アウトソーシングと保護主義の誘惑
経済の先行きが不透明な時期と大統領選挙の年が重なると、選挙運動を展開する政治家たちは、市民の生活を大きく脅かす存在として貿易や経済問題を槍玉に挙 げて得点を稼ごうとするものだ。スピーチライターはスケープゴートを探してターゲットをつるし上げるような草稿を書き、メディアは真偽も確認せずに脅威と みなされる対象について批判報道を重ね、そして、議会メンバーは救済策を導入すべく奔走しはじめる。
今 年の大統領選で争点とされているのは米企業が業務の一部を外国の企業や子会社に委託する外国へのアウトソーシング、特にそれに伴うとされる国内雇用の外国 への流出問題だ。外国へのアウトソーシングに対する懸念がどれほど大きいかは、N・グレゴリー・マンキュー大統領経済諮問委員会委員長の最近の議会証言に 対する嵐のような反発からも明らかだろう。彼は、「アウトソーシングは、国際貿易の新しい形態にすぎない。むしろ国内経済にもプラスに作用する」と証言し た。たしかにエコノミストなら、彼の議論に異論を唱えることはない。だが政治家は違う。マンキューの発言は民主・共和両党の政治家の猛烈な反発を呼んだ。 民主党の党大会で大統領候補として指名されることが確実視されるジョン・ケリーは「ブッシュ政権は雇用をさらに外国に輸出したがっている」と批判し、ト ム・ダシュル民主党上院院内総務も「マンキューの見解が現政権の立場だとすれば、政府はアメリカの労働者一人ひとりに謝罪しなければならない」と辛辣な皮 肉を述べた。デニス・ハスタート下院議長もマンキューに反論し、「外国へのアウトソーシングはアメリカの労働者と景気にとって大きな問題になるかもしれな い」と警告した。
情報革命(とりわけインターネット)はアメリカの製造業雇用を減少させただけでなく、 これまで安全と考えられていたサービス業まで脅かし、電話でのカスタマーサービス、そして、ハイテク産業のソフトウエア・プログラミングまでもが外国にア ウトソーシングされていると評論家は批判する(この懸念を背景に、「米企業は経済のグローバル化を利用し、アメリカの労働者を犠牲にしてでも企業利益を拡 大しようとしているのではないか」という議論も高まりをみせている)。たしかに、外国へのアウトソーシングが注目に値する現象であり、そのあおりを受けた 労働者に何らかの支援策が必要だとする批判派の主張は正しい。だが、彼らのいくぶん被害妄想的な懸念ゆえに、米議会が保護主義的措置を導入することにでも なれば、アメリカの経済と労働者は恩恵を受けるどころか、大きな痛手を被ることになる。
アメリカ人はア ウトソーシングの経済的余波を懸念すべきかという問いには、それほどあわてる必要はないと答えよう。巷で取りざたされる数字のほとんどは、あいまいで誇張 された推定値にすぎない。信頼に足るデータによれば、外国へのアウトソーシングを原因とする雇用喪失の数は、アメリカ経済全体の規模からみればごくわずか にすぎない。たしかに、昨今のアウトソーシング現象は、すでに長期にわたって製造業が経験してきたのと同じグローバル化の波が、これまで国際競争の影響を 受けてこなかったホワイトカラーの雇用にも押し寄せていることを意味する。だが、外国へのアウトソーシングに関するマンキューの発言は完全に正しい。 401k(確定拠出型年金)の問題がかかわってくるとはいえ、外国へのアウトソーシングによって比較優位の原則が機能しなくなることはない。それによって 外国に新しい雇用が創出されれば、最終的にアメリカにもより多くの雇用と収益がもたらされる。経済の伸び、とりわけ雇用の伸びが低迷しているために、評論 家は外国へのアウトソーシングと国内失業率の間に因果関係を見極めようと躍起になっている。だが、外国へのアウトソーシングが国内での雇用喪失につながる と考えるのは、太陽が地球の周りを回っていると信じるのに等しく、感覚的には説得力があるとしても、明らかに間違っている。
外国へのアウトソーシングに対する政治的反動については、もちろん大いに懸念しなければならない。そもそも経済が低迷しているときには、政府の保護を求め る声が高まるものだし、アウトソーシングのあおりを受けて失業した労働者の声には政治的な力がある。保護主義路線は短期的には政治的効果がある。国内経済 の低迷の原因を外国のせいにするのは政治的には巧妙なやり方だし、国内市場を保護する政策をとれば、直接的かつ毅然とした経済対策を取っているという政治 的イメージをつくり出すこともできる。
だが、保護主義的措置を導入しても、大きな力を持つ利益団体に巨 額の資金が流れ込むことにはなっても、雇用問題が解決されることはない。一方、保護主義路線ではなく、開放的な貿易体制のなかで企業が競争する環境を維持 すれば、高収益産業に労働力と資本が集中的に投下され、消費者とメーカーの双方は大きな恩恵を手にできる。たしかに、貿易によって雇用を失った労働者のた めに適切な措置を取り、自由貿易に幅を持たせるのは間違っていない。しかし保護主義を採用してこのプロセス自体を停止させれば、転落への道をたどることに なる。自由貿易は、短期的にコストの集中と利益の拡散をもたらし、長期的には大きな利益をもたらすが、保護主義は、短期的にも長期的にも痛みを呼び込むだ けだ。
雇用は外国へ流出していくのか
アウトソーシングとは、企業が事業の一部を外部に委託することだ。このようなやり方はアメリカ経済ではすでに日常的なものになっている。アメリカ中西部の 田舎町に大規模な電話カスタマーサービスが存在するのはその好例だろう。通信コストが低下し、ソフトウエアの標準化が進んだことで、いまやカスタマーサー ビス、電話による販売営業(テレマーケティング)、文書管理などの業務を外部にアウトソーシングできるようになった。在宅でできるメディカル・トランスク リプション(医師その他医療専門家の医療記録会話テープの文書化)、税申告書作成代行、金融サービスなどもアウトソーシングの一形態である。
だが、(国内でのアウトソーシングとは違って)外国へのアウトソーシングをめぐって引き合いに出されている数字は人々を不安にさせるものかもしれない。 マッキンゼー・グローバル・インスティチュートは、今後五年間で外国へのアウトソーシングの規模は年間三〇~四〇%拡大していくと予想し、調査会社フォレ スター・リサーチも、二〇一五年までに三百三十万のホワイトカラー雇用が外国に流出すると予測している。最大の打撃を受けるのは金融と情報技術(IT)の 分野になると考えられている。二〇〇三年五月に企業の最高情報責任者(CIO)を対象に実施された調査で、IT企業幹部の六八%が外国へのアウトソーシン グは今後も拡大していくと思うと答え、調査会社のガートナーも二〇〇四年末までにアメリカのIT関連雇用の十分の一は外国に流出するという見通しを示し た。デロイト・リサーチは、金融産業でも、二〇〇九年までに二百万人の雇用が外国に流出すると考えている。
現在のマクロ経済の指標をながめると、アウトソーシングがアメリカの雇用を破壊しているという疑念を裏づけているかに思えるかもしれない。たしかにこの二 年間、緩やかな成長が維持され生産性も飛躍的に上昇したのに、雇用の伸びははかばかしくなかった。製造業の雇用総数は四十三カ月連続で減少した。専門家の 多くが、これはアメリカの景気回復で創出された雇用が他国に流出している証拠だと主張している。モルガン・スタンレーのアナリスト、スティーブン・ローチ は「これは、インターネットによって外国の安価な労働力をリアルタイムで利用できるようになって以降、われわれが初めて経験する景気循環の波である」と指 摘し、「雇用なき景気回復がこうした環境で起きているのは偶然ではないと思う」と述べている。こうした見方に同調する人々は、実例を挙げて自らの主張を裏 づけようとし、例えば、CNNの司会者ルー・ダブスは、自分の番組内に「エクスポーティング・アメリカ」というコーナーを設け、外国にアウトソーシングし ている米企業を名指しで批判している。
IT企業幹部もこうした認識を拡大させるような発言をしている。 二〇〇四年にIBMが三千人の雇用を外国にアウトソーシングする計画を発表したとき、IBMの幹部の一人は「(グローバル化とは)これまで夢にも考えたこ とのなかったような地域に拠点を移し、安価な労働力があり、(国際市場で)低価格競争ができるような外国へと大量の雇用を移転することだ」と語った。イン ドのインフォシス・テクノロジーズ社のナンダン・ニレカニ最高経営責任者(CEO)も、二〇〇四年の世界経済フォーラムで、「回線で送れる業務はすべて奪 われる運命にある」とさえ述べ、一月に米下院で証言したヒューレット・パッカードのCEO、カーリー・フィオリーナも「天賦の権利としてのアメリカの雇用 はもはや存在しない」と警告した。
この証言は多くのアメリカ人を震え上がらせた。自由貿易を純粋な理念 や原則面から支持する一般の人々はほとんどいない。人々が自由貿易を支持しているのは、そこに、競争力が弱い分野で雇用が削られても、競争力のある分野で は雇用が増えるという理屈が存在するからだ。しかしハイテク産業にもはや競争力がないというのなら、新たな雇用はどこで生まれるというのか(人々がこう考 えても無理はない)。
雇用はなぜ増えない
この疑問に答える前に、アメリカ人はまず事実とつくり話を見分ける必要がある。現在アウトソーシングがまるでヒステリーのような反発を買っているのは、国 内雇用が数百万単位で消失していくという予測のせいだ。しかし、雇用はなくなるだけでなく、一方で新たにつくり出される。このバランスに十分配慮する必要 がある。一九九〇年代にも外国へのアウトソーシングは珍しくなかった(例えばアメリカン・エクスプレスは、十年以上前から、二十四時間体制のカスタマー サービスを確立しようと、この部門の拠点をインドに移している)。だが誰も気にはしなかった。アメリカから消えてなくなる雇用の数よりも、アメリカ経済が 創出する新規雇用の数のほうがはるかに大きかったからだ。
同様に、数字が明らかになれば、外国へのアウ トソーシングに関する昨今の予測も思っていたほど不吉なものではないことがわかるはずだ。結局のところ、ほとんどの雇用はアウトソーシングの影響を受けな いだろう。アメリカの雇用の九〇%近くは地理的な近接性を必要とする産業がつくり出している。小売業や飲食店、マーケティングや個人医療など、生産と消費 が同じ場所で行われなければならない産業が雇用を外国に移転することはありえない。また、高付加価値産業の雇用が外国に流出しているという証拠もない。
外国へのアウトソーシングが可能になった理由の一つは、データ入力、会計、ITのカスタマーサービスの業務基準の一元化が進んだからだ。もっと複雑で双方 向のやりとりを要し、創造力を要する仕事、例えばマーケティングや研究開発ポストなどを外国に移転するのは難しい。インターナショナル・データ社 (IDC)がそのITサービス動向分析で指摘しているように、「主に外国にアウトソーシングされるのは、プロセスを踏んで型どおりの対応をすることを繰り 返すだけの単純な業務である。技術革新と専門分野に関する優れた知識と経験は、今後も(アメリカ)国内で積み重ねられていくことになる」。実際、そうした 知識と経験が必要になる仕事が企業に高い収益をもたらす高賃金の雇用であり、アメリカ経済を牽引している。
外国に移転される雇用が経済に与える影響は、最悪のシナリオが現実になったとしても無視できる程度に収まるだろう。例えばフォレスター・リサーチは三百三 十万の雇用が失われると予測しているが、これは十五年間の累計数だ。つまり、年あたりでみると、外国へのアウトソーシングによって失われる雇用は二十二万 ということになる。アメリカの雇用総数は約一億三千万で、二〇一〇年までに約二千二百万の新規雇用が創出されると予想されていることを考えれば、これは大 した数字ではない。アウトソーシングの影響を受けるのは、アメリカの就業人口の二%にも満たないことになる。
アウトソーシングを原因とする失業者数が予想を下回ると考える十分な根拠もある。ガーナー社は、金融関連の就業者の六〇%以上がアウトソーシングの直接的 余波を被り、解雇されるだろうと予測している。だが、アウトソーシングが大規模金融機関に与える影響を研究したボストン大学のニティン・ジョグレカーは、 アウトソーシングの影響を受ける従業員のうち、実際に失業するのは二〇%未満になるという見方を示し、それ以外の従業員は、社内の別の職種に異動するだけ だとみている。もっとも悲観的な予測が現実になったとしても、失業者総数は比較的小さな規模にとどまるだろう。
実際、予測されているようにアウトソーシングが増えていくかどうかも議論の余地がある。国内外でのアウトソーシングは加速していくと指摘する声もあるが、 二〇〇三年の伸びは前年と全く同じ水準にとどまっている。アウトソーシング専門のコンサルティング会社TPIのリポートによれば、二〇〇三年の米企業のア ウトソーシング総額は、前年に比べて三二%減少している。
近年、製造業雇用が劇的に減少していることは 否定できないが、これは、アウトソーシングとはほとんど関係なく、むしろ技術革新によるものだ。一世紀前の農業と同じように、生産性の向上ペースが需要増 のペースを上回ったために、生産活動に必要な労働力はどんどん減っている。それに、製造業の雇用減の主な原因がアウトソーシングだとすれば、途上国では同 じ産業の雇用が増えていなければならない。だが、アライアンス・キャピタル・マネジメントの一九九五~二〇〇二年の世界製造業動向調査によれば、そのよう な現象は起きていない。過去七年間でアメリカの製造業雇用は一一%減少したが、同様に中国でも一五%、ブラジルでも二〇%減少しているし、世界全体の製造 業雇用の減少率はアメリカと同じ水準の一一%だ。一方で、この時期に世界全体の製造業の生産高は三〇%増加している。つまり製造業の雇用を減少させている 原因は、貿易ではなく技術革新による生産性の向上なのだ。アメリカを拠点とする多国籍企業の雇用データを分析した米商務省も同じ結論を示している。
では、サービス業はどうだろうか。ここでもデータをみると、「アメリカの雇用が外国に奪われており、それを埋める新たな雇用は生まれていない」という一般 的な思い込みとは相反する現実が浮かび上がってくる。それほどの技術を必要としないサービス部門の雇用に対するアウトソーシングの影響も誇張されている。 英データモニターの調査によれば、世界的に見るとカスタマーサービスが外国へアウトソーシングされるペースは、従来考えられていたほどは速くはない。二〇 〇七年までにカスタマーサービス部門の五%がアウトソーシングされると予測されているにすぎない。それどころか、逆の現象も起きている。最近になってデ ル・コンピューターとリーマン・ブラザーズは、顧客の苦情を受けてカスタマーサービスの一部をインドからアメリカに戻している。とはいえ、カスタマーサー ビスを外国へアウトソーシングすることで、アメリカ国内に新たな雇用がもたらされることもある。実際デルタ航空は、二〇〇三年にカスタマーサービス千人分 の雇用をインドに移したが、それによって浮いた二千五百万ドルを使って、予約と営業のために国内で千二百人を雇い入れている。
高度なサービス業でも外国へのアウトソーシングを相殺するような国内雇用が創出されている。米国際経済研究所(IIE)による米労働統計局の雇用データ分 析によると、サービス業全体の雇用総数は一・七%減ったが、アウトソーシングが行われる可能性が高い産業の雇用総数は減るどころか、逆に増加している。米 労働統計局の「職業概況ハンドブック」によると、IT関連の国内雇用総数は、二〇一〇年までに四三%増える見通しだ。前出のIBMの動きはその好例だろ う。アウトソーシングに批判的な勢力は、三千人分の雇用が外国にアウトソーシングされたことにばかり注目するが、IBMがアメリカ国内で新たに四千五百人 を雇用する計画を持っていることには目を向けようとしない。マイクロソフトやオラクルといったソフトウエア大手も、アウトソーシングと同時に国内雇用の数 を増やしている。
こうした数字は、IT雇用がアメリカから流出しているという一般認識とまったく食い 違っている。よく比較されるのが二〇〇〇年のIT雇用だ。コンピューターの二〇〇〇年問題への対策、そしてドットコム・バブルゆえに、ハイテク産業の雇用 は例外的なまでに拡大された。だが、その一年前である九九年を起点にして考えると、外国へのアウトソーシングによってIT産業の雇用が消失してはいないこ とがはっきりわかる。九九年から〇三年の間、IT産業と、ITを駆使した金融サービスの雇用は一四%増加し、コンピューター企業及び数学的知識を要する技 術関連の雇用も六%増えている。
最新のビジネストレンドを熱心に推し進めようとする経営コンサルタント たちが、外国へのアウトソーシングに関する予測の多くを手がけていることにも注意すべきだろう。こうしたコンサルティング企業の多くはアウトソーシングに よる契約から利益を得ているし、アウトソーシング・ブームの大部分は、最新の経営トレンドに必死でしがみつこうとする企業がつくり出していることも忘れて はならない。一方で、デル・コンピューターやリーマン・ブラザーズのように、外国へのアウトソーシングの隠れたコストを痛感し、アウトソーシング業務の一 部をアメリカ国内に戻している企業も多い。
外国へのアウトソーシングが雇用の伸びを抑え込んでいる原因 でないのなら、真犯人は誰なのだろうか。ニューヨーク連邦準備銀行の研究によれば、アメリカ経済は構造的変化のまっただなかにある。雇用は、製造業などの 昔ながらの産業で低下し始め、モーゲージ・ブローカーなどの新業種で雇用が生まれつつある。こうした変化のなかで、残念ながら、昔ながらの雇用が破壊され るペースのほうが新規雇用が創出されるペースを上回ってしまっている。別の見方をすれば、これまでの景気後退と最近になっての景気回復は、九〇年代初頭に みられた「雇用なき景気回復」のより極端なケースなのだ。もっとも、九〇年代初頭の雇用なき景気回復は、最終的には戦後でもっとも長期に及んだ景気拡大期 を呼び込んだわけで、今回も構造調整が一区切りすれば、力強い雇用の伸びが予想される(実際、二〇〇三年以降、国内の従業員総数と小規模企業の雇用は増加 傾向にあり、IT産業での新規起業も急増している)。
外国へのアウトソーシングが起きているのは間違い ないし、今後十年間で外国へのアウトソーシングはますます増えていくだろう。しかしそれは多くの人が主張するような、アメリカ経済をのみ込んで雇用を引き はがしていくような津波ではない。外国へのアウトソーシングがアメリカ経済に与える影響は誇張されているし、それがアメリカの雇用情勢に与える影響にい たっては著しく誇張されているといえよう。
アウトソーシングがもたらす恩恵
これまでのところ、メディアによるアウトソーシング関連の報道は、それに伴うダメージにばかり焦点を当てている。これではアウトソーシングの全体像の半分もわからない。外国へのアウトソーシングの恩恵にも目を向けるべきだ。
自由貿易論では、国は比較優位を持つ産業に特化することによって、つまり生産の機会コストがもっとも小さくてすむ産業に特化することで、もっとも豊かにな れるとされる。各国が比較優位をもつ産業に専念すれば、世界各国の生産性が高まる。その結果、すべての消費者により安く、より幅広い商品が提供されるよう になる。企業活動の一部を外国にアウトソーシングしている現在のトレンドにも比較優位の原則が作用している。そして、過去十年間の生産性の伸びの多くは、 ITの普及によるものだ。単純なIT関連業務を外国にアウトソーシングすれば、それに必要なITの需要を高め、成長をさらに刺激することになる。
データはこうした恩恵がアウトソーシングから得られることを裏づけている。IIEのキャサリン・マンは、IT関連メーカーのグローバル化によって、過去七 年間で控えめに見積もってもアメリカの国内総生産(GDP)が二千三百億ドル押し上げられたとする見解を示している。情報サービス産業のグローバル化も、 同じような繁栄をもたらすはずだ。情報サービスのコストが下がれば、ITをこれまで十分に利用しきれていなかった産業(建設や医療)もこれを利用して生産 コストを下げ、生産やサービスの質を高めることができる(例えば、情報を駆使した医療サービスが実現すれば、「薬の副作用」によって命を落とす人の数を大 きく減らせるかもしれない。マンは、処方薬にバーコードをつけた電子医療記録システムを確立すれば、アメリカだけで年間八万件以上の副作用事故をなくすこ とができると述べている)。
マッキンゼー・グローバル・インスティチュートの試算によれば、米企業は、 インドに業務をアウトソーシングするためのコスト一ドルあたり、一・一二~一・一四ドルの利益を得ている。業務をアウトソーシングすることで、米企業はコ ストを削減し、収益率を上げ、株主に恩恵をもたらし、投資回収率を高めることができる。アウトソーシング業務を引き受けた外国企業は、その業務に必要なコ ンピューターや電子通信機器といった製品が必要になり、アメリカのメーカーへの需要が増える。さらにアメリカの労働力は、より競争力がある産業、より高賃 金の雇用へと移ることができる。例えば九九~〇三年に仕事を失ったコンピューター・プログラマーは七万人に達するが、同時期に十一万五千人のコンピュー ター・ソフトウエア・エンジニアがより高賃金の雇用を射止めている。現実には、アウトソーシングはこうしてアメリカの輸出総額の三〇%を占めるサービス業 の競争力を高めている。アメリカが低賃金の国から大量のサービスを輸入しているという認識とは裏腹に、二〇〇二年のアメリカのサービス業の貿易黒字は六百 四十八億ドルに達している。
アウトソーシングによる恩恵は非経済領域にも及ぶ。貿易・投資に対する障壁 を取り除いた国に(業務の一部を委託して)報いることは明らかにアメリカの国益にもかなうことだし、米企業が業務のアウトソーシング先に選んだ国のなかに は、インド、ポーランド、フィリピンなど対テロ戦争における重要な同盟国も含まれている。北米自由貿易協定(NAFTA)がメキシコの民主化と法による支 配を強化したように、経済成長と相互依存が促す政治路線の見直しによってもアメリカが大きな利益を手にできることを忘れてはならない。
最後に、「インソーシング(アメリカへのアウトソーシング)」の恩恵も見過ごすべきではない。米企業が途上国に業務をアウトソーシングするのと同じよう に、諸外国の企業はアメリカの国内企業に業務をアウトソーシングしている。米労働統計局によると、外国にアウトソーシングされた雇用の総数は一九八三年の 六百五十万から二〇〇〇年には一千万に増えたが、同じ時期にアメリカにアウトソーシングされた業務は二百五十万から六百五十万へとそれを上回る比率で伸び ている。
政治的圧力
貿易政策には二つの政治的鉄則がある。第一の鉄則は、貿易の恩恵は経済全体に広く拡散するが、貿易のコストが一部の集団に集中的にのしかかるということ だ。このため、自由貿易によって暮らし向きが悪化した人々、つまりコストを一手に背負い込むことになった集団は、保護を求めて圧力団体を組織する。第二の 鉄則は、経済が悪化すると、市民が貿易、そして貿易相手国に対する感情的反発を強めるということだ。輸入による競争に敗れて苦しんでいる人々の体験談を前 にすれば、貿易は経済にとってよいということを示す統計数字を示しても、人々はこれを受け入れないだろう。
さらに二つの政治的圧力が外国へのアウトソーシングにはのしかかってくる。第一の圧力は、技術革新によって、これまで貿易の対象とはならないと考えられて きたものが貿易の対象とされていることに関係している。製造業の労働者は長くグローバルな競争にさらされてきたが、サービス産業のホワイトカラーがグロー バルな競争圧力にさらされるのは初めてであり、ホワイトカラーの人々は状況をいまいましく感じている。シカゴ大学ビジネススクールのラグラム・ラジャンと ルイギ・ジンガレスが共著『資本主義を資本家から救う』で指摘したように、グローバル化と技術革新は、数世紀にわたって大きな変化を経験したことがなかっ た法律や医療関連の専門職にも影響を与えている。こうした専門職の人々が国際競争の脅威にさらされれば、政治行動に訴えるのは間違いない。
第二の圧力は、インターネットによって政治団体を組織することが容易になったことに関係している。「アウトソーシングがつくり出す問題に直面している」と 主張する人々が簡単に団結できることは言うまでもない。事実、「アメリカの雇用を救援せよ」「アメリカの雇用を救え」「国家主権と経済的愛国主義のための 同盟」といった名称の団体が雨後の筍のように誕生している。最近の経済の低迷によって製造業のほうがはるかに大きな打撃を受けているのだが、これらの団体 はホワイトカラーの専門職の権利を守ることばかり唱えている。
こうした状況なら、政治家が先手を打って 得点を稼ごうと躍起になるのも無理はない。「あなたも自由貿易や外国へのアウトソーシングで仕事を失ったのでは」。繊維産業の不振によって大きな打撃を受 けたサウスカロライナ州での民主党の大統領選挙予備選では、こう問いかける巨大な看板が数多く立てられていた。ブッシュ大統領も昨年のレイバーデーの演説 で、製造業の大物を責任者に任命して、製造業雇用の流出の原因を解明すると約束した。ジョン・ケリーも大統領選に向けた街頭演説で大企業を批判し、「アメ リカの雇用を外国に送り出した裏切り者のCEO」という表現を用いている。
大統領候補たちがビジョンを 示せば、他の政治家もそれに追随する。事実、今年一月、コラムニストのポール・クレイグ・ロバーツとの連名でニューヨーク・タイムズ紙に記事を寄稿した チャールズ・シュマー上院議員(民主党、ニューヨーク州選出)は、「資本の流動性が高まっている以上、比較優位の原則はもはや無効である」と主張した。 トーマス・ダシュル上院議員(民主党、サウスダコタ州選出)も次のように発言している。「ジョージ・ブッシュは、(アメリカ)経済が雇用を生み出している と言う。だが言わせてもらおう。中国に通勤するわけにはいかないではないか。これ以上外国に雇用を流出させるのはやめなければならない」。クリスト ファー・ドッド上院議員(民主党、コネティカット州選出)とナンシー・ジョンソン下院議員(共和党、コネティカット州選出)も、米企業が国内労働者を採用 し得る職種に外国人労働者を雇用することを禁止する「アメリカ雇用保護法」を議会に提出している。二〇〇四年二月には、民主党も「アメリカのための雇用 法」を議会に提出する意向であると発表した。これは十五人分以上の雇用を外国にアウトソーシングする事業計画を持つ企業に対して、それを実施する三カ月前 までに計画を公表することを義務づけるものだ。さらに三月、上院は連邦政府のアウトソーシング契約から、外国にアウトソーシングしている企業を締め出す措 置を圧倒的多数で採択した。実際、この二年だけでも、何らかの形で外国へのアウトソーシングを禁止する法案が提出された州は二十を超える。
アウトソーシング問題にどう対応するのか
雇用はアメリカの貿易政策のせいで国外に流出しているが、アウトソーシングに批判的な勢力が信じているような理由で雇用がなくなっているわけではない。こ こでは、キャンディーバーのケースを考えてみよう。世界のキャンディーバーの九〇%はアメリカで消費されているが、国内メーカーはこの五年の間に生産拠点 の大半をラテンアメリカに移転させた。だが、メーカーが外国に生産拠点を移したがったのは、現地の低賃金の労働力に魅了されたからではなく、むしろアメリ カの保護主義政策と大いに関係している。アメリカは砂糖については輸入割当制を適用しているため、近年国内の砂糖価格は世界の市場価格より三五〇%も高く なっている。このためキャンディーメーカーは砂糖の価格の安い国に生産拠点を移し、これによって、アメリカ中西部の労働者七千五百~一万人が仕事を失うこ とになった。彼らはアウトソーシングの犠牲者なのではなく、アウトソーシングの批評家らが必要だと訴える保護主義政策の犠牲者なのだ。
二〇〇二年三月から、世界貿易機関(WTO)からクロの裁定を出された二〇〇三年十二月までブッシュ政権が愚かにも導入した鉄鋼輸入に対する高関税策につ いても、ほぼ同じことが言える。この高関税策は鉄鋼メーカーの雇用を守るための措置とされていた。しかしアメリカでは、鉄鋼メーカーよりも鉄鋼を利用する 産業のほうが四十倍近く多くの労働者を雇っている。IIEの推定によると、鉄鋼価格の上昇を受けてそれを利用する産業は競争力を失い、四万五千~七万五千 人が仕事を失ってしまった。
これらのケースからも明らかなように、外国へのアウトソーシングの影響を考 えるときに、特定のエピソードに依拠して議論を進めるのは間違いのもとである。特定のエピソードでは機会コストを推し量ることはできない。鉄鋼と砂糖の ケースでは、雇用を守るために導入した保護主義政策が輸入コストを大幅に引き上げ、それによって競争力を失った産業で一層多くの雇用が失われるという皮肉 な結果を招いた。保護主義政策は、競争力のない産業に非効率的な助成を行うに等しく、消費者は物価高、投資家は収益の低下という憂き目をみることになる。 そうしたやり方は、競争力のない産業の雇用を一時的に守るかもしれないが、一方で比較優位を持つ産業の現在及び未来の雇用を破壊してしまう。同様に、外国 へのアウトソーシングを阻止するために障壁を導入すれば、最終的には雇用創出ではなく雇用破壊をもたらすことになる。
保護主義政策が適切な対応でないとすれば、外国へのアウトソーシングにどのように向かい合えばよいのだろうか。最善の対応策は政治家がもっとも苦手とする こと、つまり何も手出しをしないことだ。たしかに、不作為を決め込むのが最善の策の場合でも、政治家が行動を起こさなかったことで評価されることはありえ ない。事実、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領は、日本のような国内市場保護策をアメリカで導入しなかったため、大きな批判を浴びたものだ。しかしその おかげで、市場原理が働いてテクノロジー産業への投資が進み、アメリカは九〇年代の繁栄を手にすることになる。政治家は自制を嫌うものだが、外国へのアウ トソーシングに対する激しい怒りには自制ある態度で臨まなければならない。アウトソーシングへの政策的対応を問われたダラス連邦準備銀行のロバート・マク ティア総裁は、いまやわれわれが危険な状態にあることを示唆して、次のように述べている。「運がよければ、われわれはひどく愚かなことをしでかさずにこの 一年を乗り切れるだろう」
外国へのアウトソーシングの問題は、経済的側面よりも、労働者が自らの雇用が 脅かされていると感じる心理的な側面にある。実際に外国へのアウトソーシングの余波を受けた人に救いの手を差し伸べ、明日はわが身と脅える人々の不安を緩 和させる最善の方法は、貿易調整支援(TAA)プログラムの適用対象を拡大し、このプログラムで失業した労働者を救済することだ。現在は、失業者が働いて いた産業の総売り上げか生産高が減らない限りTAAは適用されない。しかし外国へのアウトソーシングの場合、当該産業は生産性が高まって製造と販売が拡大 するため、外国へのアウトソーシングの余波をうけて失業した労働者にはTAAは適用されない。TAAの適用基準を見直し、それまで所属していた産業や企業 が力強い生産レベルを維持していても、外国へのアウトソーシングで仕事を失った人々の救済措置を講じるのは理にかなっている。
外国へのアウトソーシングの余波を受けた従業員を救済するための保険に企業が入るのを促す措置をとるのも有効だろう。労働者が失業するかもしれないと不安 に感じても、実際に職を失う可能性は低い。したがって、保険のために企業側が負担しなければいけないコストはごくわずかですむし、労働者の不安を大きく緩 和できる。マッキンゼー・グローバル・インスティチュートの推定によれば、こうした計画は外国へのアウトソーシングから得られる利益一ドルあたり四~五セ ント程度を使えば実現できる。IBMは最近、アウトソーシングで失業することに不安を覚える従業員を対象に二千五百万ドルを投じて二年間の再訓練プログラ ムを提供すると発表した。こうしたやり方は、政府が大規模な介入をせずに、民間部門が問題に対処するという点でも優れている。
雇用の成長が力強く回復するまでは、外国をスケープゴートにしたいという政治的誘惑は非常に強く、当然、アウトソーシングをめぐる議論もなくならないだろ う。自由貿易(と保護主義)をめぐる議論において「今回ばかりは違う」というフレーズが発せられるのは何も目新しいことではない。八〇年代、産業政策と関 税障壁で脇を固めた日本型の資本主義がアメリカのシステムに取って代わると考えられていた。十五年たった今振り返ると、これは実にばかげた予測だった。九 〇年代に合意されたNAFTAと関税貿易一般協定(GATT)のウルグアイラウンドも、アメリカからの雇用流出をもたらし、「大きな不満」を生み出すと考 えられていた。だが懸念とは逆に、数千万の新しい雇用が生み出された。景気さえ回復すれば、アウトソーシングをめぐる政治的ヒステリアもなくなるだろう。 だが、経済が好調なときにグローバル化を称賛するのは簡単だとしても、景気のよくないときにグローバル化を擁護するのは難しい。外国へのアウトソーシング は批判派が言うような「鬼のような人さらい」ではない。批判派の主張には根気よく反論していかなければならない。さもなければ、低成長、低所得、そして雇 用不足という、アメリカの労働者にとって悲惨な事態に直面することになる。●
Daniel W. Drezner シカゴ大学政治学部助教授。著書に『制裁のパラドックス』がある。
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