 インドの通貨「ルピー」が高くなっているのも懸念材料の1つです。経済が成長していけば自国通貨は強くなります。過去,日本は経済成長の過程で急激な円高に直面しました。そのときは日本の産業界全体が共通の危機意識を持ち,海外生産などを進めて乗り切りました。では,広い国土,多様な人種,大きな人口を抱えるインドは,どのように対処していくのでしょうか。そこが課題であり,注目すべきポイントです。

 さらに,ルピー高に負けない高品質なソフトウエア/ITサービス輸出を拡大していくには,十分な技術スキルを持つ優秀な人材を増やさなければなりません。しかし,現状のインドでは優秀な人材が不足し,早期育成が急務となっています。とりわけ,プロジェクト管理者や設計技術者の養成には時間がかかるところに問題があります。インドは,地域により言語,文化が大きく異なる多民族国家です。大量の技術人材を特定の都市へ集めて養成することが難しいのです。

 当初,インドのIT産業は,チェンナイ,デリー,バンガロールなどが中心でしたが,インド政府はIT人材養成,成長拡大のため,プネやハイデラバードをIT都市として成長させる政策をとりました。現在は,さらに別の都市群でIT人材育成を進めようとしています。大国インドが,IT人材を集積・育成する都市をどれだけうまく増やしていくかは今後の課題です。 欧米人のように振る舞い,ベンチャー精神が感じられないインドの人材

 インドは米国とのビジネスを通して,意識の面でも欧米の影響を受けました。それは見逃せない変化です。

 インドのIT市場が急成長を始めた頃から,さまざまなインドの人々と会いました。IT市場,新技術,新ビジネスを切り開いたインドの優秀な人材は,インド流の独自の哲学を持ち,ほかの国にないユニークさを感じさせました。

 インドの優れた方々とビジネスや人生について話したとき,インド数千年の歴史の中で積み重ねられた「教訓」を聞いてびっくりしたことが何度もありました。あるインドのエリートは,「山の頂に到達しようと思えば,天に届くように考え行動すれば,山の頂に到達することができる。しかし,最初から山の頂を目的地と考えていると,山のふもとまでしか到達できないこともある。ビジョンは大きく持って進め」という教訓を話してくれました。
草創期のインド人材にあった“におい”が消えていく

 実際,草創期の人材には,既に開かれた市場に参入する新世代の人材と比べ,より大きなベンチャー精神を感じました。新世代の人々には,あのインド独特の“におい”を感じさせる人が減り,西洋流に洗練され,欧米人を真似ているように感じさせる人々が増えたように思います。最近,あるインド関連プロジェクトの打ち合せにおいて,インド側の責任者が欧米人と全く同じようなことを話していたり,経営方針にインド流の哲学が全く感じられなかったりで,がっかりしたこともありました。あのインドの“におい”が消えているのは残念です。

 インドに限らず,シンガポール,中国,韓国,台湾,そして日本においても,初期に貧しい環境の中で新技術や新ビジネスを切り開いた人々と,既に形成された豊かな環境で育った若い世代には差があります。新世代には変化や逆境に弱い部分もあるように感じます。各国の新世代の人材が旧世代や先輩の経験からいかに学び,新しい時代のグローバル市場でどのように競合しながら活躍していくかは興味深いところです。

 グローバルソーシング戦略の根幹は,やはり次代を担う新しい世代に,いかに知識やノウハウを伝承し,育成してゆくか,という点にあると思います。インドの人材の変化を見ると,「人材戦略」の重要性を認識せざるをえません。 アウトソーシング先の新興国で「売り上げアップ」も狙う

 さて,次にアウトソーシング大国である米国の状況を見てみましょう。米国のアウトソーシング先は本当に世界中に広がっていて,まさにグローバルソーシングです。アウトソーシング先の国と委託内容をざっとリストアップしただけでも,次のような例があります。

◆カナダ:ソフトウエア開発

◆インド:ソフトウエア開発,ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)

◆パキスタン,バングラデシュ,ネパール:
 ソフトウエア開発,カスタマー・サポート

◆ブラジル,アルゼンチン,メキシコ,パナマ:
 ソフトウエア開発,ゲーム開発,カスタマー・サポート,ITサポート

◆フィリピン,ベトナム,インドネシア,オーストラリア:
 ソフトウエア開発,データ入力,カスタマー・サポート

◆中国:生産,ソフトウエア開発,データ入力,カスタマー・サポート

◆ロシア:ソフトウエア開発,研究開発

◆東欧諸国:ソフトウエア開発,ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)

◆南アフリカ:ITサポート
図●世界中に広がる米国からのアウトソーシング先
[画像のクリックで拡大表示]

 これらのアウトソーシングの主な狙いは,(a)コスト削減,(b)スキルあるいはリソースの確保,(c)グローバル・サポート,(d)現地国事業展開などです。

 しかし,狙いはそれだけではありません。米国企業は,これまでM&Aで規模拡大を進めてきましたが,最近はオフショア・アウトソーシングによる新手の「成長策」を打ち出しています。

 欧米企業は自国市場の成熟を認識しています。ですから,成長する新興市場としてのインドや中国に焦点を当て,ローカルな事業展開を進めています。欧米企業の今後の業績は,インド,中国などの新興国市場にどれだけ浸透できるかにかかっているのです。欧米企業の戦略は,基本となる製品の生産をアジアに集中させ,その安価な製品をベースに世界の新興国における売り上げやサービスを拡大することです。 多様化する委託内容,脅威となる委託先企業

 前述のリストからも分かるように,アウトソーシングの委託内容は多様化しています。最も多いのはソフトウエア開発のアウトソーシングですが,コールセンター業務やデータ入力といったビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)も盛んです。加えて最近では,マーケット・リサーチや証券業務など,特殊で高い専門スキルを必要とするナレッジ・プロセス・アウトソーシングが徐々に増えてきています。また,物理的な製造プロセス・アウトソーシングに上記の経験やノウハウを加えて,さらに効率化したアウトソーシング・モデルもあります。

 これらのアウトソーシング・モデルには,次のような共通点があります。

(1)自国とオフショア国の賃金に大きな差がある
(2)オフショアに豊富な人材がいる
(3)通信を利用して業務を行うことができる
(4)業務は情報処理が中心で,成果物の多くがインターネットで送受信できる
(5)業務にリピート性がある

 アウトソーシング先となる新興国の企業は,欧米や日本からのオフショア開発やアウトソーシング事業の中で,技術やビジネス・モデルを学び,収益を上げながらそれを再投資して力を付けています。一部には,従来の「外注先」ではなくなり,まぎれもなく「手強い競争相手」となっている企業も多く出現しています。

 こうした構図の中で,日本企業がどのように事業戦略を進めていくべきでしょうか。それは今後の大きな課題の1つです。次回は,米国やドイツの先進例を見ながら,グローバルソーシングで成功するためのポイントや教訓を述べたいと思います。
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