2008-05-23

「転職すれば昇給」の終えん・印中でIT技術者の採用手控え

:::引用:::
 インド政府は4月29日、IT企業を対象とする法人所得税の全額免除措置を2010年3月期まで1年延長するこ とを発表した。前回のコラムでも触れたが、米国に有力取引先が多いIT業界はサブプライムローン問題のあおりで収益力が鈍化しており、これまで成長のけん 引役となってきたIT産業の収益を下支えするのが狙いである。長期的にはインドのIT業界の存在感はますます増大するであろうが、短期的には初めて厳しい 局面を迎えているのであろう。

 以前のコラムでも「大手は技術者が足りないにも関わらず採用を控えているらしい」と書いたが(第44回 インドIT業界にレイオフの恐怖がやってきた)、IT大手の採用手控えの動きが目立つようになってきた。インドの新聞各紙でも最近はこの手の記事が目立つようになっている。

 この動きは少なからずIT技術者にも影響を与えるであろう。今まで転職を繰り返して給料を上げてきた技術者に とっては大きな問題である。新しい技術の習得、可能性の追求のための転職というのは技術者心理としてわかるが、ただ目先の収入だけで転職を繰り返してきた 技術者(私はワーカーとしてしか認めていないが)が多かった。今回のような流れは、長期的には良い薬になるであろう。

 誤解のないように書いておくが、もちろんそんな技術者ばかりではない。現在、転職の相談を受けているインド工科 大学(IIT)卒業生(IITian)の知り合いがいる。彼は欧米系の大手IT企業に勤めている。同僚の話によると、このIITian君は職場に携帯電話 を持ち込まないとのことである。携帯電話だけでなく、職場の内線電話も撤去して、ただひたすら仕事に集中している。「仕事から学ぶことはお金では買えな い」と深夜3時、4時でも仕事が終わるまで働くそうだ。責任感と集中力はすごいと聞く。しかし彼も新しい環境を目指して、海外で働くことを考えているよう だ。こういう技術者は応援したいものである。

 採用の手控えは中国も同様のようだ。4月末から9日間、大連と北京を周ってきた。大連のハイテク企業が集中する高新園区とソフトウエアパークでフリーペーパー誌を発行している人と会った。いつもこのコラムを読んでくれているとのことで、友人から紹介を受けた。

 彼の話によると、IT企業の求人広告がこの半年で5分の1に減ってしまったとのことだ。欧米系企業の求人はまだ 続いているようだが、中国企業の採用が激減しているという。サブプライム問題とは直接の関係はないが、日本企業からのオフショア開発の発注が、特に力の弱 い中小ソフトウエア会社に対しては大幅に減っていると見られる。

 中国で技術者の採用面接に立ち会ってみた。驚くことに、新卒のIT企業の初任給が2500元(約4万円)であるにもかかわらず、経験3年で5000元が普通と聞く。彼らはそれでも安いと思って転職を希望している。

 しかし3年間の仕事の中身を聞くと、どう考えてもまともな仕事をやってきたとは思えない。別の技術者は、日本で 6年間働いた経験があるという。しかし、ほとんど日本語の会話ができない。ソフトウエアの仕様書を読んでプログラミングができるだけである。いくらITの 技術力と言語能力は違うとはいえ、6年間も日本で何をやってきたのかと思わざるを得ない。

 インドの一部の技術者と同じように、彼らも転職を繰り返すだけで給料が上がると誤解しているようだ。今まではその考えが通用したかもしれないが、そんな甘い時代がいつまでも続くわけがない。

 もちろん先程のIITian君と同じように、真面目な技術者もいる。今回は2人ほど紹介された。ある大手中国ソ フトウエア会社の日本向けオフショア開発センター(ODC)の責任者は、大学を卒業して大手ソフトウエア会社で一筋に技術を磨いてきた。しかし現状の立場 では、彼自身にとって今以上の成長を期待できないと転職を希望している。また、ある日系企業に勤める技術者は、限られた範囲の技術しか仕事がなく、新しい 技術を習得したいために転職したいとのことである。IITian君同様、彼らも応援したくなる。

 インドも中国も、本物の技術者だけが生き残る時代がそこまで来ているようである。それはすなわち単価の高い日本の技術者がより厳しい状況に置かれるということである。

 さて、今回の中国出張では、IT企業関係者以外の人たちにも会った。中国における日本語教育のメッカのひとつで ある大連外国語学院のある先生は、まだ26歳だが、2年の飛び級で外国語学院に入学し、現在は講師をしている。日本語能力は私が足元にも及ばないほどだ し、何よりも論理的に説明する能力が素晴らしいと感じた。

 大連外国語学院日本語学科の学生は現在3000人、講師は100人いるそうだ。さすがに大連の対日業務を支えて いる大学である。もっとも、3000人の学生がこういう先生に真面目に教わっているかというと少し違うようだ。半分の学生は実家からの仕送りで遊び呆けて ばかりいるという。外国語学院に留学している日本人学生は約800人。彼らも授業を真面目に受けているのは半分しかいないそうだ。

 偶然であるが、大連外国語学院近くのライブハウスを覗いてみた。別にライブハウスに行きたかったわけではない。 お客様を案内できるような静かなバーがないかと探していると、間違ってライブハウスを紹介されてしまったのだ。外国語学院の周りには、こういう店が非常に 多い。大連の技術系大学の最高峰である大連理工大学の周りには何もないのと対照的である。

 中に入ってみると、もちろん若者ばかりである。驚いたのは値段の高さである。日本人向け高級カラオケクラブも非 常に高いが、メニューを見るとウィスキーのボトル料金が日本人向け高級カラオケクラブの3倍の値段である。シーバスのボトルキープで約2万5000円だ。 これを彼らが払っているのかと思うと恐ろしくなってくる。

 しかし何事も経験である。結局は、ライブハウスではなくて静かなバーも見つけることができた。新しく何軒かの中 華の海鮮レストランを開拓することもできた。もちろん失敗もある。大連のフリーペーパー誌を発行している人と会ったのは薬膳料理屋である。大連には薬膳料 理屋は1軒しかないらしい。何故1軒しかないのかと聞くと、本物の薬膳料理を出す店以外は政府から免許を取り消されたらしい。だから行ったのは本物の薬膳 料理屋である。

 面白くていろんな料理をいただいた。味がまた良いのである。しかし食べている途中に急激に満腹感を感じだした。それから1週間、非常に体調を崩してしまった。いわゆる「食の安全」とは違うが、薬膳料理とは薬にも毒にもなるのだと気が付くのが遅かった。
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