2日に発表された「ニンテンドーDSi」で、任天堂がめざす基本戦略がより明快になった。言うなれば「誰も競合がいないところ」の開拓を一段と進めるということだ。一見すると「低スペック」で「中途半端」とみえるDSiの仕様も、そう考えるとわかるようになる。(新清士のゲームスクランブル)
2日の「任天堂カンファレンス2008.秋」の目玉は、なんといってもDSiだった。しかし、このハードを機能面だけで見ると、任天堂が何を考えているのかわからなくなる。単なるマイナーバージョンアップなのか、それとも「プレイステーション・ポータブル(PSP)」を意識しているのか、「iPod」のような携帯音楽プレーヤーがターゲットなのか、PDA化や携帯電話化をにらんでいるのかなど、それぞれと比較しても理解するのはなかなか難しい。
この「何物であるか」という位置付けの難しさ自体が、任天堂が他の製品と差別化するうえで狙ったことともいえる。そのコンセプトは、任天堂の「Wii」における戦略までさかのぼって考えないと理解できない部分がある。
■「宮本コンセプト図」を着々と実現
任天堂は、Wii向けゲームをどのようなコンセプトで展開するかを決めたとき、過去の成功体験を捨てるほどの大胆な見直しを行っている。専務の宮本茂氏がまとめた「宮本コンセプト図」と呼ばれるチャートに、Wiiのゲームデザイン展開のプランがまとまっている。
このチャートは、今年の米ゲーム開発者会議(GDC)の講演で、一部が明らかにされた。「Wiiスポーツ」へとつながっていく「スポーツパック」、「エキサイトトラック」になる「レースパック」、「WiiFit」になる「ヘルス(健康)パック」、「はじめてのWii」などになる「パーティパック」など、ひとかたまりの遊びを「パック」としてまとめ、様々なソフトのプランを展開している。
さらに、それぞれのパックはDSとWiiとを連動させるために対になっている。DSのデータはカレンダー機能などを通じて、Wiiでまとめるといった役割分担なども盛り込まれていた。今回発表された「歩いてわかる生活リズムDS」はまさにヘルスパックのDS側のものといえる。
このチャートが作成された時期は明確でないが、類推すると2005年の中頃、Wii発売の1年あまり前ではないかと思われる。図の「脳トレ」と書かれた近くに、「音楽編集」という言葉が見え、これが最終的にはDSでは「大合奏!バンドブラザーズDX」になり、Wiiでは今回の目玉とされた「Wii Music」になったのだろう。
このチャートが興味深いのは、「スーパーマリオ」「ゼルダの伝説」「どうぶつの森」などのタイトルがこれらの「パック」コンセプトの枠組みの外に配置されている点だ。すでに確立されたラインアップとは切り離し、いかに新しいものを作れるかという視点でWiiの全体コンセプトが設計されたことを物語っている。
また、このチャートでは、ゲーム機という範疇のなかで、無理のない技術でより新しいニーズを掘り起こすことに重点を置いたのがわかる。ゲームが生活に近い領域へと広げられる妙な「生活感」のようなものがある。
■次のステップとしてのDSi
05年当時にこの図を見ても、今のような大成功を予言することは不可能だったろう。既存のゲーム機の成功戦略とは、まったくかけ離れている。任天堂に対して舌を巻かざるを得ないのは、05年の段階でこの革命的な見取り図を描き、それを見事に実現してきたということだろう。
この図のなかには、まだ実現していないペットとメールをセットにした「ニンテンメール」などがある。今回、Wiiのアバター「Mii」をDSに登場させる仕組みをもつ「トモダチコレクション」が発表されたが、当時のプランを実現させるプロセスが今も何らかの形で続いていることがわかる。
一方で、このチャートのコンセプトはすでにある程度まで達成された段階にきているという印象もする。任天堂はこのチャートに続く次の新しい戦略展開を行う必要があり、その検討と回答の一つがDSiだと考えられるのだ。
ただし、その次のステップの全体像を把握することは難しい。それは、宮本コンセプト図に見られるように、任天堂は何か一つのハード単体で全貌を示すような商品展開をしていないためだ。よりメタなコンセプトを作り上げて、それをハードとソフトとサービスに着実に落とし込む。ユーザー側にはバラバラのタイミングで出てくるために、一つひとつの商品を通じてだんだんとそのコンセプトがわかるという形になっている。
それが、単純にハードウエア自体が思想性を物語る新型PSPなど他の製品と比較するのが難しい理由ともいえる。
DSiを読み解くには、プレゼンテーションを行った岩田聡社長の発言内容とDSi自体から発せられるメッセージを糸口にするしかない。私が理解したのは、すでにDSが得た強みを維持しつつ、まだ誰も手をつけていない分野をさらに開拓して全体の市場を広げるという戦略である。
重要なのは「できるだけ競合しない」という点だ。DSiはどう見ても、他社製品と競合しないように注意しながら値段とのバランスを取りつつハードのスペックが決定されているように思える。
例えば、携帯電話と競合することを意識して避けている。携帯電話に必須の機能である電話とメール機能がそもそもない。無線LANを使った電話機能の搭載は技術的には可能だが今回は避けた。メールについての機能説明もなかった。今までと同じく、特定のゲームの中でユーザー間でコミュニケーションができるというレベルにとどめているのだろう。
また、注目すべきは、カメラの性能の低さだ。30万画素の2台の内蔵カメラ「ニンテンドーDSiカメラ」は、今や200万画素以上が当たり前になった携帯電話のカメラに比べると話にならないぐらい性能が低い。動画の撮影機能もない。30万画素カメラは3年前ですら1つ400円程度の原価であり、相当安いものを使っていることがわかる。
実際に筆者も触ってみて、顔にいたずらをしたりする部分はおもしろいものの、他に機能が少ないのですぐに飽きてしまうだろうと感じた。見やすいカレンダー機能とセットとはいえ、性能の低い30万画素カメラで自分や家族の記録を残していくことに積極的にはなれないと思えた。
しかし、岩田社長はこのカメラを「子供たちにとっては、生まれて初めて所有するカメラに」と述べた。また、「女子高生には、交友生活を記録する写真手帳に」と語った。なるほどと思った。多くの小学生もカメラを持ってみたいだろうが、自由に使わせる親は少ない。女子高生にとっては、すでに携帯電話のカメラがあるだろうが、簡易プリクラとしては十分使える。つまりDSiのカメラはメーン機として使われることを想定していないと考えられる。
また、岩田社長は「ミドルやシニアには、写真日記にするツールに」とも述べている。これは発想の転換だと思った。シニア向けの「かんたんケータイ」の逆だ。かんたんケータイには電話しかできないものが多いが、こちらは「かんたんデジカメ」といえる。撮影もデータ管理も簡単なわかりやすいインターフェイスで大きな画面で行える。
■軽い遊びのつまった「携帯ネタ機」
岩田社長がDSを「全年齢へ」「1人1台」と述べているのは、実際に本気なのだろう。コアのゲームユーザー層は、サードパーティーも含めた質の高いゲームによって引っ張っていくことができる。それ以外の、誰もが市場として考えていない部分でできることを広げようとしている。
大切なのは、DSiの個々のスペックの低さを補うマジックワードを任天堂が持っていることだ。それが「遊び」だ。
岩田氏も宮本氏も、プレゼンテーションのなかでゲームやエンターテインメントといった重いワードではなく、もっと軽いニュアンスで触れる「遊び」という言葉を前面に押し出しはじめている。
今風に言うならば「ネタ」をいろいろ仕込んでいますよ、というアピールだと言い換えてもいい。社会の大多数の人が手軽に受け入れるには、それぐらいの軽さとわかりやすさが必要と気づいたのではないか。
これは、任天堂がここ数年で確信を得たスタンスのように思える。しかし、元々これは自らが作り出した伝統でもあるのだ。
任天堂は、ゲームボーイの元の生みの親である故横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」を現在も意図的に選択している企業だ。これは技術的な成熟を通り越え、すでに社会では不要と思われている安価な技術を組み合わせることで、新しい価値を生み出せるという考え方だ。
このようなことは「遊び」であるからこそ成り立つ。「遊び」だから、一瞬であれその場が和めば役割を果たしたとなる。
もう誰も見向きもしない30万画素のカメラはその象徴といえるもので、この内蔵カメラの基本機能だけで終わるとは思えない。きっと別の「コンセプト図」が作られており、ほかの何かとカメラを組み合わせる「遊び」が用意されているのではないかと思う。
DSiはネタの集合体のハードであり、「携帯ゲーム機」というよりも「携帯ネタ機」とでも呼んだ方がいいだろう。ネタに払う値段として、1万8900円は決して高い額ではない。それは、Wiiのヒットによってすでに証明されている。
ただ、初心者には使いやすくても不満が感じられる点は、いずれ課題になってくると思われる。それはすでに、Wiiが直面している問題でもある。次回は、「DSWare」として発表されたダウンロードコンテンツの仕組みを検討しながら、その有利性と任天堂の戦略の死角を考える。
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