2008-12-26

【“新書”最前線】厳しい年末、「不景気」に向かって叫ぶセリフを決める3冊

:::引用:::

 ここ数カ月で経済は急速に冷え込み、企業活動にブレーキがかかっている。派遣切りや内定取り消しは、企業がいよいよなりふり構わず人材の整理に手 を染めはじめたことの表われだ。年の瀬のこんな厳しい世情にあって、企業にとって「人」とはいったい何なのだろう?などということを考えてみたりするの は、悠長に過ぎるだろうか。いや、こんなときだからこそとも思うのだ。そこで今月は、企業とそこで働く人との関係について考えさせてくれる3冊を紹介した い。

今はもう通わない……? 経営者の心と被雇用者の心


竹内裕『日本の賃金 : 年功序列賃金と成果主義賃金のゆくえ』
(ちくま新書/735円)(画像クリックで拡大)

 なんでも金で買えるなんて思ったら大間違い、という常套句は「人」を指す。これを企業に置き換えれば、人材の質を担保するものは給料だけではないということになる。

『日本の賃金』は、能力主義や成果主義などの導入で、年功序列から大きくパラダイムを変えてきた日本の賃金制度について再考察を促す本だ。

 昔の日本企業は良かった……という懐古の混ざった声を最近しばしば聞く。終身雇用を前提に年功に報いる賃金体制には、被雇用者の生活を保障し守る 意味合いもあった。しかしバブル崩壊後の長い不況のうちに進行したパラダイムシフトにより、いまや被雇用者は自分の能力とその時々の結果に応じて生活をリ サイズしなければならなくなっている。会社と従業員とのエンゲージメントは希薄になるばかりで、これでは行き過ぎだという声は、被雇用者の側ばかりでな く、会社経営者の立場からも発せられている。

 ではどのようにすればいいのか?

 だからといって元に戻ることはもうできないのだ、と著者は言う。単純に年功序列に戻してしまえば若手のモチベーションが削がれる。その分、優秀な人材も育ちにくくなる。競争の激化した現代において、それはまさに致命的だ。

 著者の提案する「日本型能力・成果主義賃金」は、X軸に〈積上げ方式←→洗替え方式〉、Y軸に〈職務・成果重視←→年齢・姿勢重視〉を想定した4 象限のなかに、各企業が落としどころを見つけるとするものだ。賞与や諸手当、退職金についても、それぞれに最近の動向と考え方が記されている。

 賃金制度の各要素について本書などを参考に研究し、方向性を了解したら、あとは的確な判断を下すだけ。と言っても、これがなかなか難しい。だがこ こは考えどころなのではないか。従業員にどのような賃金制度を提案し、制度の透明性をいかにして保つかという努力こそが、人件費の多寡以上にこれから重要 になってくるのではないか。なぜなら金だけで人を買うことはできないし、会社とのエンゲージメントも育たないからである。

3年で辞める若者たちが、日本企業の問題点を浮き彫る


本田有明『若者が3年で辞めない会社の法則』
(PHP新書/756円)(画像クリックで拡大)

 金で買おうなんて不遜(ふそん)なことは思ってもいない。人を育てるのはほかでもなく人なのだ、といくら経営陣が気を強くしていても、辞められて しまってはしょうがない。『若者が3年で辞めない会社の法則』は、これから育てていくべき新卒・第二新卒の若者たちに焦点を合わせ、会社のあり方を探った ルポである。

 若者たちが辞めていく原因を彼らの資質に帰している限りは会社は変わらない。同じことがまた起こるだろう。そこで著者はあえて個々人の資質には言及せず、会社の何がイヤで辞めたのかを追究していく。

 若者たちの話を注意深く聴き、論点を抽出していくと、人事制度や上司とのコミュニケーション、仕事の進め方、ワークライフバランス等々、多くの日 本企業が抱える問題点がざくざくと出てきた。さらに企業への取材を重ねて、具体的かつ普遍的な処方せんを導き出した。“具体的かつ普遍的”とは相矛盾する ようだが、著者はこれを見事に両立している。そして最後に、辞めないで元気に働いている若者たちにもインタビューを試みている。結びではキャリア形成にお ける「計画的偶発性理論」(planned happenstance theory)が若者たちの仕事への身構えをつくるヒントになるだけでなく、上司や経営者にも指導のヒントとなることを示した。

敵が見つからなくても、まずは「バカヤロー」と叫べ


石渡嶺司、大沢仁『就活のバカヤロー : 企業・大学・学生が演じる茶番劇』
(光文社新書/861円)(画像クリックで拡大)

 人事制度や企業風土を見直したとして、そもそも採用の段階で採る方も採られる方も何か間違ってはいませんか?という問題提起をしたのが『就活のバカヤロー』だ。

 ここには4つの異なる立場から就活とはどういうものかが描かれている。3年生の夏ごろから自己分析に励み会社説明会回りに忙しい大学生たち、そん な風潮を苦々しく思いながらも学生人気を損なわないよう全面的なバックアップをせざるを得ない大学、学生たちに就活掲示板で叩かれないように戦々恐々とし ながら他社より少しでも早く優秀な人材を確保したい企業、熱くなる三者を煽り金儲けの種をばらまく就職情報会社。四者のレポートはどれもがえげつなくも滑 稽なエピソードに満ちている。現場を取材して回ったライター自身、就活のひどい実態に気持ち悪さを覚え、バカヤローと叫んでいるほどだ。

 いま行われている就活は「誰も幸せにしない茶番」であり、「『やっぱりおかしい』と問題提起する必要がある」と本書は結ばれている。

 企業の原点である「人」をもう一度見つめ直すために、みんなで「バカヤロー!」と叫んでみたらいいじゃないか。このままではダメなのだということをはっきりさせるためにも一度、みんなで叫んでみたらいいじゃないか。バカヤローはなにも就活に限らない。

(文/石川れい子、構成/根村かやの、協力/新書マップ)


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