2009-09-09

記者の目:外国人研修・技能実習制度=河津啓介

:::引用:::
 外国人研修・技能実習制度で来日した中国人の男性実習生(当時31歳)が茨城県で昨年6月に亡くなり、遺族が今月7日、過労死を訴えて労災申請した。発展途上国の人材育成を目的に約20年前に導入された制度は当初から不法労働の温床との批判が強く、国は関連する入国管理法を改正し見直しを始めた。だが、専門家は「小手先でほとんど意味がない」と批判する。もはや外国人労働者抜きでは立ちゆかない産業もある。国は「研修」「実習」のごまかしをやめ、労働者として権利を保障する枠組みを作るべきだ。

 私がこの制度の取材を始めたのは昨夏。長崎県西海(さいかい)市が受け入れた農業研修・実習生事業で、中国人女性が違法な低賃金で働かされた事件がきっかけだった。被害は後を絶たない。大分県由布市の縫製会社では1月、6人の中国人女性研修・実習生が「連日10時間の残業を強いられた」と支援団体に駆け込んだ。「食事時間が10分しかない」。ポケットに忍ばせたクッキーをかじりながら作業したという。残業代が時給300円以下だったり、通帳を会社に取り上げられ自由に賃金が使えないケースも珍しくなかった。

 亡くなった中国人男性の場合、07年11月のタイムカードの写しが残された。残業は180時間に及び、休みは4日。取材を進めるほど、制度の実態は搾取以外の何物でもないと痛感した。確かに多くの研修生たちは高額の賃金を目的に来日しているが、だからといって奴隷のような扱いが許されていいわけがない。

 取材した研修生たちには共通点がある。借金をして母国の派遣会社に年収の数倍もの出国費用を払っている。最長3年間の研修・実習中に返すしかない。最も恐れるのは雇用主の「帰国させるぞ」の一言だ。そうなれば借金だけが残るため、不当な扱いにも泣き寝入りをするしかない。過労死を巡る労災申請も今回が初めてだった。

 搾取が横行し、米国の人身売買報告書で取り上げられるなど国際的な批判が高まっている。国もようやく見直しを始めたが実効性には疑問符が付く。7月の入管法改正によって1年目の研修生も労働法令で守られることになったが、既に法令が適用されている2年目以降の実習生が不当な扱いに苦しんでいる。

 岐阜県では昨年、作業中に指を切断した中国人実習生が「帰らなければ貯金を返さない」と脅され、労災申請ができないまま帰国した。この問題に詳しい指宿(いぶすき)昭一弁護士は「国は、法的権利があっても救済の手が届かない本質に目を向けていない。奴隷労働を生む構造にメスを入れなければ意味がない」と批判する。

 一方で、雇用側の責任追及だけでは解決しない問題もある。研修生たちを必要とするのは縫製業や自動車関係の下請けなどの零細企業や農家。担い手不足や海外との価格競争が深刻な業種ばかりだ。全国一のかつお節産地、鹿児島県枕崎市では中国人女性実習生たちが産業を支えていた。業界団体幹部は「法令通りの賃金なので極端に安くはないが、日本人のなり手がいない。彼女たちなしには成り立たない」と明かした。

 背景には、安価な労働力に頼る脆弱(ぜいじゃく)な産業構造や地方の労働人口減少などの問題がある。「全統一労働組合」(東京都)の鳥井一平さんは「どこにでもいる社長が極端な支配関係のために要求をエスカレートさせる。普通の人を悪人に変えることがこの制度の恐ろしさ。追いつめられた雇用主もある意味被害者だ」と指摘した。

 国は「外国人の単純労働者は受け入れない」としながら、研修制度という「裏口」を容認してきた。外国人と共生する社会は簡単に築けるものではない。権利保障はもちろん、地域社会との融和が必要になり、教育などの社会的コストも無視できない。そうした難題に目をつぶったまま「賃金が安い」「3K職場もいとわない」との恩恵だけを享受する考えは虫が良すぎる。

 あるかつお節業者は「実習生がいないと、みそ汁の味が変わりかねないよ」と語った。私も「日本製」という品を手にすると「研修生が作ったかもしれない」と考えるようになった。私たちは既に外国人を隣人とする社会に生きている。これ以上、日本を支える外国人の苦境に目を背けることは許されない。(西部報道部)
 ◇ことば「外国人研修・技能実習制度」

 90年に中小企業の研修生受け入れが認められ、93年に技能実習制度が創設された。在留は最長3年間。現在、1年目は労働法令が適用されず研修手当を受け取る研修生、2年目以降は法令の適用を受け残業も可能な実習生として活動できる。法改正で今後実習生に統一される。07年末の研修・実習生は約17万人。08年度の研修・実習生の死者は過去最多の34人。うち脳・心疾患死が16人を占め、過労死の疑いが指摘されている。

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