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ベトナムにおけるオフショア開発は、2~3年ほど前から「アツい」と注目されています。
しかし残念ながら、いまのところ「アツく爆発的に広がる」という状況ではなく、“大手を中心にジワりと広まりつつある”というのが現状です。そんなベトナムオフショアの魅力と、付き合う際のポイントをこれから数回に分けてお伝えします。
オフショア開発国としてベトナムが台頭してきた
中国における反日デモや、病気の蔓延(まんえん)などによる機能停止(または縮退運転)という事態が起きた際に、「中国への一極集中リスクに対する回避地」として、ベトナムが注目されるようになりました。
ベトナムは小中国といわれるほど、中国漢字文化圏の影響を受けていながら国全体が日本を向いており、逆に中国に対しては対中デモが行われるなど興味深い国です。
ベトナムは、国家としてIT産業を“国の発展のための重要な産業”と位置付け、若くて勤勉な国民性を武器に、日本や欧米からアウトソーシング業務を受け入れる体制を整えています。
■「戦争からの発展」という日本との共通点
ベトナムの歴史は「戦いの連続の歴史」であるともいえます。ベトナム戦争に代表される幾多の戦いを経て、ベトナムは国民全体の非常時における結束力の高さと精神力の強さ、粘り強さを身に付けていることが証明されました。
ボロボロのサンダルでゲリラ戦を戦い抜いた魂は見上げるものがあります。ベトナム人の粘り強さを筆者自身の経験で表すとすれば、例えば品質保証部門の担当ベトナム人の執着心は日本の品質保証部門と同程度で、開発部隊としては恐れおののきました。
また、ベトナム人女性と付き合うと「男は浮気する」という前提の下で常に疑われ、しつこく監視されます。
ベトナム戦争後の急速な復興も、ベトナム国民の結束力の高さ、精神力の強さ、粘り強さによるものが大きいと思います。日本が戦後から高度経済成長期にかけて急速に発展したのと同様に、ベトナムはいままさに歴史が動いていることを実感できる国であるといえます。
また、漢字文化や箸(はし)文化、米食文化、大乗仏教でありながら実態は無宗教状態、年功序列文化、チームプレー主義、手先の器用さ、職人気質、勤勉な性格など、多くの共通点があり、日本との相性が良いとされています。
戦後急速に復旧し、経済発展を遂げた日本を非常に尊敬しており、ベトナム人は洗脳されているのかと思うぐらい、「日本を尊敬している」という人が多いように感じられます。
政府から国民まで、全面的に日本を好意的に思ってくれているのは非常にありがたいのですが、だからといって、日本がいままさに直面しているエンジニア離れ の道筋までこの国にたどらせる必要はなく、「日本万歳」からどこかの時点で明確に「ベトナム流」を確立させる必要が出てくると思います。
■ベトナム人エンジニアのコンテキストは?
文化的な共通点と相違点を認識することは、オフショア開発のマネジメントに少からず役立ちます。そこでここでは前段として、若干テクニカル的な話題とは直接関連しない、ベトナム文化について少し触れたいと思います。もし興味がなければ、読み飛ばしてください。
筆者はどこの国に行っても、外国人が泊まるようなホテルでの滞在よりも、ホームステイであったり、何らかの手段で現地の人と同じ生活スタイルで暮らしてみ ることを好みます。その中でもベトナムは不思議と落ち着ける国です。ベトナムに一度旅行に来てハマる日本人が多いのも納得してしまいます。(比較対象とし て適切かどうかは別にして)シリコンバレーも楽しかったですが、ハマり度は格段にベトナムの方が上だと筆者は確信しています。
ベトナムは中国の影響を強く受けていることはすでに述べましたが、公用語であるベトナム語も多くが漢字に由来する言葉です。
発音も日本の熟語と似ている言葉が多くあります(注意:チューイー、公安:コンアン、日記:ニャッキなど)。また表記はアル ファベットに似た文字を使用します。多くのベトナム人が自分の漢字名を知っており、漢字文化にもアルファベット文化にも親和性の高い国であることがうかが えます(中途半端ともいえますが)。
また、宗教は大乗仏教であり、和を重んじる点が日本に通じます。さらに、年上であるというだ けで無条件に尊敬されるといってもよく、逆に自分と同じ年であることが分かるとより一層連帯感を持ってくれます。従って、本音を引き出すには若手日本人 が、少し強く出たいときには年長者の日本人が出ていくのが得策です。
とはいえ、生活の中での宗教色は強くなく、日本の無宗教状態に似ているので、常駐する際に現地の宗教に縛られる必要がありません。その点は楽だといえます。
また、ベトナム人は人と人とのつながり、特に家族とのつながりを非常に重視します。例えば、エンジニアが残業をして家に帰る時間が遅くなることを、エンジ ニア自身は「仕事でチャンスをつかみたい」と思って受け入れる傾向にありますが、彼の家族を気遣う気持ちを常に理解しておくことが、信頼関係を構築する上 で必要です。
人と人とのつながりという意味では、日本と同等かそれ以上に“コネ社会”です。もしベトナム進出を考えているのであれば、現地に詳しい人の力を借りることが、ほかのどこの国よりも必要になってくるといえるでしょう。
文化の域にまで達しているのがバイクです。一度でも行ったことのある方はその数に驚かれると思いますが、とにかく数が多いです。それにもかかわらず、
- 2007年末まではヘルメットを誰もかぶっていなかった
- 横断歩道、信号が多くない(あっても守らない)
- 逆走する・横切る
- 4人乗りなど、家族の移動手段に使う
などの理由で交通事故による死亡率が非常に高く、危険極まりません。
プロジェクトをしていてリーダーが事故を起こした、ということもありました。軽い事故だったから良かったものの、そのリーダーに負担がかかって疲労が蓄積しており、プロジェクトの遅れというレベルではなく人命にかかわるところでした。
ただし2007年末にはヘルメット着用の義務化が始まり、これから段階的に交通環境の整備がされていくことでしょう。これでパートナー企業の従業員が事故で出社しないというリスクが少しは減るのではないでしょうか
ベトナム人のITリテラシーはこんな感じ
国のIT産業のすそ野の広さを知るには、一般ユーザーのレベルについて知ることも有効でしょう。
日本のJPNICに当たる、ベトナムのドメイン管理団体VNNICによると、2007年5月時点でのインターネット人口は1617万人で、これは世界で17番目に多いそうです。ただし、人口に対する比率は約19.5%で93位です。
大学生は、街の至る所にあるインターネットカフェで長時間を過ごします。主な目的はオンラインゲームやチャット、メール程度です。
Webカメラとヘッドセットがある店も多いので、外国の友人や家族とビデオチャットする人もいます。大学生数の増加に伴い、 インターネットカフェはこれからも増加傾向がしばらく続くと予想されます。PCは各家庭で気軽に買える価格ではないため、PCの普及台数のうちの相当数が このインターネットカフェのものだとみられています。
一般家庭とは違い、ほとんどのインターネットカフェやホテル、企業では ADSLを使用しています。ただし最近では、一般家庭をターゲットにしたADSLの値下げ競争の結果、月額基本使用料が最安で数百円程度にまで下がってき ており、普及しつつあります。一般向けの光ファイバサービスも2006年末ころから始まっていますが、高額なこともあり、普及にしばらく時間がかかると思 われます。
なお中小の企業にとって利用しやすいのはADSLの4Mbpsの回線で、月額2~3万円程度(固定IPアドレス付き)です。光ファイバ(20Mbps・固定IPアドレス付き)は月額12万円程度で、中小企業にとっては高価な投資となるでしょう。
ISP事業者・固定通信事業者・携帯電話事業者の3つは、ほぼ同じ企業またはグループ数社による寡占状態です。国営系列の企業が多く、日本のようにISP事業者の乱立による過当競争という状況にはありません。
携帯電話の加入者数は2006年末時点で2200万人と、固定電話網の未発達もあって普及率が非常に高く、若い人にとってはバイクと並んで必須アイテムと なっています。そのほとんどは第2世代携帯(GSM方式)ですが、第3世代携帯(CDMA方式)も登場してきています。
ハノイ市 やホーチミン市には電線が複雑に張り巡らされており、その解消にはWiMAXも期待されています。このWiMAXの試験運用がハノイ市やホーチミン市や北 部のラオカイ省などで2006年から始まっており、2007年の中ごろにサービス提供予定だったのですが、2008年3月になって、ようやく幾つかの事業 者にライセンスが与えられました。
また、日本が普及を後押しするNGNへの取り組みも行われており、ベトナム企業各社が実証試験に向けて動き出しています。このあたりは意外と進んでいると思われる方が多いのではないでしょうか。
国際インターネット回線の利用帯域は年々増加し、2007年6月時点では約8.7Gbpsとなっています。ベトナムの弱点でもあるインフラ面ですが、 2007年3月にはベトナムにおいて「海外との通信(国際電話・データ通信・インターネットなど)がすべて断絶する」という通常ではあり得ない危機に見舞 われました。
ベトナムでは、国際通信の82%を2本の海底光ケーブル「SMW-3」と「T-V-H」に依存していました(残りの18%は衛星回線と陸上ケーブル)。しかし、このうち「T-V-H」がベトナム沖で盗難にあったのです。
残る「WMW-3」が何らかのトラブルにあった場合には、海外と通信が困難になります。真相は定かではありませんが、ある省では使用していない古いケーブルの引き上げを許可したために、地元の人が鉄くずとして安価に売却しようとしていたといわれています。
これにさかのぼって2007年1月に起きた台湾沖地震でも海底ケーブルが切断し、通信に支障が出ました。この際には、筆者も発注先とのプロジェクトの連絡に困りました。
これらと前後してインフラの整備のために、ベトナム企業3社が新たな国際海底光ケーブル網の敷設プロジェクトに参加しました。この国際海底光ケーブル 「AAG Cable」が2008年11月に完成すれば、新たに1.92Tbpsが使用できるようになり、国際通信帯域は飛躍的に上昇します。
このうちどれだけインターネット回線に使用されるかは分かりませんが、現在の光ケーブルによる国際通信の帯域が0.3Tbps程度といわれていますので、 現在と同じ割合のまま増えるとすれば、インターネット回線帯域に関しても同様に飛躍的に上昇します。これまでベトナムとのオフショア開発プロジェクトを実 施していた(またはこれから実施する)多くの人の不安要素だったベトナムとの通信も、これでかなり安定することが期待されます。
ベトナムIT産業の全体像を理解しよう
ベトナム全土におけるエンジニア数は現在推定3万5000人、IT関連企業数は約750社、ソフトウェア/サービス産業売上高は5億ドル(うちアウトソー ス業務の受託、輸出は1.05億ドル)となっています。いずれも、近年は非常に高い伸び率を見せています。売上高は毎年年率40%を超える伸び率を保って います。
IT学部のある大学数は99を数え、総合大学以外の専門学校などを含め、その数は急激に増えています。政府も理数系の教 育に非常に力を入れています。国際数学オリンピックやロボットコンテストなどでは常に上位に位置しており、大学生の地頭の良さが分かります。また、あるア ンケートの結果では、将来就きたい職業ランキングではエンジニアが常に上位です。このように伸び率は非常に高いのですが、母数がまだ非常に小さく、産業としての規模はまだ小さいといえます。エンジニア数は 日本・中国・インドともに50万人以上、企業数は中国は1万社以上、売り上げ規模に関していえば日本は14兆円市場、つまり100円/ドルとして約 1400億ドル(中国はその半分ほど)といわれています。これらと比較してベトナムの数字がいかに小さいかが分かります。
従業員 数が最大の企業はFPT Softで、2007年11月時点の従業員数は約2500人です。これに続くTMA Solutions、FCGVなど、規模の大きな企業は数えるほどです。多くの会社は数十名規模であり、良くいえばIT業界の関係者同士の顔が見えるアッ トホームな雰囲気ですが、まだ産業としては成長段階という感じです。
技術面では、アプリケーション指向、オープンシステム重視で 発展が進められています。.NETやJavaのスキルを身に付けたエンジニアが非常に多く、COBOL、Rubyなどそのほかの言語は比較的少ないといえ ます。DBは、教育現場ではMS SQL Server(+MS Access)を学習することが多く、プログラム言語と合わせてMicrosoft系技術を保有している割合が高いです。
なお、現在ベトナム全体としては組み込み開発に目を向けており、ビジネス拡大に力を入れていますが、まだその規模は大きくありません。
■ベトナムの政策目標
ベトナムでは5年ごとにIT産業の計画を策定・実施しています。2010年までの目標は次の通りです。
- 売上高の年平均成長率30~40%
- 売上高8億ドル(うちアウトソース業務の受託、輸出は3.6億ドル)
- 5万5000~6万人のソフト産業従事者
- 1人当たりの売上高1万5000ドル/年
- 1000人以上の従業員を持つソフトウェア企業を10社以上
- 100人以上の従業員を持つソフトウェア企業を200社以上
2000年までの計画、2005年までの計画にも人材育成がついて回ってきましたが、規模の小ささを克服するためにも、引き続きこの課題に取り組む必要があります。
ただし、人材育成施策の具体的な実行が遅れ気味であり、この計画の達成度は国のIT産業発展に大きくかかわってくると思われます。
都市部のエンジニア単価は15~25万円/人月
オフショア開発において、コストメリット「のみ」の追求は、あまりうまくいくとは思えません。
物価の上昇と共に、常に安い国を探し求めるという無限ループに陥る可能性があるからです。ですが、コストメリットの享受はオフショア開発の動機の1つになることは間違いありません。そこでベトナムのエンジニア単価や給料、そのほかの物価も併せて紹介します。
現在ハノイ市、ホーチミン市の2大都市ではエンジニア単価(つまり発注側から見た人月単価)はおおむね15~25万円/人月となっています。各社・各プロジェクトで大きく違いますし、FPによる見積もり方法を採用している所もあるのであくまで目安と考えてください。
エンジニアの給料はどうかというと、大卒の新入社員エンジニアで200~300ドル/月程度です。ほかのオフショア開発国と同様に、大学に進学できる人は 少数であり、その中でもエンジニア職は人気の高い職業だけにエリート集団ですので、ほかの職業と比べて平均給料は高めです。
なお、参考までにビールは大ジョッキ1杯で20円程度、公共バスも20円程度です。そこら中にある安い食堂では、1食数十円~200円程度で十分な量を食べることができます。
■日本語の対応力はどれくらい?
恐らく多くの方にとって一番気になるのは、日本語力を含むコミュニケーションであると思います。
現在育成が急がれているものの、日本語を話せる技術者の数はまだまだ不足しています。そのため、日本向けの仕事を請け負うベトナム企業では、日本語のプロ フェッショナル(コミュニケータと呼ばれる)がプロジェクトごとに配置され、ドキュメントの翻訳からTV会議の通訳などを行うことが多くあります。
彼らの大半は大学で日本語を専門に勉強してきた人たちで、IT関連用語はコミュニケータとして働いていく過程で身に付けていきます。
このコミュニケータの存在が中国と一番違う部分です。次回はコミュニケータを介したコミュニケーションに代表される、ベトナム企業とのコミュニケーションにフォーカスしたいと思います。
霜田 寛之(しもだ ひろゆき) オフショア大學 講師
Global Net One株式会社代表 日 立ソフトにおいて、ベトナム最大手ソフト開発企業とのブリッジSEとしてオフショア開発プロジェクトに参画。現地ベトナム人の人間性の裏表の体験や優秀な エンジニアたちとの出会いを通してベトナムの可能性と魅力に取りつかれ、Global Net One株式会社を設立。 ベトナム活用のメリット、注意点をより多くの日本企業とシェアしてオフショア開発を成功に導くために、ベトナムに特化したオフショア開発コンサルティングやオフショアベンダ情報の提供と選定支援、ベトナム進出サポートなどを行う。 オフショア大學ではプロジェクトへの影響要因としてのベトナムの地域特性、文化特性について教鞭(きょうべん)を執る。 Global Net One株式会社:http://www.globalnet-1.com/j/ ●●コメント●●