2008-05-13

ネクストチャイナとして注目されるWTO加盟後のベトナム

:::引用:::
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 堀江正人(ほりえ・まさと)

はじめに ~ 有望投資先として注目されるWTO加盟後のベトナム

  ベトナムは、2007年1月にWTOへ正式加盟し、貿易・投資・ビジネス面で世界と共通のルールが適用されることになった。社会主義経済から市場経済への 移行を目指すドイモイ政策がスタート(1986年)してから20年あまりを経て、ベトナム経済は、グローバル経済と統合され、経済の開放・自由化の歩みに 一つの区切りがついたといえる。
 WTO正式加盟をきっかけに、外国投資家のベトナムへの注目度は急速に高まり、外国からの直接投資認可額は2007年には過去最高を記録した。また、ホーチミン証券取引所の株価も2006年後半から2007年初頭にかけて急騰した。
 本稿では、ベトナムへの直接投資増加の背景について、WTO加盟だけでなく、中国やタイなど周辺国との比較や、外資企業のアジア展開戦略等の視点も踏まえつつ明らかにする。さらに、ベトナム経済と対ベトナム直接投資の今後についても展望する。

1.輸出主導で経済高成長を続ける「ミニ中国」のベトナム

(1)中国型の経済成長パターン ~ 外資による輸出主導で成長

  ベトナムは、東アジアで中国に次ぐ高い経済成長率を維持している。ベトナム経済高成長の背景として、経済体制・経済構造の中国との類似性が注目される。ベ トナムは、中国同様、共産党一党独裁の下で漸進的に市場経済移行を進める政治経済体制であるという意味で、「ミニ中国」的な存在と言える。中国とベトナム は、急進的な市場経済移行で景気が大幅に後退し社会が一時混乱に陥ったロシア・東欧諸国と比較すれば、社会の混乱を避けつつ市場経済にソフトランディング させることに成功したと言える。
 また、ベトナムは、海外からの直接投資を積極的に受け入れた反面、金融市場の対外開放には 非常に慎重であり、この点でも中国と同じであった。そのため、金融市場を対外開放していたASEAN諸国の経済がアジア通貨危機による為替相場急落で大幅 なマイナス成長に陥った際にも、中国とベトナムは景気後退を免れることができた。
 さらに、経済成長の原動力は何かを想起してみると、ベトナムも中国も、これまでの経済成長の牽引役は輸出であった。しかも、輸出に占める外資企業の比率が高い点でも両国は共通しており、中越両国とも足下で輸出の6割が外資系企業によるものである。

(2)拡大する輸出 ~ 労働集約型製品輸出拠点として台頭するベトナム

①一次産品と労働集約型軽工業品を中心に急増する輸出
  ベトナムの輸出は、2002年以降、前年比2ケタ台の伸び率で増加している。輸出額は、2006年には400億ドルと、3年前(2003年)の2倍に急増 し、2007年も速報ベースで約480億ドルと過去最高に達した模様である。近年の輸出増加の主な要因は、米国との通商協定発効(2001年)およびベト ナムのWTO加盟(2007年)である。特に、輸出先の中で最近数年間に米国向けが著しく増加しており、対米輸出がベトナムの輸出拡大に大きく寄与してい ることがうかがえる。
 ベトナムの輸出を品目別に見ると、最も多いのは原油であり、これに続くのが、繊維製品、履物などの軽 工業品、水産物、米、コーヒーなどの一次産品である。近年は、原油高を背景に原油輸出額が大きく増加し、また、米国との通商協定発効(2001年)以降、 米国向けの繊維製品、履物などの輸出増加が目立つ。
 タイ、マレーシア、フィリピンなどの周辺ASEAN諸国は、すでに輸出の中心が一次産品からエレクトロニクスなどの工業製品へと転換している。これに対して、ベトナムの輸出構造は、一次産品と労働集約型軽工業品が中心であり、典型的な初期発展途上国型と言える。
②急拡大する米国向け軽工業製品輸出
 ベトナムの輸出で最近目立つのは、米国向け労働集約型軽工業品輸出の急増である。
 2001 年12月に米越通商協定が発効し、米国のベトナム製品への輸入関税が平均ベースで40%から3%へ大幅に引き下げられたことを受けて、米国のベトナムから の輸入が急増している。特に、人件費の安いベトナムが優位性を持つ労働集約的な軽工業製品の伸びの高さが目立つ。米国にとって軽工業品の最大の輸入相手国 は中国であり、国別輸入額ランキングにおいて、中国は多くの品目で他国をはるかに上回る第1位となっている。しかし、国別輸入額ランキングの2位以下につ いて見ると、最近、いくつかの品目でベトナムの台頭が顕著である。例えば、米国におけるニットアパレル(HS2桁コード=61)の国別輸入額を見ると、ベ トナムからの輸入額が2003年に中国に次ぐ第二位となり、2005年以降は急速に増加して、3位以下の国々を大きく引き離している。
 また、アパレル(HS2桁コード=62)や家具・ベッド(HS2桁コード=94)などでも、米国のベトナムからの輸入が、2000年から2007年までの7年間で60~70倍に増加するなど高い伸びを示している。
③今後は、ITアウトソーシングでも有望
 さらに、ベトナムは、工業製品の生産拠点としてだけではなく、ITサービスのアウトソーシング先としても有望視されており、特に、パソコン用アプリケーションソフト開発において世界の中でも有望な拠点として注目されている。
  アウトソーシング先としてのベトナムの魅力は、エンジニアの人件費が中国の1/3以下であり、土地代が安く、エンジニアの転職率が他国より比較的低いこと にあると言われている。また、ハノイとホーチミンには有名工科大学など高等教育機関があり、卒業生の数学運用能力が高いことも魅力とされている。問題点は 英語力が不十分なことであるが、e-mailによるコミュニケーションには問題がないとされ、IT関連のアウトソーシング先として、ベトナムの利用価値は 非常に高いと考えられている。最近では、インドのSatyamなどの大手IT企業がベトナムにアウトソーシングサービス拠点を構えるケースも見られるよう になった。

2.WTO加盟で注目されるベトナム経済

(1)WTO加盟で急増したベトナムへの直接投資

  ベトナムへの海外からの直接投資認可額は、アジア通貨危機前の第一次ベトナムブームの1996年に100億ドルに達したのをピークに、その後は低迷が続い てきた。しかし、2004年以降は再び増加に転じ、ベトナムがWTOに正式加盟した2007年には、大幅に増えて200億ドルを上回った。また、投資認可 件数についても、2007年は、アジア通貨危機前のピークであった1995年の3倍以上となった。
 このようにベトナムへの直接投資が急増している背景として、2つの要因が考えられる。
  一つは、2006年に入ってベトナムのWTO加盟が近いとの観測が浮上したことである。つまり、WTO加盟により、関税引下げ、市場開放、知的所有権の尊 重、国有企業改革などが実施され、それによって外資系企業のベトナム進出が従来よりも容易になることへの期待感が高まったのである。もう一つは、2003 年以降、外資企業が、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」戦略によって、中国一極集中を避けてベトナムへのリスク分散を図ってきたことである(これについ ては後述する)。

(2)WTO加盟で急拡大した株式投資  ~ 急速に高まったベトナム株への人気

  WTO加盟はベトナムの株価の大幅上昇をもたらした。ベトナムは2007年1月にWTOに加盟したが、2006年後半にはWTO正式加盟が近いとの観測が 広まり、またAPEC首脳会議がハノイで開催され成功裡に終わったこともあって、投資家のベトナムに対する期待感が大きく膨らんだ。このため、ベトナムの 株価は2006年10月から2007年1月までのわずか3ヵ月で2倍に上昇した。この株価急上昇期に外国人投資家のベトナム株買い越し額が急激に拡大して おり、ベトナム株の値上がりが、WTO加盟を好感した外国人投資家の買いに支えられていたことがうかがえる。

3.日本企業の対ベトナム投資

(1)高まるベトナム人気 ~ ここ数年でASEAN最有望国に浮上

  日本企業のベトナムへの関心は2000年以降、着実に高まりつつある。国際協力銀行(JBIC)の海外直接投資アンケート調査結果を見ても、有望投資先ラ ンキングの中でベトナムの順位が最近上昇してきたことが見てとれる。今や、ベトナムは、中期的な有望投資先として、中国、インドに次ぐ第3位の地位を確保 している。また、ASEANの中では、タイやインドネシアなどを抜いて日本企業の関心が最も高い国となっている。

(2)ベトナムはなぜ有望なのか ~ 低廉な人件費を活かした労働集約型生産が強み

①中国、タイ、インドと比較したベトナムの優位性
 日本企業は、なぜベトナムを有望視しているのか?上記のJBICアンケートでは、国別に有望理由を調査している。その結果を、ベトナム、中国、タイ、インドの4ヵ国について比較し、ベトナムの優位性が何かを検証してみよう。
  ベトナムで回答率が最も高い項目は「安価な労働力」である。これは、低廉な人件費を活かしてベトナムを労働集約型産業の生産拠点にしようというのが日本企 業の基本戦略であることを示唆するものと言えよう。また、ベトナムは、他の三カ国に比べて「他国のリスク分散の受け皿」の回答率が高い。これは、ベトナム が、中国一極集中リスクをヘッジするための事業展開先として位置付けられている状況を表すものと言えよう。
 中国は、「安価な労働力」と「今後の現地市場の成長性」の2項目への回答率が際立って高い。製造拠点(グローバル市場向け輸出生産)として魅力があると同時に、13億人の国内市場を獲得するという魅力も大きいことがうかがえる。
  インドについては、「今後の現地市場の成長性」の回答率が抜きん出て高く、巨大な人口を背景とする国内市場の潜在力に、日本企業は大きな魅力を感じている といえる。ただ、「国内市場」以外の項目の回答率は他の3カ国に比べてかなり低くなっている。少なくとも、現段階では、日本の製造業にとって、投資先とし てのインドは、国内市場獲得以外のメリット(例えば輸出拠点としての活用)は大きくないということが推察される。
 タイについては、多くの点で他の3カ国を上回っており、日本企業にとって進出しやすい国であることがうかがえる。特に、ビジネス・インフラに関連する項目では、全般的に他の三カ国よりも回答率が高くなっている。
  こうしたことを踏まえると、日本企業のそれぞれの国への進出動機は、輸出競争力向上と現地市場確保を狙うのなら中国、事業拠点の円滑な海外移転を重視する ならタイ、現地市場の中長期的成長に賭けるのならインド、輸出拠点としての潜在力に注目するならベトナム、というふうに類型化できるであろう。
 また、どの国に進出するかは、事業のタイムスパンによっても影響されるだろう。なるべく短期で成果を上げたいのならば、産業集積のある中国、タイが有利であるが、長期的なメリットを狙うのならば、インド、ベトナムの魅力がより大きいであろう。
②低廉な人件費で優秀な労働力が雇えるベトナム
  ベトナムの人件費は近隣ASEAN諸国よりも低く、また、中国と比べても低い。ベトナムの賃金水準は、タイ、マレーシアの1/3、中国の1/2とされてい る。しかも、賃金の安さに加え、ベトナムは中国や近隣ASEAN諸国と違って週休二日制ではなく祝日も少ないため、稼動時間当りの人件費で見れば、中国・ ASEANと比べてさらに有利になる。労働集約型組立て産業にとって、こうしたベトナムの低賃金は大きな魅力である。また、ベトナム進出日系企業へのヒア リングによれば、ベトナムの労働者の作業効率や作業の質は、中国と遜色ないレベルである。このように、質が高く低廉な労働力を確保できることが、ベトナム 投資の最大のメリットであると考えられる。
  実際、ベトナムの人件費の安さは、進出日系企業に大きなメリットを与えている。例えば、ジェトロの調査によると、製造原価が中国よりも安いと回答した日系 企業の割合は、ASEAN主要国の中ではベトナムが約6割と最も高い。この調査結果は、低廉な人件費を背景に、労働集約型生産におけるベトナムのコスト競 争力が東アジアでも屈指の高さであることを示すものと言えよう。日系企業からは、「チャイナ・プライス」を下回るコストで生産できる国は、東アジアではベ トナムしかないのではないかとの指摘もある。

(3)投資先としてのベトナムの課題は何か?

 一方、投資先としての ベトナムの課題は何なのか?これについても、上記JBICアンケートにおける調査結果について、中国、タイ、インドと比較することによって検証してみよ う。ベトナムで最も回答率が高い項目は「インフラ未整備」である。また、「法制が未整備」、「裾野産業が未発達」といった項目でも、回答率が他の3カ国に 比べて高い。ベトナムの事業環境が、現時点では、進出企業にとって快適ではないことを示すものと言える。
 一方、タイでは、 法制度やインフラに関する問題は少なく、むしろ、他社との競争激化を指摘する回答が多い。タイは、まだ投資の少ないベトナムとは次元の異なる問題に直面し ていると言える。また、タイは、2006年に軍部のクーデターが発生したこともあり、「治安社会情勢が不安定」との回答率が他の3ヵ国よりも高くなったこ とが注目される。これは、タイの日系企業の眼をベトナムに向けさせる要因にもなったと言える。
 インドについては、ベトナム と同様、「インフラが未整備」の回答率が高い。これは、インドの電力、道路、港湾、鉄道などの産業基盤整備が大幅に遅れていることを反映したものと言え る。また、ストライキや宗教暴動などが発生していることもあって、「労務問題」や「治安社会情勢が不安定」の回答率が、中国とベトナムよりも高くなってい る。
 中国については、法制度に関する項目で、他の3カ国に比べて回答率が高くなっている。中国は、生産活動を支えるハード インフラは一応の水準にあるものの、制度の運用というソフト面から見た投資環境には大きな問題があり、これが日本企業にストレスを与えている状況がうかが える。
  このように4ヵ国を比較してみると、法制度・インフラ等の基本的なビジネス環境において最も問題が少ないのはタイであると言える。一方、進出日本企業数が 圧倒的に多い中国では、法制度の運用面で問題が多いことがわかる。ベトナムについては、インドと同様にインフラ未整備が最大の問題であり、さらに、法整備 と裾野産業の拡充が重要課題であると言える。
 ただ、ベトナムのインフラに関しては、各国や国際機関からのODAによる支援 が継続されていることもあり、今後は改善されてゆくと見られる。インフラ整備の進展可能性を測るポイントは、①開発計画、②資金手当ての2点が確保されて いるかどうかである。ベトナムの場合、技術援助や低利借款などを含む高水準のODA供与を受けているため、上記2点についての信頼性が高い。したがって、 インフラのボトルネックは中長期的には解消に向かうと考えられる。
 例えば、電力については、ベトナム政府の電力セクター整 備計画によると、今後、設備投資により発電能力(設備容量)を大幅に引上げる予定であり、2014年には2007年の5倍の発電設備容量が追加される等、 発電能力増強は今後加速する予定である。電力部門の多くの建設プロジェクトに日本のODAも活用されている。現在、ベトナムでは北部を中心に電力需給がタ イトになっているが、これに対応するため、ベトナム政府は、隣接する中国雲南省から電力を購入するとともに、発電所の建設を進めている。現在工事中の発電 所が今後次々に運転開始することから、2010年頃には、ベトナム北部での電力需給はかなり改善するものと見込まれている。
 このため、ベトナム進出日本企業の中にも、「中長期的に対ベトナム投資を増やすかどうかを判断するキーポイントは、(時間が経てば改善される)インフラや法律よりも、ベトナム人の資質そのものであり、それを見極めたい。」といった意見が増えている。

4.中国とベトナム ~ 中国の投資環境変化による外資企業のベトナムシフトが加速

(1)中国の外資政策の変化 ~ 労働集約型低付加価値品の製造に逆風

 最近、投資先としてのベトナムへの注目度が高まった主な理由の一つに、2006年以降、隣接する中国での加工貿易への締め付けが顕在化してきたことがあげられる。
  加工貿易とは、中国企業が原材料、部品、包装材料を輸入し、加工・組付けを経て完成品を再輸出する貿易形態であり、実質的には賃加工と同じものと言える。 加工貿易は、製品が最終的に輸出されるため増値税・関税が保税扱いとなり、原材料を安く輸入できるという利点があった。中国における加工貿易は、主に付加 価値の低い製品を中心に広東省などで盛んに行なわれ、2006年度には全輸出の半分弱を占めるほどにまで拡大し、中国の経済成長を支えてきた。
  しかし、2006年9月には、中国政府が加工貿易を制限する方針を打ち出し、広東省を中心とする外資企業に大きな衝撃を与えた。加工貿易への締め付けの背 景には、中国の膨大な貿易黒字に対する米国やEUなどからの強い批判があったものと見られる。また、加工貿易の主力である環境汚染型、エネルギー消費型、 低付加価値型の生産を淘汰し、産業の高度化を図ろうという中国政府の思惑もあったと考えられている。
 加工貿易が禁止された 品目は、原材料の保税輸入ができないため、広東省の加工貿易企業は、生産コストの安い他地域への移転または一般貿易への変更という2つの選択肢を突きつけ られている。中国政府は内陸部への工場移転を促進しているが、物流コスト上昇や各種インフラ不備などから、企業側は消極的である。また、一般貿易で加工を 行う場合、関税・増値税の負担が大幅に増加するため、採算は合わなくなると見られる。こうしたことから、広東省の外資系企業のなかには、中国南部から地理 的に近く広東省のサプライヤーを容易に利用できることや、共産党支配下での市場経済という点でビジネス環境が中国に類似していることなどに注目し、中国か らの移転候補先としてベトナムへの関心を高める傾向が見られるようになったのである。

(2)人民元高とベトナムドン安 ~ ベトナムの中国に対する輸出競争力が向上

  中国に進出している外資企業がベトナムに注目している背景のひとつが、為替相場の人民元高とベトナムドン安である。中国の巨額の貿易黒字は低水準に固定さ れた人民元為替相場が大きな原因であるとの国際的な批判を受け、中国政府当局は、2005年7月にそれまで固定されていた人民元対ドル為替相場を切上げ、 その後、2007年末までに人民元対ドル相場は13%も増価した。一方、ベトナムでは、輸出競争力確保のため、為替相場を緩やかなドン安へと誘導してき た。このため、人民元の対ドン為替相場は、2007年末時点で2000年初に比べて30%も高くなり、その結果、ベトナムの中国に対する輸出競争力が大き く向上した。このような人民元高・ドン安は、ベトナムへの注目度を高める大きな動機になっていると言える。
  ただ、ベトナムへの海外からの資金流入が今後も増え続けた場合、ドン安を是正しなければ、過剰流動性とインフレを加速する恐れがある。このため、中長期的 には、ベトナム政府当局が為替相場を完全フロート制に近付け、ドン高を容認する可能性があることに留意しておく必要があるだろう。

(3)加速する日系企業のチャイナ・プラス・ワン

 近年、中国での事 業拡張の代替策としてベトナムへの事業展開に踏み出す日本企業が目立つようになった。中国一極集中の危うさや、すでに述べたような中国での事業環境変化に 直面し、日本企業の中にも、「チャイナ・ドリーム」でなく「チャイナ・リスク」を意識する傾向が出始めている。こうした事情から、「チャイナ・プラス・ワ ン」戦略に基づく日本企業のベトナム進出は拡大しつつある。
 2007年に新たにベトナム進出・工場着工を公表した東証一部上場製造企業の事例をみると、中国に生産拠点を持つ企業が、新たな生産拠点を求めてベトナムに進出するケースが多いことがわかる。

(4)台湾エレクトロニクス企業のベトナム進出 ~部品産業追随進出で裾野産業拡充

 最近、台湾の大手エレクトロニクス企業のベトナム進出が活発化する兆しを見せている。台湾企業は、中国での投資環境悪化(人民元高、人件費上昇、輸出優遇政策の変化etc.)に対して敏感であり、リスクヘッジのためにベトナムに進出している。
 台湾の大手エレクトロニクス企業の進出に際しては、多くの部品メーカーが追随進出すると予想されており、これは、ベトナムの産業構造に大きな影響を与えそうである。
  例えばノートパソコン大手の仁宝電脳のベトナム北部進出に伴い、液晶パネル大手メーカーが追随進出を決めており、この他に、仁宝電脳だけで50社の部品 メーカーを追随進出させる予定と言われている。さらに、ノートパソコン受託生産世界最大手の広達電脳もベトナム進出を検討中とされており、今後、ベトナム に、ノートパソコン製造関連の大規模な産業集積が生まれる可能性がある。

5.今後の展望 ~ 日本にとって戦略的に重要な投資先となるベトナム

(1)ベトナム経済はどう変わるか?
  経済開放・自由化を背景に所得水準向上が続き個人消費は今後も高い伸びを続けると見られる。また、外資系企業の直接投資増加により、設備投資、輸出が今後 も高い伸びを維持する見込みである。さらに、外国からのODA供与が高水準であることから、経済インフラを中心とする公共投資も高い伸びを続けるものと見 られる。こうしたことを背景に、ベトナム経済は、今後も高成長を続けるであろう。
 ただ、ベトナム投資のメリットである非常 に低廉な人件費とドン安は、今後も現状のまま続くとは考えにくい。近年の物価上昇を背景に、人件費は今後上昇せざるを得ないと見られる。また、越僑送金、 証券投資、直接投資などによる外貨流入増加により、為替相場は中長期的にドン高に向かう可能性がある。

(2)ベトナムの投資環境はどう変わるか

 投資先としてのベトナムの大きな問題は、インフラと法制度の未整備である。高水準のODA供与を背景に、中長期的に見れば、道路、港湾、電力などのインフラ整備が着実に進み、ハードインフラ面に関するボトルネックは解消されてゆくであろう。
  法制度整備については、WTO加盟にともない主要な法律改正は実施されたものの、施行令や実施細則などのレベルでは整備が遅れているケースもある。また、 地方政府などでWTO加盟による法改正に対応できていないケースも報告されている。ソフト面の投資環境整備にはベトナム側による一層の努力が必要であろ う。

(3)ベトナムは中国と競合するのか?

 本稿ですでに述べたように、 中国とベトナムの関係は、「競合」ではなく「補完」である。「ミニ中国」のベトナムは、中国と同じ事業を中国と同じような方法で展開するのに適した国と位 置付けられており、中国一極集中リスクをヘッジするための事業展開先として重宝されるであろう。エレクトロニクスを中心に、労働集約的で付加価値が相対的 に低い製品については、今後、中国やタイからベトナムへのシフトが進展し、付加価値が高い製品は中国とタイに残ると予想される。つまり、東アジアが世界の 工場となるなかで、ベトナムは、基本的には、中国やタイと、水平分業または垂直分業によって棲み分ける形になることが予想される。

(4)ベトナムに政治的リスクはあるのか?

 ベトナム政府指導部は、 若返りが進んで改革派の影響力が増しており、以前のように保守派長老が自由化・開放政策の各論レベルで反対し改革を停滞させることはなくなった。また、ベ トナムは日本との関係も良好である。ベトナムにとって、日本は、第2位の輸出先であり、対ベトナム直接投資実行額は国別では日本が第1位、対ベトナム二国 間ODA供与額でも日本が第1位である。ベトナムにとって、日本は、経済発展のために不可欠で重要なパートナーであると言える。さらに、日越両国間には、 領土問題などの政治問題や貿易摩擦などの経済問題といった懸案事項もない。政治リスクという点では、日本企業にとって、ベトナムは中国よりも安心できる国 といってよいであろう。

(5)日本企業にとってベトナムはどのように位置づけられるか?

 少 子高齢化が進み人材確保に苦労する日本の製造業にとって、若年人口が多く人件費の低廉なベトナムは重要な存在であり、労働集約型製造業の生産拠点として ASEANでも最も有望な進出先のひとつといえよう。また、ベトナム人の学習能力の高さ、忍耐強さ、手先の器用さは、進出日系企業が高く評価しており、ベ トナムは日本企業の得意な「擦り合わせ型ものづくり」の一大拠点となりうる適性を有していると言われている。こうした点でも、ベトナムは、日本の製造業に とって、戦略的に重要な国となろう。
 また、ベトナムは、製造業だけでなく、サービス産業の拠点としても、日本企業にとって重要な存在となろう。すでに、優秀な理工系大卒人材に着目した日本企業が、ソフトウェア開発や半導体設計などの事業をベトナムで行なっている。
 こうしたことから、近い将来、日本企業にとって、ベトナムは、中国とタイに次いで重要な戦略拠点になる可能性が高いと考えられる。

●●コメント●●

0 件のコメント: