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結婚直後に米海兵隊員の夫をイラク戦争で亡くし、夫の遺志を継いで米国に移り住み、子供を育てようと決心した沖縄県出身の日本人女性が、米移民法が壁となって永住を拒否されている。両親や軍当局が当面の在留資格取得に奔走しているが、解決の見通しは立っていない。だが、女性は「あきらめない」と決意は固い。彼女を「日本に残るよりも困難な選択」へと駆り立てるものは何か。
(米テネシー州メアリービル 松尾理也)
この女性はファーシュキー仲間ほたるさん(26)。2007年春、海兵隊員として沖縄に駐留していたマイケル・ファーシュキーさんと知り合い、交際を始めた。
マイケルさんはその後、イラクでの任務を志願し、同時にほたるさんにプロポーズ。マイケルさんがイラクに旅立ったあと、書類を整え、08年7月に離ればなれのまま正式に結婚した。だが、その直後、マイケルさんはバグダッド郊外で家屋を捜索中に狙撃され、戦死した。22歳だった。
悲しみの中、ほたるさんは葬儀に参列のためマイケルさんの郷里テネシー州メアリービルを訪れた。そこで、米国に移り住み、おなかに宿していたわが子を米国で育てる決心を固めた。 「地域の人々が総出となり、沿道で葬列を見送ってくれた。マイケルは英雄だったんだな、と感じた。みんながマイケルに敬意を払ってくれるこの地で、わが子を育てたいと思った」
戦争という現実が実感をもって受け止められることが少ない日本から来たほたるさんにとり、それは強烈な体験だった。ほたるさんは今年1月、沖縄で男児マイキーちゃんを生み、2月にテネシーにやってきた。
思わぬ壁が立ちはだかった。配偶者として永住権を取得する場合、結婚の後に実質的な婚姻生活が営まれていなければならない-という米移民法の条項だ。
「国のために命をささげた兵士が、何にもまして尊重されるべきなのは当然。移民法のたったひとつの条項のために、なにもかもが否定される。なぜこんなことが解決できないのか、理解できない」。ほたるさんの移住を熱望する義理の母、ロビンさん(48)は語る。2人は、個人に適用される特別規定を意味する「個人法案」の成立を議員に働きかけ、好意的な反応を得てはいる。
マイキーちゃんが大きくなったとき「お父さんはすごい人だったんだよ、と言ってやりたい」とほたるさんは言う。
観光ビザの滞在期限は来年2月に切れる。
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2009-11-26
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