奥野 克仁
NTTデータ経営研究所
内部統制担当シニアコンサルタント
大手企業だけではなく,予算が限られる中小企業も独自の手法でオフショア開発環境のシン・クライアント化を図る。 CAD/CAMやGISを使った図面設計などを行う通信土木コンサルタント(東京・港区)は,CADオペレータの人件費節減や,オペレータの人材確保などを目的として,オフショア開発体制の構築を進めていた(図1)。特に他企業で実績があり,人材を確保しやすい中国がオフショア開発の中心となった。
従来,図面や資料などを海外へ送付する際は,郵便か電子メールの添付機能を使うのが普通だった。しかし,同社の島本賢システム担当部長は05年秋 から,日本と海外の間でシン・クライアントを活用した図面や資料の共有を図れないかと考えていた。これならセキュリティが高く,システムやデータも一元管 理できる。
当初,シン・クライアント化において,(1)使用中のCADシステムが安全かつ実用的に利用できる,(2)システム構築のコストを下げるため,既存パソコンを極力活用できる,(3)日中間で安価なインターネットVPNを使える──の3点を満たしたいと考えた。
その後,複数のシン・クライアント・システムの調査を経て,06年春頃に自社のCADが快適に動く APIラッピング方式の製品に巡り合った。APIラッピング方式はデータ転送量を抑えられるので,CADのような描画中心のアプリケーションに向いている。
中国国内はやむなくIP-VPNに変更
社内の検証では快適に動作するシン・クライアント化したCADであるが,いきなり本格的なオフショア開発で導入することには不安があった。そこで手始めとして,同社の九州にあるオンショア開発のシステムを07年6月にシン・クライアント化した(図2)。
技術的には,シン・クライアント・サーバーで稼動するCADシステムのラスター型画像データを,インターネットVPN経由で快適に送信できるかが最大のテーマだった。ただ,Bフレッツを回線に使うオンショア開発拠点との通信は極めて高速で,これといった問題もなく実現できた。
オンショア開発での成功を受けて,北京と杭州にあるオフショア開発拠点のシン・クライアント化に着手した。だが,中国内のインターネット回線の品 質は予想以上に悪かった。ある操作を行ってから結果が表示されるまでの時間が長い,回線が瞬断する,といった問題が起こった。現地の通信事業者と協議し, 改善を試みようとしたが,結局,中国内でインターネットVPNの利用は無理との判断に至った。
やむを得ず,北京オフィスでは中国内のアクセス回線として2Mビット/秒のIP-VPNを導入した。国際網はベストエフォートのインターネットを使うが,アクセス回線は閉域網というやや変則的なネットワークとなった。
北京オフィスではIP-VPNの利用によってシン・クライアントのパフォーマンスは改善したものの,夕方など利用時間帯によっては描画速度が著し く低下するケースも時折見られる。IP-VPN網内の輻輳(ふくそう)だと考えられるが,その場合はできる限り画面の変化を小さくするようにCADシステ ムを操作するなど,運用でカバーしている。
一方,杭州オフィスでは地元行政の積極的な支援を得られたので,10Mビット/秒の高品質なIP-VPN回線を確保できた。そして2008年6月,シン・クライアント化したオフショア開発システムの正式な稼働を開始した。
日中間で共同作業を実現
通信土木コンサルタントのシン・クライアント化したCADシステムでは,設計データはすべて本社のファイル・サーバー上だけで展開・保存され,端末側には一切のデータを保存できない仕様である(写真1)。 また,高度な設計業務を可能にするため,本社にいるスーパーバイザーがCADオペレータの作業状況をリアルタイムに監視し,必要に応じて代行操作を行って いる。シン・クライアント化によって,このようなオンショア/オフショア拠点間とのコラボレーションが容易に実現できた。今後,同社はオフショア開発拠点の拡大も検討している。特に,人件費が中国よりも安価なベトナムやタイ,24時間のグローバルな対応を可能にす るためのブラジルといった国が有力候補である。環境さえ整えば,これらの拠点への展開時も,シン・クライアントを使うことになるだろう。
NTTデータ経営研究所
●●コメント●●
0 件のコメント:
コメントを投稿