2008-05-12

外交のプロに学ぶ、自分を「伝える力」

:::引用:::
「敵方の状況・実力などを知ったうえで、自らについても客観的に把握をしておくことが大切である」という意味の、孫子の兵法(謀攻篇)にある言葉である。

  本連載では「ITの進化とグローバリゼーション、それに伴う仕事と所得の平準化に対して、自分戦略として個人の高付加価値化は必須である」という考えのも と、まさに「彼を知る」(=相手を徹底的に理解する)という観点から海外のITエンジニアのキャリア観などについて紹介している。

 「相手を知る」「自分を知る」ことと併せて、「自分を適切に伝える」ということも大切だ。これは単なる自己紹介・自己PRではない。前回「松下電器産業の社名変更に見るグローバル戦略」でも触れたが、ITエンジニアとして素晴らしいスキルを持っていたとしても、それを相手に伝え、理解・支持されなければ海外のITエンジニアをうまく活用することはできない。

 激しい環境変化を迎えるとき、技術スキルをベースとしながら、いかに相手に分かりやすく伝え、素早く前向きに対応していけるかがいままで以上に求められてくる。

 日本国内で日本人の同僚と仕事をしている限りは、「伝える力(りょく)」の難しさと重要性を感じることはあまりないだろう。なぜならそれほど努力をしなくても、長期間同じ環境で同じ経験を共有している相手には「勝手に伝わっていく」からである。

  これはこれで居心地がよいのだが、中国やインド、ベトナムをはじめとする海外のITエンジニアとの仕事の場合、そうはいかない。「何度いっても分からな い」「日本国内の業務と比べ数倍コミュニケーションの手間がかかる」「オフショアでコスト削減を狙っても、これでは日本で開発した方がまし」など、負担は ますます増えている。

外交のプロの「伝える力」――外務省大臣官房参事官 井出敬二氏に聞く

 ところで外交の世界には、「パブリック・ディプロマシー」という考え方がある。これは広報や文化交流を通じて、民間とも連携しながら、政府間だけでなく外国の国民や世論に直接働き掛ける外交活動のことだ。

  活動の背景には、グローバル化の進展により、日本の外交政策やその背景にある考え方を自国民のみならず各国の国民に説明し、理解を得る活動が増えているこ とがある。いってみれば、日本国政府として海外のメディアや人材に自国の考えを伝えるということだが、これは海外と仕事をする日本人エンジニアにとっても 参考になる考え方だ。

 今回は外務省大臣官房参事官であり、2004年2月より2007年7月まで在中国日本大使館広報文化セン ター長を務め、日本の中国に対するパブリック・ディプロマシーを展開してきた井出敬二氏に話を聞いた。井出氏は中国だけでなく、在ロシア日本大使館広報文 化センター長も務めた経験のある、まさに外交のプロだ。

 ご自身の経験を基にした著書に『中国のマスコミとの付き合い方』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー』(PHP研究所・共著)などがあり、また日本語インターネット新聞「日刊ベリタ」で「日中・広報文化交流最前線」という記事を連載している。中国駐在時には現地マスコミとの交流を推進し、また自ら現地のテレビや新聞に積極的に対応するなど、行動力あふれる方である。

中国での「伝える力」6つのポイント

小平  「今回は、われわれ民間人もパブリック・ディプロマシーという考え方と実際の活動を知ることにより、日本企業や日本人エンジニアの海外ビジネスへの応用可 能性を探りたいと思います。特に中国で、日本企業と日本人エンジニアが、よりうまく『伝える力』を発揮していくためのアドバイスを聞かせていただけます か」


マスコミやコミュニティとの付き合い方

井出参事官  「4つ目のポイント、それは中国人スタッフについてです。中国で展開している日本の各種組織、日系企業で働く方は現地の名門大学を出た優秀な人材が多く、 日本語は堪能なのですが、必ずしも『日本語能力の高さ=日本的常識がある』ということではないのです。日本では常識だと思われていること、例えばTPOに 合わせたファッションなどは十分理解されていないことがあります。このギャップを埋めるには、『日本人にとって常識的なことでも知らないことがある』とい うことを前提に、一から研修やマニュアル作成で対応する必要があります」

小平 「確かに、日本語ができる中 国人社員が相手でも、実際のビジネスシーンでは問題が発生します。TPOのほかに、日本語のできる中国人社員に対する日本人の不満としては『ITエンジニ アなのに、専門用語が通じない』『日本語のニュアンスや行間が読めない』などもあります。相互理解に手間暇がかかると、コミュニケーション自体がストレス のもとになってしまいます。例えば当社ではクライアント企業向けに『外国人社員向けスタートアップパッケージ研修』としてギャップの最小化を目指すプログ ラムを提供して対応をしています」

井出参事官 「5つ目のポイントは中国のマスコミとの付き合い方です。欧 米企業などは上手にやっているところが多いようです。現地駐在のトップも含め常日ごろから現地の記者たちとオープンに付き合いをしているので、何か問題が 発生したときにも質問に答えやすいのです。一方で日本企業の場合、普段そのような付き合いはなく、問題発生時に記者が問い合わせをすると『防御的な対応』 をして、いっそう閉鎖的なイメージを植え付けてしまうことが多いのです。日ごろから話ができる雰囲気をつくっていくことが大切です。

  最後になりますが、6つ目のポイントが現地コミュニティとの付き合いです。『アメリカでは日本企業・日本人が現地コミュニティと積極的に付き合っており、 これが日米関係を基層で支えている。その点、中国ではまだまだ足りないのではないか。中国ではどのように積極的に現地コミュニティと付き合ったらよいか』 という問題意識を持って、日本大使館と日本企業関係者とでよく意見交換していました。年に1回は、中国各地の日本人会・商工会議所の代表が北京に集まる大 きな会合も開催していました。反日デモの後、特に日本企業関係者が中国における社会貢献活動をいっそう積極的に展開し、かつそれを『隠徳』として広報しな いのではなく、うまく広報していく姿勢に転換したことは、注目すべき動きだと思います」

小平 「現地コミュニティとの付き合いといいますが、具体的には一般の日本企業・日本人はどの辺りから始めればよいのでしょうか」

井出参事官  「私は教育担当でもあったので、強くお勧めしたいのは各地域の大学に設置された日本語学部・学科の先生、学生さんたちとのお付き合いです。中国では英語に 次いで日本語学習者の数が多いのですが、学校内では日本のテレビや最新の情報に触れたり、日本人と対話をしたりする機会はほとんどありません。

  皆さんが地域の日本語教育機関と積極的に交流すれば、それは学生たちにとっても日本について学ぶ機会になります。例えば各地の日本人会・日本商工会の忘年 会・新年会などに、大学の先生を招待しているという話を聞いています。また企業で読み終わった日本語の新聞などを大学に寄付するととても喜ばれます。同時 に日本人の価値観を理解してもらうことにもつながります。その交流で培った中国への理解、ネットワークは、ビジネス上のさまざまなシーンで役立つはずで す」


 今回の井出参事官との対話で出てきた6つのポイントを、以下にまとめたい。

その1:ビジネスパーソンであっても日中政治関係を理解する
その2:中国社会を理解する
その3:クレーム対応、広報対応の能力を高める
その4:中国人スタッフの知っていること、知らないことを理解する
その5:中国のマスコミと話をしやすい雰囲気を保っておく
その6:現地コミュニティとうまく付き合う

 これらは、日本国内で外国人エンジニアと交流する際にも、十分応用できるものだろう。自社の考えや仕事の進め方を分かりやすく相手に伝えたうえで、自分のやり方で仕事を進める――。このような「自分発」のグローバル化を考えてみてはいかがだろうか。

井出参事官 「私は2004年2月より2007年7月まで在中国日本大使館で広報文化センター長を務めましたが、この間には反日デモなどが発生し、その対応もしてきました。この経験から、中国とビジネスをするうえで役立つと考えられる6つのポイントをご紹介したいと思います。

  まず1つ目には、ITエンジニアであっても日中間の政治関係を理解しておくことです。『政治とビジネスは関係ない』という方がいますが、中国人が政治を通 じて日本人をどう見ているかは知っておいた方がよいでしょう。日中関係で中国メディアがよく報道している問題は、歴史も含めてひと通り理解しておくことが 大切です。通常のビジネスの場で政治問題を議論する機会はないでしょうが、中国人との本音での付き合いではそういう機会もあり得ます」

小平  「確かにそうですね。私が企業にアドバイスをする際にも、『日中関係で注意すべき日にち』を紹介しています。例えば日本で7月7日といっても七夕くらいし か思い浮かびませんが、この日は日中全面戦争の発端となったといわれる盧溝橋事件の発生した日で、日中関係を背景とする歴史的な『忘れられない』日にちに なっています。そのような日に晴れやかなセレモニーやキックオフパーティーなどは控えるべきですね」

井出参事官  「いつがデリケートな日なのかは知っておくべきです。2つ目のポイントは中国社会を理解することです。例えば、実は中国はアメリカと同じくらいの『クレー ム社会』であるということを知るべきです。日本企業の消費者向け製品やサービスなどでしばしば問題が起こります。これらがひとたび報道されると、今度は ネットで一気に燃え上がる。この対応が大変なのです。欧米の食品、スポーツ用品を扱う企業なども標的になり、対応に苦慮していたことがあります。

 また、人材採用に関連しての中国独特の戸籍制度、日本とは異なる冠婚葬祭のしきたりなどは、私もずいぶん勉強しました。

 3 つ目のポイントはこれと関係しますが、クレーム対応、広報対応能力を上げることです。上記のような問題が発生した際、日本企業の体制と担当者の力量によっ て、対応力は相当変わります。同じ日本企業といっても、説明責任をきっちり果たすところもあれば、現地日本人職員が少ないなどの事情から十分対応ができな いところもあります。これは特に反日デモの際、日本企業もターゲットになり、皆さんが苦労されているのを見ていて、その重要性をあらためて強く認識しまし た」

小平 「まさにビジネススキルと直結しますが、これは危ない、と感じる『問題発見力』とそれに対処する『問題解決力』両方が必要となりますね。自分が対応すべき課題をきちんと認識して、臨機応変に対応する、これはITエンジニアにとっても大切な能力です」


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