2008-10-14

ソフトパワーの認識が異なる中国とロシア−−ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授(1)

:::引用:::

 中国とロシアは対照的なパワーの使い方を世界に示した。フランス人の国際政治学者ドミニク・モアシは「中国がオリンピックで金メダルの獲得数で世界を圧倒したのに対し、ロシアは軍事的な優位性を世界に見せつけようとした。すなわち中国はソフトパワーを発揮し、ロシアはハードパワーを行使したのである」と書いている。エドワード・ルートワックなどの米国の研究家も、ロシアのグルジア侵攻はソフトパワーには限界があり、最終的には軍事力が支配することを証明したと主張している。だが問題はもっと複雑だ。

 ソフトパワーとは強制や報復ではなく、目的を達成する能力を意味する。北朝鮮の金正日総書記がハリウッド映画のファンだからといって、それが核開発計画に影響を及ぼすわけではない。1990年代にアフガニスタンのタリバン政権にアルカイダを支持しないように説得する際にもソフトパワーは役には立たなかった。しかし、民主主義の確立や人権の普及といった他の目標はソフトパワーによって達成された。

 すべての問題を解決することはできないからといってソフトパワーを過小評価する懐疑論者は、右手が強いからといって左手を使わないで戦うボクサーのようなものだ。ソフトパワーだけでは十分ではないが、効果的かつ“賢明なソフトパワー”戦略のためにはソフトとハードを結び付ける必要がある。ロバート・ゲーツ米国防長官は昨年「私が国防長官に就任したのはソフトパワーとハードパワーをもっとよい形で統合するためだ」と語っている。

 軍事力はハードパワーの源泉であるが、時にはソフトパワーの行使に寄与することもある。2004年のインド洋を襲った津波や05年の南アジアの地震の後に米軍が人道的支援ですばらしい活動をしたことは、米国の魅力を取り戻すのに貢献した。

 他方、軍事力の使い方を間違えれば、ソフトパワーを損なう可能性もある。ソビエトは第2次世界大戦後の数年間は非常に大きなソフトパワーを持っていた。しかし、クレムリンはハンガリーとチェコスロバキアに軍事介入をしたため、そのソフトパワーを破壊してしまった。

 現在、ロシアはソビエト崩壊後に味わった屈辱に対して民族主義的な反応を示している。エネルギー価格高騰で経済復興が進んだことで自信を取り戻し、周辺国に自国のパワーを再確認させようとしている。さらにNATO(北大西洋条約機構)の拡大や米国の東欧での米国のミサイル防衛システム計画、西側のコソボ分離承認によって、ロシアの民族主義意識はさらに高まっている。
ソフトパワーを五輪で高めた中国

 ロシアはグルジア政府を弱体化させる機会を狙っていた。8月初旬、ロシアは南オセチアを使った罠(わな)をグルジア政府に仕掛け、グルジアは愚かにもその罠にはまった。もしロシアが南オセチアの“自決権”を守るためだけに“平和維持軍”を派遣したのなら、ソフトパワーにダメージを与えることはなく、失うものよりも得るものが多かっただろう。しかしロシアはグルジア領土を爆撃し、閉鎖し、占領し、撤退を遅らせたため、ロシアは軍事行動の正当性を失い、世界に恐怖と不信の種をまいてしまった。

 その結果、ウクライナなどの隣国は以前に増して用心深くなっている。ロシアの最初の代償は、ポーランドが米国のミサイル防衛システムへの反対から一転して賛成に変わったことだ。ロシアが上海協力機構加盟国に対グルジア政策で支持を求めたとき、中国も拒否した。長期的な代償は、ロシアが新欧州安全保障システムを提唱できなくなったこと、ロシアを迂回するナブコやホワイト・ストリームのガスパイプライン建設に対する欧州諸国の関心が再び高まったこと、ロシアに対する外資の投資が減少することなどである。

 これとは対照的に中国はオリンピックを成功させたことでソフトパワーを高めることができた。07年10月に胡錦濤国家主席はソフトパワーを強化する計画を発表、オリンピックはその重要な戦略の一つであった。中国文化を普及させる孔子学院の設立と国際放送の拡充、外国人留学生の受け入れ拡大、柔軟な東南アジア外交で中国はソフトパワーに巨額の投資を行っている。

 しかし中国はオリンピックの目標をすべて達成したわけではない。デモや自由なインターネット利用を許さず、ソフトパワーを損なってしまった。

 こうした限界を克服するにはオリンピックで成功を収めるだけでは不十分だ。たとえば、米国の民間調査会社が行った世論調査では、中国がソフトパワーを高める努力をしたにもかかわらず、依然として米国がすべてのソフトパワーの分野で圧倒的な力を持っていることが明らかになった。中国は最も多くの金メダルを獲得したが、スポーツの分野以外で米国を追い越すことはできなかった。中国の指導者はソフトパワーを確立するためには表現の自由が重要であることを学んだことだろう。

 銃を使ったロシアと金メダルを獲得した中国が最終的に何を得るかは時間が経たないとわからないだろう。

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

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