2008-05-16

増え続ける外国人研修生 不正行為の続出で移民論議が本格化(1)

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 4月9日、公益法人・国際研修協力機構(JITCO)が運営する「外国人研修・技能実習制度」に応募して来日した3人の中国人女性が、劣悪な労働条件で 働かされたとして、研修先の農家と、第1次受け入れ機関、JITCOの3者を相手取り、未払い賃金と慰謝料の支払いを求める訴えを熊本地裁に起こした。

  「私の研修生なので自由に使ってやってください」。原告の一人、中国山東省出身の夏暁明さん(23)は研修先のトマト農家が近隣のイチゴ農家にこう話して いるのを聞いて愕然とした。「私たちは農具扱いなのか……」。夏さんは2006年4月にトマト栽培を学ぶために来日、農繁期の7月から9月までは月に 1~2日の休みしか与えられず働いた。トマト栽培は機械化されておらず、手作業が中心の重労働。「真夏のハウス内は室温が約48度まで上昇し、毎日10時 間以上も働いた。熱中症で倒れても病院に連れていってもらえなかった」と振り返る。

 トマトの収穫も済み、ハウスの撤去を行った11月 末、夏さんは落ち着いて専門知識を学べると思った。が、その矢先に食肉加工場で働くよう命じられた。年明けには前述のイチゴ農家に送り込まれた。「どうし てトマトの研修なのにイチゴの作業までやらされるのだろう」と、さすがに何かおかしいと気づき始めた。

 実習生2年目になると、毎日の残 業も強要されるようになった。ふとJITCOから配布された「実習生手帳」に目を落とすと、残業代が規定以下であることに気づいた。彼女たちの残業代は1 年目の研修期間は時給350円、2年目は400円。そもそも制度では研修期間中は残業させてはならないことになっている。実習生2年目からは最低賃金法 (熊本県の最賃は620円)が適用されるため、農家は二重の違反を犯していたことになる。夏さんはトマト農家を問い詰めたが取りつく島がない。そんな中、 昨年末に天草市の縫製業者で働く中国人実習生たちが未払い賃金の支払いなどを求めて提訴したことを知り、声を上げた。

拡大一途の研修制度で違法な人権侵害が蔓延

  日本の外国人研修制度は1960年代に始まった。技能実習制度が創設されたのは93年。研修生としての受け入れ、技能実習への移行者とも、近年は右肩上が りの拡大を続け、93年には年間4万人弱だった研修生の新規入国者は、07年に10万人の大台に乗った。今では研修生の9割が技能実習生へと移行してい る。国籍別では技能実習移行者の85%を中国人が占め、ベトナム、インドネシアと続く。

 規模拡大に伴い、国際協力という本来の目的から 外れ、低賃金・単純労働に従事させられているケースや劣悪な労働条件、深刻な人権侵害が生じていることが明らかになってきた。夏さんたち3人は来日早々、 第1次受け入れ機関の事務局長から「紛失するといけないので預かります」とパスポートを取り上げられ、承諾書にサインさせられた。「嫌だったが、ほかの研 修生も提出させられており、自分だけ出さないわけにいかなかった」(原告の一人のトウ慧玲さん〈22〉)。

 外出も厳しく制限されていた。夏さんはたまの休日に町に出たら、すぐ農家経営者の妻から携帯電話が入り「帰れ」と命じられたという。「寮に戻ると、どうして休日なのに家にいないのかと怒鳴られた」とも話す。

急増する外国人研修生・技能実習生
高額な保証金めぐり帰国トラブルも続出

 こうした仕打ちに耐えていたのは理由がある。夏さんは来日前、中国側の送り出し機 関に登録料と称する保証金5万元(約80万円)を支払っていた。夏さんの年収5年分に当たる高額な保証金は、両親や親戚に工面してもらっていた。しかも別 途、父親と親戚の3人を保証人に立てており、何か問題があれば「違約金」として保証人が10万元(約160万円)ずつ支払うという一方的な契約を結ばされ ていた。

 人手不足に悩む農家や縫製業者らが強気に出られるのも、こうした契約があるためだ。夏さんたちが不満を漏らすと、二言目には「やる気がないならまとめて(中国に)返すよ」「荷物をまとめて明日中国に帰れ」と怒鳴り散らしていたという。

  天草の縫製業者らを訴えた中国人実習生の女性たちは、毎日ノルマを課されていた。朝8時半から平均して夜10時ごろまで、繁忙期には深夜3時まで働かされ た。一部屋に12人も詰め込まれ、プライバシーなどまるでない。食事も自炊で、風呂も満足に入れなかった。しかも研修手当や賃金のほとんどは会社管理の口 座に強制的に貯金され「自分の通帳を見られるのは給料日の昼休み1時間だけ」(原告の劉君さん〈23〉)。訴状によると、会社は無断で預金払戻請求書に署 名押印し、彼女たちの預金を引き出して事業資金に充てていたという。この縫製業者は訴訟で「解雇予告手当を受領し実習生の身分を失った以上、在留資格はな い。速やかに帰国して自国で生計を立てる以外に途はない」などと主張している。期間中に帰国すれば、保証金は返らず、違約金まで取られかねない。帰国をめ ぐっては多くのトラブルが生じている。

 昨年12月、成田空港の一角が騒然となった。「今年はイチゴが不作なので帰ってもらう」。当日の 朝、栃木県のイチゴ農家は中国人実習生5人に告げるや否や、警備員5人を伴って彼らを空港まで“連行”した。実習生から連絡を受けて駆けつけた全統一労働 組合の組合員に救助され、あやうく強制帰国を免れた。実習生として同じ農家で働いていた郭棟さん(26)は「これまで仲間の強制帰国を3回は見てきた」と 日常茶飯事であることを語る。

規制強化進むが手練手管も巧妙化

 労働法規違反やパスポート取り上げなどの 不正行為は、07年は449件に上り、過去最高だった前年から倍増している。こうした事態を受けて昨年末、法務省入国管理局は、彼らの保護強化を目的に、 関連指針を8年ぶりに改訂した。「これまで何が不正行為なのかが不明確だった。今回、それを事前に明示し、実態調査を強化する」(審査指導官の石岡邦章 氏)方針だ。
一方で、受け入れ側の手練手管もより巧妙化している。昨年11月、名古屋入国管理局は福井市のC縫製会社への立入調査を行った。偽造パスポートで入国していた2名の実習生が逮捕されたが、あわせてC社を舞台とした複雑な処分逃れのカラクリも明らかとなった。

  C社は04年に実習生への賃金未払いなど不正行為が発覚し、3年間の受け入れ停止処分を受けた。だが処分から半年も待たずに社長夫人がC社工場のビル管理 会社を設立。従業員など6人にペーパーカンパニーを立ち上げさせ、C社工場内に“出店”させた。その結果、C社は受け入れ停止前と同様に6社が受け入れた 研修生・実習生に自社の業務を担わせた、というわけだ。また、第1次受け入れ機関のB協同組合傘下の岐阜市の縫製会社名義を使って、研修生・実習生を受け 入れる「飛ばし」も行われていた。一連のC社の行為は処分逃れの疑いが濃厚だ。

 C社で働く中国人実習生が声を上げたことで、基本給や残 業代が最賃以下だったことに加え、基本給から4万円が不明朗に控除されていたことも判明した。一部は中国の送り出し機関へ、一部はB協同組合に渡ったうえ で、残りの4000円から1万円前後が岐阜市に本拠を置くA事務所に“上納”されていたという。

 A事務所は業界で「ゼロ組合」と称され る、制度の趣旨に反する組織的ブローカーのような存在。本来、B協同組合のような1次受け入れ団体が行うべき入国管理やJITCOに提出する書類の作成、 給与管理を集中的に引き受けて、企業への営業活動も担う。岐阜の「3大ゼロ組合」の一つであるA事務所は、Bなど五つの協同組合を傘下に収め、最盛期には 1500人の研修生・実習生を差配していたという。最低でも月600万円が上納された計算になる。


 ゼロ組合問題に詳しい、外国人研修生問題ネットワーク福井の高原一郎事務局長は「ゼロ組合の暗躍は制度が生み出した必然だ」と語る。90年代まで外国人研修・技能実習制度は、海外企業と関係の深い大手企業が単独で研修生を受け入れる「企業単独型」が過半を占めていた。

  しかし今や、協同組合が1次受け入れ機関となり、会員企業に派遣する「団体監理型」の伸びが著しい。団体監理型は90年の大臣告示によって新設され、中 小・零細企業による研修・技能実習生受け入れが可能となる道を開いた。実際、技能実習生を受け入れる7割強が従業員50人未満の零細企業だ。協同組合の設 立認可は形式要件さえ整えば簡単に通るため、人手不足にあえぐ中小零細が形だけの組合をこしらえ、実質的な管理はゼロ組合に丸投げするというスキームが横 行している。

 外国の送り出し機関のブローカー化も見過ごせない問題だ。ベトナム人研修生の4割を送り出している同国最大の関連企業が愛 知県内に設立した支社が、本来は1次受け入れ機関しか行ってはならない企業への営業活動を行っている疑いで、名古屋入国管理局が調査を進めている。同支社 は最賃以下の残業代で来日前の研修生と契約。格安の労働力として企業に売り込み、研修生が疑問を抱いても契約書を盾ににらみを利かせている。前述の熊本県 の実習生たちの送り出し機関も本人や親戚に「中国で裁判を起こす」「日本の暴力団に頼んで襲わせる」などと脅迫しているという。

制度趣旨に反する抜け穴が次々と判明
与党政治家を中心に移民導入論が相次ぐ

 こうした問題の表面化を受け、目下、制度見直しをめぐって議論が百出して いる。規制改革推進のための3カ年計画では、研修生・技能実習生の保護を図る関係法案を09年の通常国会に提出することが閣議決定されており、関係機関は 今夏をメドに内容のすり合わせを進めている。昨年5月時点で報告された案によると、経済産業省は制度の大枠を維持する方針なのに対し、厚生労働省は技能実 習3年に一本化すべきと主張。これは「研修でも技能実習生と同様の作業に従事することも多く、労働関係法令を適用したほうが彼らの保護になる」(外国人研 修推進室長の藤枝茂氏)との考えからだ。

 同じく昨年5月、長勢甚遠法務大臣(当時)は、同制度に関する私案を提示した。目的を「労働力 の確保」と明確化し、技能実習制度を廃止、3年間の短期就労制度の創設を提言した。また自民党の外国人材交流推進議員連盟(会長・中川秀直衆院議員)は、 研修・技能実習制度を廃止し、外国人受け入れや管理を担う「移民庁」の設置や定住促進型の移民政策を提言としてまとめ、来年の通常国会への提出を目指す方 針だ。

 両主張には、共通した問題意識がある。現在の外国人研修・技能実習制度が各地で深刻な人権侵害を引き起こしているのは、管理され た安価な外国人労働力へのニーズという「本音」と、技能移転を通じた国際協力という「建前」の乖離にある。「建前」に関しては、現行制度内でも、企業単独 型を中心とした本来的な研修の徹底でカバーできる。問題なのは「本音」だが、現在の技能実習制度は職業選択の自由がなく、労働者として不完全な立場に置か れ、人権侵害行為の温床となっている。

 「技能実習」という特殊形態でなく、通常の「労働者」としての在留を認めることを前提に、定住型の移民として受け入れるのか、それとも在留期間を限定する短期的なローテーション政策を取るのか。議論を集中させる時期が来ている。
(風間直樹 =週刊東洋経済)

見出しの写真:実習生を帰国させようとした農園経営者(左)。空港は警察官も駆けつける騒ぎに(支援団体が撮影したビデオ)

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