2008-05-29

「IT技術者はやりがいがある仕事か」---学生とIT産業のトップが公開対談

:::引用:::
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)は2008年5月28日,同機構が主催したイベントIPAX2008で学生と経営者との公開対談を開催した。経営者はCSK ホールディングス 取締役 有賀貞一氏,コムチュア 代表取締役社長 向浩一氏に元NEC代表取締役社長で現IPA理事長 西垣浩司氏が加わった。学生代表は慶應義塾大学,九州大学,千葉工業大学,東京情報大学,東京工科専門学校から各校2名が登壇し,うち4名は女性。司会は インプレスR&D 編集局長 田口潤氏が務めた。

 「IT産業は技術革新が起き続けているのに,学生に人気がないと言われる。本当に人気がないのか。IT産業は学生からどう見られているのか。率直な意見を聞きたい」(田口氏)。公開対談は昨年に引き続いて2回目となる。

IT企業のイメージは

 最初に投げかけられた「やりがいのある仕事とは」という問いに対しては,学生からは以下のような回答が出てきた。「達成感」「自分が成長したと感じられること」「成果物が世の中に役立つこと」

 IPAの西垣氏は「そういうニーズを満たすのがIT業界だ。私が保証する」と述べ,「もっともっとIT産業をアピールしていかなければならない」と反省する。

 「IT企業のイメージは」という問いに対する回答は以下のとおり。

 「明るい」「ライブドア事件が印象に残っていて『ずるがしこい』というイメージ」「GoogleやYahoo!がWebの入り口としてのイメー ジ」「社会インフラを整備している会社というイメージ」「なかなか思いつかない。日本のパッケージ・ソフト・メーカーは思いつかず,ぎりぎり思いついたの がNTTや組み込みシステム」「以前は,あまりいい噂を聞かない,ニュースになる事件やウイルス・ソフトなど,取っつきにくいイメージ。就職活動を経てこ れから成長していける期待が大きいというイメージに変わった」「パソコンを作っている企業」「情報サービス産業という言葉は聞いたことがなかった」「アメ リカの企業の名前が先に来る」

 これらの答えに対しCSKの有賀氏「業界が悪いのだが,コンシューマ向けとして表に見えている部分しか知られていない。産業を支えている基盤につ いてちゃんとしたPRをしていない」と話す。また「IT産業の仕事はSEとプログラマだと思われている。それよりも,どうビジネス化していくか,どうプロ ジェクトマネジメントで500人,1000人をどうマネジメントしていくかが大事。そういう職種についてちゃんと説明してきていない」とする。

IT技術者はやりがいがあるか


 「IT技術者はやりがいがあるか」という問いに対しては,学生の答えは分かれた。

 一度就職してから大学院に戻った学生は「やりがいがあるというより,しょうがない,やるかという感じだった」と答える。「これを作れと言われて作るイ メージ」「ITがなければコンビニでものも買えない,電車も乗れない。ITは重要な産業だと思う。一方で,IT産業で働いている方はそういうモチベーショ ンを持っているのかどうかわからない。ネットで調べると,きついという声が多い。3Kどころか,42Kという言い方まであってびっくりした」

 やりがいがある仕事と感じている学生もいる。「世界中でIT技術が活用されていて,IT技術が世界を支えている。成長産業であり,やりがいがある と考えている」「就職活動をするようになって,銀行のATMやSUICAなどITが日常生活を支えていることを知った。やりがいがある仕事だと思う」「自 分の書いた子供のようなものが世に出て人の役に立つのであれば,やりがいを感じられると思う」

 司会の田口氏は聴衆に向かって「会場に来ておられる方々はIT産業で働いている先輩方だと思うが,やりがいがある,と感じている方は手を挙げてほしい」と呼びかけた。500人程度と思われる聴衆のうち,手を挙げたのは半数程度だった。

 CSKの有賀氏は「若い時に一つの仕事をアサインされても全体なんてわからない。同じ仕事している3人に『何をしている?』と聞いたら「石を積ん でいる」「門を作っている」「寺を作っている」という別々の答が返ってきたという話があるが,全体をとらえる努力をすることがやりがいにつながる。やりが いは自分で作っていくもの」と話す。しかし学生は「忙しいから教えてやれないという否定的なマネジャと,ビジョンを示すマネジャでは組織のパフォーマンス がまるで違ってくるはず」と反論。有賀氏は「言いたかったのは,自分の回りでやっている自分の担当と関係のないことも勉強しろということ。そうすれば成長 する」と補足した。

 IPAの西垣氏は「仕事をコツコツ続けていれば見えてくる」と話す。「まず10年間は泥のように働け」という,伊藤忠商事 元社長 丹羽宇一郎氏の言葉を紹介した。丹羽氏が新入社員に語ったという言葉で「まず10年間は泥のように働いてもらう。その中で周囲を思いやる力をつける。次に マネジメントの勉強をして,最後の10年はマネジメントを大いにやってもらう」というもの。

 しかし学生からは「10年耐えられる人もいるかもしれないが,心が折れる人もいる」「10年たてば環境や必要なスキルは変わっているのではないか」と反論。「10年我慢して働くという人は挙手して」という司会の呼びかけに,手を挙げた学生はいなかった。

 西垣氏は「商社くらい変動している産業はない。IT産業も変動している。変動に対応した仕組みを作っているところが勝つ。その底辺に流れているのが『10年』」と意図を説明した。

欲しい人材は,働きたい企業は

 「企業が欲しい人材は」という経営者への質問に対し,コムチェアの向氏は「貪欲に学ぶこと。手を抜かないこと」と答えた。「就職説明会をやってい ると,中国の人が来ることもあるが,非常にハングリー精神がある。日本の学生は,ゆとり教育が影響しているのか,頼りなく感じる」(向氏)という。

 「働いてみたい企業は」という問いに,IPAの未踏プロジェクトで天才プログラマ/スーパークリエータに認定された慶應義塾大学大学院の斉藤匡人 氏は「自由度,決定権があること」を挙げる。斉藤氏は「Googleと話していると,いいものを作ったら世界に展開するチームをつけると言われる。10年 我慢しろと言われるより,君の技術力が欲しいといわれるとグラッとくる」と話す。また「すごい人と一緒に働けることがやりがい。そういう人がいないと魅力 を感じない」(斉藤氏)。

 IPAの西垣氏は「未踏でスーパークリエータに認定された技術者が3人Googleに就職したが,それはいいことだと思っている」と話す。「彼らには何年かして日本で起業して欲しい。そこまでのステップを踏まないと新しい流れは生まれない」(西垣氏)

ソフトウエア技術者は専門職か


 話題は,企業が重視するスキルと,学校が重要視して教育しているスキルのギャップに移った。IPAの調査によれば,IT企業が大学教育に期待するもの は,1位が「システム・ソフトウエア設計」,2位が「文章力」,3位が「チームワーク」。「1位以外はコンピュータ・サイエンスに関係ない。これは日本の 初等教育の失敗を示している」(CSK有賀氏)。

 学生からも「企業はソフトウエア技術者は専門職と捉えているのかどうか聞きたい」という質問が飛ぶ。「ハードウエア技術者は修士が多い。それに比べ,ソフトウエア技術者はとりあえず入れてしまえという感じがする」。

 CSKの有賀氏は,そもそも専門課程の学生数があまりに少ないとする。「日本に情報系学科の在籍者は8万人しかいない。これは経営工学など社会科 学系も含んでいるので,工学系は2万人。1学年あたり4000人しかいない。しかしそのうちこちらの期待するレベルの勉強をしているのは4分の1で,つま り1000人程度。情報サービス産業は非専門家によって成立している」と有賀氏は言う。「コンピュータ・サイエンスの学科を増やさないと問題は解決しな い」(同)。

 学生からは「IT技術者の生産性は人によって大きく違い,普通の人の10倍の生産性を上げる人もいる。それなのに,入社時に評価されるのは『コミュニケーション能力』など。技術をつけてもつけなくても一緒なら,頑張らなくてもいいとなってしまう」という声も出た。

 IPAの西垣氏は「情報処理技術者試験などの資格をとれば手当がつく」と答える。しかし学生は「それが10倍違う生産性に見合っているのか。本質的な処遇になっているのか」と迫る。

 西垣氏は「数として欲しいのは,金融システムなど企業の大型システムに従事する人間。こういった領域では,個人の能力よりは業務ノウハウが重要。 プログラマとして優秀であっても,業務を理解しないと,よいシステムができない。技術だけを評価して処遇することは企業としては難しい」と答えた。「天才 プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか向いてない」(西垣 氏)。

 有賀氏は「実力がついてきて,自分が外に高く売れると思ったら売ればよい。うちの社員には一生この会社にいなくてもいいと言っている」と語った。


●●コメント●●

0 件のコメント: